「今度は何だっ!?」

蹴躓き掛けながらも何とか踏ん張り、振り返り様、京梧が怒鳴れば。

「京梧さん、龍斗さんの所に行こうとしてるんじゃないんですか?」

「『時間がない』って、あの科白は、龍斗さん絡みの何かの制限時間が迫ってるってことなんですよね? だから京梧さん、龍麻さんが今言った通り、龍斗さんの所に行こうとしてるんですよね?」

ぎゅーーーー……っと裾を掴んだまま、龍麻と九龍は、声を張り上げ京梧に迫った。

「…………だから?」

「一緒に行きます! 俺で手伝えることがあるなら、何でもしますっ」

「俺も俺も! 俺も行きますっ! 話聞かせて貰ったから、じゃあ、なんて、出来る訳ないでしょーがっっ」

「一緒に行くったって、お前等……。つーか、お前等が来た処で──

──京一だって、そのつもりだろうっ?」

「甲ちゃんもっ! 甲ちゃんも行くよなっ!?」

事情を知らぬ他人が見たら、二人掛かりで脅迫しているとしか思わぬだろう勢いで、ずいっと顔を近付けて来た二人を京梧は突っ撥ねようとしたが、拒否は受け付けない、と言わんばかりに、龍麻は京一を、九龍は甲太郎を振り返り。

「そりゃ勿論。決まってんじゃんよ、そんなこと」

「俺は、お前に付き合うだけだがな」

言われなくてもそのつもりだと、京一も甲太郎も頷いた。

「…………あのな、餓鬼共。お前達の気持ちは嬉しいたぁ思うが──

──京梧さん、一つ訊きたいんですがー?」

「……何だよ」

「結局、龍斗さんを龍穴の中から出す方法、見付かったんですか?」

それでも京梧は四人を退けようとし、が、彼の声を九龍はスパっと断って、ちゃかちゃかと問う。

「……………………いいや」

「なら。闇雲にこの下潜っても、早々は解決しそうにないそれをどうしたらいいか、知恵絞ってみません? ちょっくら、違う角度からのアプローチ、してみません? 俺、知恵絞るのが仕事の宝探し屋なんで、そーゆーの得意な方ですよー?」

そして、未だに白状されない何らかの『制限時間』が迫っている今となっても、龍斗を救う術は見付かっていない、と打ち明けた京梧に、ふっふっふー、と彼は胸を張った。

「あぷろーち?」

「……えーと。本来なら、龍脈とか龍穴とかとは全く関わりがなさそうな分野から、問題解決図ってみるって奴ですな。三人寄れば文殊の知恵って言うじゃないですか。だから、知恵絞りましょー」

「……知恵って、どんな」

「科学です。『科学の知恵』。龍脈や龍穴や、陰陽の理や、仙術で解決出来ないんなら、学問で戦ってみるってのもありかと」

「学問、なあ…………。俺は、そういうのは、ちいっと……」

「……勘弁してくれ、勉強の話は……」

「科学……。俺、理系の成績は一寸…………」

ちょっぴりだけ威張る風に、科学でアプローチ、と九龍が言い出した途端、頭を使うことは……、な京梧と京一と龍麻は、あからさまに渋い顔をし、

「………………。……甲ちゃん、暫く、俺と一緒に頭脳労働して。多分、甲ちゃんしかフォローしてくれる人いないから」

「だろうな……。そっちの方は期待出来ないだろ、この三人には」

仕方無い、自分達二人で頑張ろう、と九龍と甲太郎は、ほんの一瞬のみ遠い目をした。

「京一さん達が付いて来られるか来られないかは無視して。九ちゃん、思うことがあるなら言ってみろ」

「うん」

そうして二人は、理解出来なかったら出来ないで構わないから、黙って話を聞くように、と目線で三人に訴えてから、九龍曰くの『科学的アプローチ』を始める。

「京梧さんの話を聞いてて思ったんだけどさ。龍斗さんがしようとしたことって、科学の範疇で言うなら、相対性理論で言う処の、ウラシマ効果と同じだと思うんだよね」

「ああ、それは俺も思った。よく似てる。だが、この下で起きてることは、多分そっちじゃない。特殊相対性理論に於ける時間の遅れの概念じゃなくて、一般相対性理論に於ける時間の遅れの概念で話を進める方が、未だ現実的だ。特殊相対性理論では、物体が移動する速度が光速に近くなる程、移動中の物体の時間の進み方が遅くなる。もしも、物体が光速で移動出来たら、その物体の時間は殆ど進まなくなる。……確かにそれは、緋勇──あー……、龍斗……さん、がやったことによく似てはいる。が、龍穴の中に入った彼が、現代を目指して光速に近いスピードで、というのは、幾らこの地下がこの世の理から外れてるとしても有り得ない。だから、何処までも科学的に考えるなら、この地下で起こっていることは、重力が時空を歪ませて、時間の進み方を遅らせる、の方だ。重力の代わりに、龍脈の力が時空を歪ませ、時間の進みを遅らせてるんだろう」

「うん。同感同感。じゃ、意見が一致したトコで、次は、『科学』に『非科学』を混ぜてみましょうや。──ここの足下の龍穴が、そういう理屈で時を駆けられる場所だったとするやん? 何百年、ひょっとしたら何千年って龍脈の氣に晒されてる内に、この世の理から外れたから──要するに、時間と空間が歪んだから、百何十年って時間を、龍斗さん的には僅か数年でやり過ごせたんだとするやん? ……だとすると。勿論、この考えが正しかったらだけど、龍斗さんが龍穴の中から出られなくなったのは、犬神って人が言った通り、日露戦争の頃に行われた、龍命の塔を築く儀式だか何だかの所為ってことになるっしょ?」

「…………理由は?」

「前に、龍麻さん達が言ってたじゃん。龍命の塔は、龍脈の『力』を吸い上げる為の物だ、って。──実際がどうだったのかは判んないけど、わざわざ築いたんだから、日露戦争の頃にも、龍命の塔は使われたことがあるのかも知れない。塔を使って、龍脈の『力』を吸い上げたのかも。だったら、時空を歪ませるってここの現象に、『ブレーキ』が掛かったってことにならない? ブレーキってか、一定以上の燃料が入ってないと走らない車から、いきなり、しかも無理矢理、ガソリン抜いちゃいました、みたいな感じ。時空を歪ませてたエネルギーが急激に減れば、龍斗さんや龍斗さんの周囲の時空の在り方も、それまでとは変わってくる。時空の歪みなんて物は、そもそもからして酷く不安定なんだから、急激なエネルギー減少の所為で、時空を駆けた先の『出口』が塞がれちゃった、ってなことになったとしたって、おかしくはないと思うよ」

「まあな。理論上はな。だが…………」

「いいんだよ。厳密に科学に沿わなくったって。龍脈なんて、フツーの科学では非常識なことなんだから、この考えが一寸くらい非常識だったってノープロブレムさね。常識の範疇に留まることよりも、辻褄が合ってるか否かの方が大事」

──そんな風に、延々と、九龍と甲太郎の『科学的アプローチ』は続き。

「…………馬鹿弟子。こいつ等、何を喋ってやがんだか解るか?」

「俺に解る訳ねえじゃんよ……」

「……龍麻、お前は?」

「…………さ、あ……。俺にもさっぱりで……。……多分、黙って話聞いてれば、その内結論が出るんじゃないかなー、と……」

目前の二人が言い交わしている言葉の数々は、本当に日本語なんだろうか、とそこから疑い始めた三人は、頭の上に巨大な疑問符を浮かべたまま、怒濤としか思えぬ会話を見守った。