三百階層にも亘る長かった戦闘を何とかこなしたばかりなのに、息つく暇も無く延々と歩き続け、青年達も少年達も、疲労困憊、となる直前、『同じ景色』より変わったそこは、ぽっかりと開けた場所だった。
まるで、空洞のように。
地の底である筈なのに、天井は見上げる程に高く、最奥の岩肌の一部が、薄く、そして綺麗に光っていた。
それは、地底に眠り続ける小さな宝が零すような目映い黄金色をしていて、が、仄かな、淡い光源としか、彼等の目には映らなかった。
「あ……」
「この人、が……?」
────その、眩いのに淡い、光源のような黄金色の中心に。
一人の男がいた。
産まれ落ちる以前の嬰児
その風情は何処かふわりとしていて、漆黒色らしい、龍麻と似たような感じに切り揃えられている髪は、何処となく揺らめいていて。
先程九龍が言っていた、「龍斗さんは、『龍斗さんそのもの』にとても近い龍脈の中で『眠った』んじゃないですかね。例えるなら、お母さんのお腹の中で、生まれる前の赤ちゃんが眠ってる、みたいな感じで」との言葉を思い出しつつ。
その推測は、正解だったのかも知れない、とも思いつつ。
龍麻と京一は、男──緋勇龍斗を見詰めた。
「………………ああ」
羊水の中に揺蕩う嬰児そのものの如くな彼を見遣り、ふ、と己を振り返った青年達に、京梧は小さく呟きながら頷いた。
『これ』が、緋勇龍斗だと。
彼の『今』、だと。
「龍麻さんに、よく似てる……」
「うん。京一さんと京梧さんは歳の近い親子って感じだけど、龍麻さんと龍斗さんは、一寸歳の離れた兄弟、な感じかな……」
眩く淡い黄金色の光に包まれているから、はっきりとは、眠っている風な彼の面差しは判らなかったけれど、それでも、龍斗と龍麻はよく似ていると、甲太郎と九龍は言い合い。
「ひーちゃん……。……龍斗…………」
一人、彼の眼前に添った京梧は、そっと腕を伸ばした。
けれど、伸ばそうとも伸ばそうとも、手は、確かに京梧の目の前に浮かぶ龍斗には届かぬようで、龍斗を求める京梧の手は、まるで、在らざる何かに触れようとしているパントマイムに似て。
「無理なんですか? 届かないんですか? 本当に?」
「……何か、信じらんねえな……」
頭では理解すれども、どうしても、その光景を疑わずにいられず、龍麻と京一も『龍斗の前』に立って、手を伸ばしてみた。
でも、やはり彼等も、龍斗には触れられなかった。
そこには、固くもなければ柔らかくもない、見えない壁と言うよりは、少しばかり重みのある空気のような何かが確かにあって、何一つ労することなく掴める筈の距離に在る龍斗に、手は、決して辿り着かなかった。
「……ふむ…………。『これ』が、龍命の塔の所為で掛かっちゃった『鍵』なんだろうな」
「ああ。こっちの時空と向こうの時空の接点は、結ばれる直前ではあるんだろう。でも、接点同士が結ばれ切るだけの『力』──最後の一押し、みたいなものが足りないんだ。だから、龍斗さんの姿を見ることは出来ても、触れることは出来ない。接点が、真実結ばれていないから」
九龍と甲太郎も前へと進み、立ちはだかる、見えない何かへ手を伸ばして、恐らく、そういうことなんだろう、と言って。
「……龍麻」
伸ばしていた腕を下ろした京梧は、徐に、龍麻を呼んだ。
「はい」
「すまねぇが、力、貸してくれ」
「勿論ですよ。その為に来たんです。俺に出来ることなら何でもしますって、言ったじゃないですか。──京一」
「ああ。……と、言いてぇ処だが。シショー、一寸待った」
名を呼んだ彼へ、懇願の響きで、力を、と京梧が言えば、当たり前だと龍麻は頷き、京一を促して……、でも。
京一は、何処となく切羽詰まった視線で京梧を見据える。
「何だ」
「あんた、結局、何の時間がないのか白状してねえよな? …………ヤな予感、すんだよ。このまま、何も訊かずに手を貸しちゃ駄目だって、そんな気がすんだよ。……だから。最後のあんたの『秘密』、白状しろよ」
「どうだっていいじゃねぇか、そんなこと。今更」
「良かねえよ。──……一刻も早く、龍斗サンをこっから出してやりたいって、あんたの気持ちは俺にだって解る。でも、じゃあ何で、『今日』だったんだよ。どうやったら龍斗サンを救えるのかも解んねえまま、何であんたは今日、ここに来ようって決めたんだよ。俺に、神夷の名前まで譲って」
見据えられ、噛み付くように問われ、が、京梧は全てを誤摩化す風にし、だから京一は食い下がって。
「…………あんたがしてくれた『昔話』の中で。一つだけ、あんたが曖昧に流したことがある」
睨み合うようになった師弟の間の空気に、甲太郎が言葉を被せた。
「そんな憶えはねぇな」
「そう言い張るなら、この問いに答えられるだろう? ──あんた、辿り着いた崑崙山で、仙道士達に何を叶えて貰ったんだ?」
「さあな」
「いい加減にしろよ、馬鹿シショーっ。どうせ、仙士共が叶えてくれたことってのは、あんたの体に関係があるんだろっ!? 治癒の技も使わずに、勝手に傷が治った、あのっ!」
京一の加勢になる問いを告げた甲太郎にも京梧はそっぽを向いて、故にその瞬間、京一はキレ、勢いに任せて抜いた刀の切っ先を、真っ直ぐ京梧へ突き付け叫んだ。
「……京梧さん。俺が力を貸したら、京梧さんに何かが起こるかも知れないなら、俺、考え直しますよ?」
「もう、この際なんですから、洗い浚い白状しちゃいません? それこそ、今更ですって」
気迫の籠った剣先を至極当然のように見遣って、龍麻と九龍も『遊撃』に加わり。
「…………………………俺はな。……俺は、歪なんだよ」
「歪?」
「そうだ。俺はもう、ヒトとして歪だ。それが、崑崙の連中が叶えてくれたことだから。俺が……望んだことだから」
……やっと。
やっと……、重かった口を京梧は開いた。
酷く憂いの滲む、溜息を吐き出しつつ。