──2005年 03月31日──

とてもとても長い『昔話』だった、一三八年前の、江戸最後の年の出来事、その五年後の出来事、そして、それより百年以上が過ぎた、二十五年前の出来事、それ等を京梧自身の口から語られ。

京梧が辿った運命、龍斗が自ら選んだ運命、何故、幕末の頃に産まれた京梧がこの時代に生きているのか、それを知った四人は、二の句が告げられなくなった風に、黙って眼差しを交わし合った。

決して意には添わぬことだったろうが、否応なく、一一三年の刻を駆けてしまったことを、二十五年の歳月が流れた今となっては、京梧とて確かに受け止めているのだろうから、それに関して掛ける言葉などはない方がいいのだろうし、龍斗が己の意思のみで成した決断に関しても、自分達などが口を挟めよう筈も無いが。

待っている、その約束を果たす為。

『この場所』で、と誓った再会の為。

……そう、京梧の為だけに、誰にも何も言わず、自らの刻をも龍斗が止めてしまったことを、京梧がどう感じたのかには思い馳せてしまった若者達は、居た堪れなくなって、思わず言葉を探した。

京梧へ掛ける為の言葉を。

でも、若かりし頃、己が至らなかった所為で、龍斗を置き去りにしてしまった、と今尚思っているだろう彼に、その所為で、龍斗に自らの刻さえ止めさせてしまった、と思っているだろう彼に、何と言葉を掛ければいいのかなど、彼等の誰にも判らなくて。

「…………そのー、よ。シショー……。それで……龍斗サン、は……?」

暫し、重い沈黙を続けた後、京一が、ソロっと彼を見た。

「……いたぜ。確かに。『ここの足下』に。犬神に言伝た通り。そろそろ三十路か? って程度にゃ歳取った姿だったが、ちゃんと生きて『は』いた」

「じゃあ、今、龍斗さんは何処に……?」

何処となく決死の風に、京一が龍斗のことを問うたら、見付け『は』した、と京梧は言って、生きていたなら、今、彼は? と龍麻は首を傾げた。

「『ここ』だ」

「え?」

「今も未だ、あいつは『ここ』にいる。──お前達も知ってるだろう『ここ』を潜って、一番の底まで行った。ここの番人みてぇな犬神の奴が、のこのこ付いて来やがったから、大した苦労はなかった。……底で、あいつを探して探して、やっと探し当てて……、だが、何をどうしても、あいつをここから連れ出すことは出来なかった。色のない壁の向こう側で、眠っちまってる風だった。起こせもしなければ、手も届かなかった」

「え、何でそんなことに? 原因は何です? 龍斗さんは、京梧さんが飛ばされちゃった未来へ行こうと、時を駆けられる道を辿っただけですよね?」

確かに龍斗はいたけれど、見付けられたけれど、真実の再会は出来なかった。……そう言う彼に、んー? と九龍は不思議そうにし。

「さて、な。犬神の話じゃ、『予想外の事態』が遭ったからじゃねえか、ってことだったが。日露戦争とかいう戦があった頃、この建物は陸軍の学校だか何だかになってて……、えーーと。……ああ、そうだ。時の大将共──確か、乃木と東郷、とかいう名だったと思ったが、兎に角そいつ等は、何でか俺は知らねえが、ここにも鬼哭村の跡にも龍穴があることを知ってて、黄龍の力を引き出す為の、龍命の塔とやらを築くんだか呼び覚ますんだかする為の儀式だか何だかをやりやがって、その所為──龍斗は思ってもみなかっただろう『予想外の事態』が起こった所為で、そんなことになっちまったんじゃ、って、犬神は言ってたぜ。……ま、そんなことも俺にゃあどうでも良くって────

それにはそれで、理由がある、と京梧は肩を竦め、恐らくは一番肝心なこと──龍斗との『再会』を果たした日より今日こんにちまでに過ぎた、二十五年間のことを話し出した。

何がどうなったにせよ、どう在るにせよ、京梧にとって重要だったのは、龍斗が生きていて、なのにあの場から救い出せぬ、それのみだった。

一九八〇年春のその夜、強く後ろ髪を引かれつつ旧校舎を後にした京梧は、彼を救うにはどうしたらいいのかだけに思い巡らせた果て、本当に渋々ながらも数日の宿を提供してくれた犬神に、あの頃の清国──中国に行く、と言い出した。

……己の為にあんなことを仕出かしてしまった龍斗を、何としてでも己は救わなくてはいけない。

どうにかして、その術を探し当てなくてはならない。

だが、文化も風俗も、右も左も判らぬ今の世で、手掛かり一つないまま術を探すのは至難以上に至難だろうなど容易に想像出来ることで、下手をしたら、術を探し出せぬ内に、『己の時』は終わってしまう──即ち、寿命がやって来るかも知れない。

だとするなら。

…………そう考えた彼は、海を渡ろうと決意した。

──どうすれば龍斗を……、と考え込んでいた最中、彼はふと、仲間の一人だった劉のことを思い出した。

崑崙山より陰陽之勾玉を盗み出した仙士・崑崙を追って、清国より海を渡って来た、仙道を極めた少年。

客家なる地より日本へやって来た、里にある龍穴を護り通すことを使命としている、封龍の一族だった彼の故郷へ行けば。

その使命故に、今尚在るだろう封龍の一族の里を訪れれば、龍脈や龍穴に関する何かが、龍斗を救う為の何かが、掴めるかも知れない。

例え、封龍の里では何も掴めなかったとしても、仙道を極めた彼を輩出した一族なら。

伝説の崑崙山の場所をも弁えている一族なら…………────

──…………そう思い立ち。

中国へ行くと決めた彼は、彼の地へ向かう為の方法を探し始めた。

頼りは、この時代から考えれば百年以上も前に劉から聞いた話のみだったし、それ以前に、今の世に籍がない彼に、おいそれと国外には出られよう筈も無かったから、海を渡る術を探すことすら、容易ではなかったけれど。

星の巡りはその時、少しだけ味方をしてくれて、中国に渡る方法と、封龍の里の場所を闇雲に探していた最中の彼を、緋勇弦麻、という男と、彼の妻・迦代に巡り逢わせた。

彼の仲間達にも。

…………出逢った弦麻には、何処となく、龍斗の面影があった。

まさか、とは思ったが、緋勇、という氏と、操る古武道の『力』がどうにも引っ掛かって、それとなく話を聞き出してみたら、弦麻は、直系でこそないが、龍斗の子孫であると京梧には判った。

迦代が菩薩眼の持ち主であることも、弦麻の仲間達が、己達のような宿星の者であることも、やがて知れた。

彼等が、己と同じく、何れは封龍の里を目指すだろうことも、封龍の里にて何をしようとしているのかも知った。

討ち滅ぼしたと京梧は信じていた、あの柳生宗嵩と、彼等が戦おうとしている、と。

あの時のように、柳生宗嵩は、龍脈の力を手にして自ら黄龍となり、この世を陰で満たそうとしている、とも。

……その事実は、京梧にとって、驚愕以外の何物でもなかった。

討ち果たしたこと疑わなかったあの男が、百余年の刻を越え、あの時の繰り返しをしようとしている、との事実は。

故に、弦麻達には、神夷京士浪と咄嗟に名乗ってしまっていた彼は、己と柳生宗嵩の間には因縁があることだけを打ち明け、自身の素性の一切を隠したまま彼等に手を貸しつつ、片が付くまでの間、行動を共にしようと決めた。

真実討ち果たすことは叶っていなかった柳生との戦いに再び関わる為にも、龍斗の為に目指そうと決めた、封龍の里へ向かう為にも。

…………そうこうする内、時は流れ、彼等の舞台は中国・福建省山間部の封龍の里に移り、年も変わり、京梧の歳が、数え二十二になった頃。

一九八一年 一月二十四日。

里にて、身籠っていた迦代が、弦麻の子、龍麻を産んだ。