──『旧校舎』 二四〇階層
「法神流奥義・霞雪嶺!」
「秘拳・鳳凰っっ」
「奥義・円空旋っ!」
────『底』まで、後五、六十階となる辺りまで辿り着いた時には。
九龍が叩いていた無駄口も、日々培った、甲太郎の半ば条件反射での九龍の馬鹿への突っ込みも、絶えて久しくなっていた。
戦いの最中でも大抵の場合与太話的な会話を交わしている京一や龍麻からも、要らぬ会話は余り洩れなくなって、京梧ですら、時折、溜息のような息を吐いていた。
誰もに疲れは溜って来ていたし、何より、京梧や龍麻や京一が繰り出す高度な奥義を以てしても、そう簡単には倒れぬ強さを誇る異形達ばかりが姿を現すようになっていたから。
「……こんの、倒れろっ! ドラゴンもどきっ!」
「九ちゃん、頭下げろっ!」
だが、それでも、九龍は弾薬の尽きた銃を収め、荒魂剣を振り回しつつ異形と対峙し、甲太郎は、そんな九龍を庇う風に蹴り脚で敵を薙ぎ。
「……? 京一には、霞雪嶺って技、ないのに……?」
「………………俺も、初めて見た」
「奥義の全部を見せてやる前に、俺と大喧嘩して飛び出てったなぁ、何処の馬鹿だった?」
「…………そーでした……」
「陽炎細雪が使いこなせるようにならなけりゃ、霞雪嶺は打てねえってのに、勝手に東京に帰りやがるからだ、馬鹿弟子。ったく……。そのくせ、気紛れで何度か見せてやった天地無双は、しっかり覚えやがって。可愛気のねえ」
酷い汗が流れ始めて来た額を幾度も拭いながら、龍麻も京一も京梧も、未だ未だ、の余裕を窺わせ。
「三百階……、だったよね」
「ああ。だよな? シショー?」
「……の筈だぜ。ったく……、どうして昔みてぇに、素直に『底』まで行けねえんだか……」
「愚痴ったって仕方無い。後、六十階だ」
「だね。頑張りましょー!」
────後、六十階。
それを合い言葉とする風に、五人は唯々、『底』を目指し続けて。
──『旧校舎』 二九九階層
後、一階。
後一階で、目指す場所に辿り着く、それだけを頼りに。
「剣聖っ。天地無双っ!」
「剣聖奥義・天地無双っ!」
京一と京梧は、語らずとも図ったように、一言で言えば、極悪、な異形達を打ち払うべく、同時に最大奥義を繰り出し。
「秘拳、黄龍っ」
龍麻は、放つのは何度目になるのか判らなくなって来た秘拳・黄龍をその掌から生んで、『あの時代』と『この時代』の剣聖達が仕留め損ねた敵を一掃した。
「ええと……。えっと……。……見っけ! 甲ちゃん!」
「判ってるっ」
流石に、ここまでの深部では、自分達は戦闘の方では余り役には立たないと弁え、九龍と甲太郎はサポート役に廻って、道中、可能な限り拾い集めて来た『収穫』を放り込んだ風呂敷代わりの麻布から、戦闘に役立ちそうな物を見付けては分配、を繰り返し。
──『旧校舎』 三〇〇階層
ラストには、一体……、と。
漸く辿り着いたそこで、龍麻と京一、九龍と甲太郎の四人は辺りを見回した。
これまで辿って来た長い道程と、そう大差はない景色の、けれど、確かに『終点』である筈の場所には、一体何が待ち受けているやら、と。
しかし、辺りは、シン……と静まり返ったまま、異形の気配一つなく。
「石碑…………?」
直中に、ぽつん……、とあった石碑を見て、終点は終点? と龍麻は首を傾げた。
「みたい……ですね。何の石碑だろ……」
「何か彫られた跡らしき物はあるが……掠れてて読めないな」
「どうでもいいじゃんよ、そんな、古臭ぇ石なんざ」
石碑の前に膝付き、埃を払って、九龍はそれを読もうとしたが、彼に覆い被さるように立った甲太郎の言う通り、それは既に読むことが叶わぬ状態で、そもそもから、そういった物に興味を示せない京一は、自分達から少しばかり離れた場所に立ち尽くす、京梧を振り返った。
「……シショー」
「…………この奥、だ」
どっちだ? と暗に問うた彼に、顎を杓る風にして、京梧はそっと歩き出す。
草履の足音も立てず、赤銅の鞘に納めた刀を腰に差し、もう一振りを、刀袋に入れたまま肩に担いで先行く彼の後を、京一達も、黙って追った。
己達以外は気配一つない、静まり返る、ガランとしたそこは、静寂が過ぎる故に、これまでに抜けて来た場所場所よりも却って不気味で、何となく……本当に何となく、無意識に、京一は龍麻の方に、龍麻は京一の方に、それぞれ一歩ずつ寄り、九龍は甲太郎の服の裾を掴んで、甲太郎は服を握り締める彼の手首を掴む風になり。
青年達は、真後ろの少年達の氣を敢えて探りながら、少年達は、眼前の青年達の背中を見詰めながら、唯、京梧の足の向く先を辿った。
──それまでと大差ない、けれど何故か広く感じるそこの奥にある暗闇の先には、よくよく目を凝らして、やっと見付けられるかどうか、と言った感の、小さな穴のような物があった。
その周囲から漂う雰囲気は、現れる敵を倒す度に出現する、下層や『入口』へと続く『道』とは明らかに違う、言うならば、地の底へ続く口、と例えられる風情だった。
黄泉にまで続いている、という、この場所にまつわる噂は伊達ではない、と素直に思えるその『口』を、京梧は躊躇いもなく潜り、四人はひたすら後に続いて。
『口』の向こうから始まっている、どれだけ進んでも景色の変わらない、一歩踏み込んだ瞬間から迷宮に迷い込んでいた、と錯覚せざるを得ないような、鍾乳洞であることだけは確かな『路』を、ひたすらに黙々と歩き続け…………、どれ程、刻が過ぎた頃か。
うんざりする『同じ景色』が、不意に、変わった。