「放っとくと、兄さん達、黙ーーーって静かに寝ちゃいそうだから、解り易くする為に、ここの地下を『家』に置き換えて話を進めるとしましょうかね。──龍斗さんが入った『家』は、一軒丸々、『外』とは時間の流れ方の違う『家』だった。龍斗さんは、そんな『家』の住人だから、何時でも『家』から出られる筈だった。……でも。その『家』の出入り口は『玄関』一箇所だけだったのに、いきなり、龍命の塔って言う『鍵』が掛かっちゃって、龍斗さんは『家』から出られなくなっちゃった。『鍵』が掛かっちゃったから、龍斗さんが『家』から出る為には、『鍵』を開けなきゃ駄目っしょ? けど、龍斗さんに『鍵』は開けられない。しかも、掛かっちゃった『鍵』は、その『家』の中限定の、時間の流れが違うっていう現象を支えてた、龍脈って『燃料』を勝手に食べちゃう『鍵』だった」

「ふん……。なら、その『鍵』が開けられればいい訳だ。……九ちゃん、お前の考えが全て正しかったら、話は簡単だな。『承諾』さえ得られれば、だが」

「うん。まー、OKが出ないってことはないんじゃないかと。但、ちょーーっと問題あるけど」

──このままじゃ、確実にこの人達は寝る、と年長三人の様子を横目で確かめ、面倒臭い話には一〇〇%耳を塞ぐ彼等でも聴いてくれるだろう例え話に『科学的アプローチ』を置き換えつつ九龍は語って、この仮説が正しければ、思っていたよりも簡単に事は片付くと、己が出した『結論』と同じ『結論』に一人さっさと辿り着いた甲太郎と二人、頷き合った。

「ええと、だな…………。言いたいことは解る……気がすんだがよ……」

「何となくっつーか……、掛かっちまった『鍵』を開ければいいってのは、俺にも飲み込めたけどよ。……どうやって?」

が、日本語というのは、こんなに複雑怪奇な言葉だったろうかと、九龍の想像通り、後一歩で居眠りをしてしまう処まで行っていた師弟二人は、だから、肝心の『鍵』の開け方は……? と首を捻り。

「ああ、『開け方』は──

──『それ』、だ」

『答え』は……────、と九龍と甲太郎は全く同時に、ふいっと龍麻へ視線を送った。

「へっ? …………え、俺? 何で?」

九龍には熱烈に、甲太郎には怠そうに見遣られて、龍麻は目を丸くする。

「簡単な足し算の問題です。龍斗さんが閉じ込められちゃった『家』の中の『燃料』だけじゃ『鍵』が開けられないなら、外から『燃料』を足してやればいいんじゃないかと」

「龍麻さんは、黄龍を宿してる、今生の『黄龍の器』だろう? 龍麻さんの『力』なら、『鍵』の掛かっちまった『玄関』を抉じ開けられる。……と言うか、龍麻さんの『力』でなけりゃ、恐らく無理だ」

でも、少年達は口々に、さらっと言って。

「…………あああ、成程!」

「そうか。ひーちゃんの『力』は、『家』の時間を遅らせてた『燃料』と一緒だから……。……そっか、そーゆーことか!」

やっと話が解った! と龍麻と京一は、ガタリ、威勢良く立ち上がった。

「た・だ・し。問題が一つあります」

が、喜ぶのは未だ早い、と九龍は二人に釘を刺す。

「問題?」

「目には目を、って奴で、龍脈には龍脈の『力』でこの問題を解決ってのは、結構いい線行ってると、自分でも思うんですけどもー。龍斗さんがいる時空と、この世界の時空の接点を、もう一度結ぶのに必要なエネルギーが一体どれくらいの量になるのか、計算の仕様がないんです。もしかしなくても、すんごい膨大なエネルギーが必要かもです。でも、黄龍の力をフルパワーで、ってのは、龍麻さんの『持病』的には問題かなー、と……」

「それは多分、京一がいるから大丈夫……じゃないかな。ま、大丈夫じゃなかったとしても、何とかするし」

「長髄彦ん時みたいにやりゃ、多分、何とかなんだろ。任しとけ、ひーちゃん」

「……そーでした。龍麻さんも京一さんも、こういうタイプだったっけ……」

「本当に体育会系だな、あんた達の頭は……」

しかし、時々妙に体育会系な二人は、そんな問題は、気合いと根性で退けてみせる! と言い切ってみせ、「この二人は……」とげんなりしつつも、九龍と甲太郎も、何とかはなりそうだ、と軽い笑みを浮かべた。

「……おい、小僧。確か、九龍とか言ったな?」

──と。

今度は京梧が、彼等に待ったを掛けた。

「はい。何ですか?」

「ひーちゃん──龍斗は、『黄龍』の氣の持ち主だった。なのに何で、龍斗に出来ないことが龍麻に出来る?」

「…………ああ、それですか」

彼が問うたのは、至極当然と言えば当然の疑問で、「ああ、そこの解説は端折ったんだったっけ」と、ぽむんと九龍は手を叩く。

「京梧さんの話を聞いてて、幕末の戦いの話は一つだけ、龍麻さん達から聞いた六年前の話と違うことがある、って思ったんです。────幕末の時も六年前の時も、暗躍してたのは柳生宗嵩で、倒さなきゃならなかった相手も彼で、黄龍の力を自分の物にしようって彼の目的も一緒です。関わり方は違いますけど鬼道衆とかも登場しますし、異形とかと戦ったのは宿星の者達です。……でも。幕末の時の話には、『黄龍』の話は出て来ても、龍斗さんが『黄龍の器』だった、って話は出て来ないんです」

「……? その違いが問題だってのか?」

「大問題ですって。──言い方悪くて御免なさいなんですけど、『黄龍の器』は、龍脈の化身そのものである黄龍が宿る為の条件、です。例え、黄龍自身が主張した通り、龍麻さんに黄龍が宿るってのと、黄龍は龍麻さんで龍麻さんは黄龍、っていうのが『刻の始まり』から決まってたことだったとしても、六年前までは、龍麻さんと黄龍は同一じゃなかった筈です。だけど、龍斗さんは『黄龍の氣』の持ち主だった、って、京梧さん、言いましたよね?」

「ああ。確かにそう言った」

「『黄龍の氣』の持ち主だった龍斗さんも、『黄龍の器』だったかも、とは思います。でも。京梧さんの話に『黄龍の器』って言葉が出て来なかったってことは、龍斗さんの周りの宿星の者達ですら、それを知る必要がなかった──即ち、龍斗さんが『黄龍の器』であるか否かが、当時はそれ程重要な因子じゃなかったってことになって、その事実からは、龍斗さんが『黄龍の器』だったとしても、黄龍が龍斗さんに宿る条件が、幕末時は揃ってなかった、って推測が立ちます。けれど、龍斗さんは『黄龍の氣』の持ち主だった。龍麻さんでさえ、黄龍を宿す以前は、ちょっぴり他人とは違う氣の持ち主、って程度だったにも拘らず。……それは、本来なら理屈に合わないことです。……とすると。その矛盾を埋める答えとして、龍斗さんは生まれながらにして、『黄龍に最も近い存在』だった、って答えが導かれます。龍斗さんも人ですから、黄龍そのものだったってことは有り得ないと思いますけど。んで、龍斗さんが『黄龍に最も近い存在』だったとするなら、龍斗さんは、龍脈とほぼ同一ってことになります。龍斗さんの『力』が、じゃなくって。『龍斗さん自身』が、大袈裟に言えば、龍脈そのもの、ってことになります」

「龍斗が? 龍脈そのもの……?」

「だって、そういうことになりません? それに。龍斗さんが『家』に籠った時、龍斗さんの歳は二十五歳前後だった筈なのに、二十五年前、龍斗さんの歳は、三十歳になるかならないか、になってたんですよね? だから、少なくとも、ここの地下にいる間に、龍斗さんの時間が、最大に見積もって五年は過ぎたってことになります」

「……そうだな」

「すると今度は、その間、龍斗さんはどうやって生きていたのか、って疑問が出て来ます。その疑問の答えは多分、『龍斗さんそのもの』にとても近い龍脈の中で『眠った』から、じゃないかと。例えるなら、お母さんのお腹の中で、産まれる前の赤ちゃんが眠ってる、みたいな感じですかね。……という訳で。そこだけ考えても、龍斗さんと龍脈は、限りなく同一な筈です。んで以て、龍斗さんが限りなく龍脈に等しいなら、龍斗さんには『家』の『鍵』をぶっ壊すことは不可能です。龍命の塔が吸い上げた『力』は、『龍斗さん自身』なんですから。……まー、何処までも多分、でしかないんですけど。京梧さんが見付けた龍斗さんが眠ってるみたいな感じだったのは、龍命の塔の所為じゃないんですよ。龍斗さんは最初っから、『家』の中で『冬眠』するつもりだったんじゃないんですかねー。龍斗さんが『家』に閉じ篭った時、『家』の『玄関』は出入り自由だったんですから、寝てても、迎えに来た京梧さんに起こして貰えるじゃないですか。でも、龍命の塔の所為で『鍵』が掛かっちゃったから、京梧さんが迎えに行っても、起きられなくなっちゃったんですよ、龍斗さん。──ま、そういう訳で。龍斗さんじゃなくって、龍麻さん、なんです」

問われたことに、再び滔々と九龍は推論を語って。

「小難しい話に耳貸してたら、何だか頭が痛くなってきやがったが……、まあ、いいやな。龍麻の『力』を借りれば龍斗を叩き起こせるかも知れねぇってなら、それに賭けてみるしかねぇって奴だな……」

やっぱり何処までも、全ては理解出来ない、と渋い顔しつつも、京梧は呟きながら、龍麻と九龍を見比べ。

「ぶっちゃけて言えば、そーゆーことです! 可能性はゼロじゃないんで、賭けてみましょうっ!」

オーー! と元気一杯に九龍は言った。