「おっしゃ! じゃあ、そうと決まれば──」
「──あっ! すいません、京一さん! 十五分だけ時間下さいっ!」
推論が推論の域を出ることは決して有り得ぬから、知恵振り絞って挑んだ『科学的アプローチ』の答えを実行するのは何処までも賭けだが、例え賭けでも、何もしないよりはマシだ、と。
今度こそ、と立ち上がった京一を、九龍は挙手と叫びで留めた。
「何だよ、未だ何かあんのかよ…………」
「ええ。ちょーーっと、電話一本掛けさせて下さい。……ほら、俺達、明日カイロに発つ予定にしてたじゃないですか。だから、ちょっくら飛行機キャンセルするんで」
「ああ、成程な。……つーか、お前等、本格的に首突っ込む気、満々なのな」
「あったり前です! 好奇心旺盛な宝探し屋な葉佩九龍としては、最後まで見届けないと! です」
「でも、ロゼッタの方はいいのか?」
「平気ですよ。ロゼッタには、四月一杯は病院から出られないかも知れません! って嘘吐いてあるんです。明日、日本発つ予定にしてたのは、甲ちゃんにカイロに慣れて貰う為に、少しばっか早めに向こうに、って思っただけのことですし。──あ、そうだ。甲ちゃん。飛行機キャンセルしてる間にー……、はい、これ」
いい加減地下に向かわせろ、とブーブー垂れた京一に、時間を貰う理由を告げつつ、九龍はひょいっと、甲太郎に、導火線と間違えてアサルトベストに突っ込んだ、手芸用テグスを手渡した。
「あ? …………ああああ、さっきの、か」
「うん。甲ちゃんと龍麻さん『は』器用だから、二人掛かりだったら多分、二、三分もあれば出来るっしょ? 御対面に行くんだし。──きっと、今日のことは全部、必然だったんだよ。俺、そう思うなー。兄さん達と俺達が一緒だったのも、今日、京梧さんが京一さん呼び付けたのも、そのテグスも」
「……そうだな」
差し出されたテグスの束を、一瞬、ん? と不思議そうに見遣って、が、直ぐさま甲太郎は、九龍が何を言わんとしているのかを悟り、それを受け取る。
「…………ああ、そーゆーこと」
少年達が言い出したことが何かに気付いた龍麻は、
「一寸すいません」
と言い様、ズボッと京梧の懐に手を突っ込んで、ハンカチで包まれた念珠の珠を引き摺り出した。
「……そっか。龍斗サン迎えに行くんだから、絶対に外すなって言われたそれは、付けてた方が格好付くよな、馬鹿シショーも。……ん? 一寸待て? じゃあ、さっきの、甲太郎とひーちゃん『は』器用ってのは……。…………九龍、お前、俺は不器用だって、遠回しに言いやがったな?」
「えっ? そ、そーゆーつもりは、別に、その。あるよーな、ないよーな。ハハハハ」
「そりゃ、俺は細かいことにゃ向いてねえけどよ。馬鹿シショーも」
「はいはい。そこ。怒らない。葉佩君が言ってるのはホントのことなんだから。──皆守君、そっちからも通るよね?」
「ああ。──この程度、不器用云々は関係ないと思うがな」
飛行機の予約キャンセルの電話を九龍がする傍ら、おにーさんは然りげ無く傷付いた、と京一はブチブチ零して、馬鹿は無視! と龍麻と甲太郎は賑やかな京一と九龍の言い合いを綺麗に退け、さっさと紐の切れてしまった念珠を弄り始め。
「……うん。テグスだから一寸見栄え悪いけど、こんなもんかな?」
「後で、ちゃんとした紐を買って直せばいいだけのことだ。大した手間じゃない」
はい、と二人は、瞬く間に直してみせたそれを、京梧に差し出した。
「………………今日になって、俺は悟った」
有り難うよ、と口の中で呟くように告げ、己が手に戻された黒珠の念珠を嵌めながら、呆れたように、愉快そうに、京梧は言う。
「何をだよ、シショー」
「あれだ。因果ってな、『馬鹿』だな。因果は、『馬鹿』をこの世に落っことす為の理なんだな」
そうして、刀袋を肩に担ぎ、『潜る』べく、教室の出口へ歩き始めた彼は。
「……付いてくんだろ? ヒヨッコ共。とっとと行くぞ」
堪え切れなくなったように、大笑いしながら『ヒヨッコ共』を振り返り、その扉を潜った。