神刀・阿修羅を、突き立てられたその切っ先が生んだ放射状の割れ目を、そして、辺りを。
透明な青と人の目には映る陽の氣にて染め上げ、九龍や甲太郎が長髄彦と対峙するのに手を貸した時よりも尚強い、龍麻と、龍麻の中に眠る黄龍の為だけに在る結界を京一は結んだ。
「……昔っから、そういう処はあったが。お前、変に小器用でやがんな。何時の間にやら、こんなことも出来るようになりやがって」
「うるせぇよ、馬鹿シショーっ」
清廉を通り越し、鮮烈、と言える程の結界に、僅か目を瞠り、茶化すようなことを言った京梧に、ガアっと京一は吠え、けれど、いけない、と自らを叱る風に舌打ちをして、一度、深く呼吸をすると。
「……ひーちゃん」
彼は、龍麻の手を取り、阿修羅の柄を握らせた。
「…………うん」
そうして、龍麻が頷きを一つ返すのを待って、自らは、刀──天叢雲を眼前に構え。
「────京一」
「……ああ」
龍麻は、ゆっくりと瞼を閉じた。
京一も又、その瞳を閉ざし、自らの赤茶の髪が逆立つまで、更に氣を膨れ上がらせた。
ふわり浮き上がった龍麻の髪の先からは、細かい黄金色の粒子が溢れ出して。
やがて、彼は、全身を黄金色に輝かせた。
「………………うわお」
儀式を行っているとも言えるような今の彼等の傍らで、何時の間にか取り出し開いた『H.A.N.T』を操っていた九龍は、驚きの声を上げる。
「九ちゃん、どうした?」
「これ見て、甲ちゃん。黄龍の力って物理量かなー、と思ってさ。数値として測定出来るのかなって、試しに始めてみたんだ。ほしたら、一応、スカラー量として測定が出来たんだけど……」
「……何だ、この、有り得ない数値は…………」
その声を拾い、何を驚く? と『H.A.N.T』を覗き込んだ甲太郎は、掌サイズの小さな機械が弾き出した、液晶画面に踊る数値に目を剥いた。
「………………うん。これが、『小出し』の序盤戦の数値なら、確かに、黄龍が一寸元気になった瞬間、この世は終わる。一瞬で。すげー……」
「そんな処に感心してんな、馬鹿九龍。……だが…………。──龍麻さん、未だだ。この値じゃ恐らく、時空までは歪まない」
九龍のように、一瞬、唖然……、としはしたものの、しみじみと感心し続ける彼を軽く小突きつつ、甲太郎は酷く冷静に言う。
「じゃあ、もっと踏ん張らなきゃ駄目ってことかな?」
「ああ。『出力』もそうなんだが、どうにかして、力を一方向に纏められないか?」
「ん、判った。やってみる……って言うか、京一、何とかならない?」
「はあ? 俺に振るのかよ、ひーちゃん」
「うん。皆守君のリクエストには応えたいんだけど、どうすればいいのかさっぱりで──」
「──お前にも解んねえモンを、俺にどうにか出来る訳ねえだろ」
「……ああ、だから。俺自身には、そんなやり方判らないけど。奥義打つのとは、又違うんだろうし。でも、京一の氣を追い掛けることは、俺自身の意志で出来るからさ。俺の氣が、京一の氣を追い掛ける、じゃなくて、京一の氣を、俺の意識が追い掛ける、だけなのかも知れないけど、試してみる価値はあるんじゃないかと」
「…………判ったよ。試すだけ試してみっか」
与えられた助言に添うべく、ささやなか打ち合わせをし、眼前にて構えていた天叢雲の切っ先を、京一は龍斗の側へと向け、
「上手くいくかどうかなんて、保証出来ねえからなっ」
まるで、技を打つ風に、氣塊を放った、が。
「……どうしよう。エネルギーそのものの数値は上がってってるし、指向性も出て来たって、『H.A.N.T』は言ってるけど……」
「お前の科白じゃないが、こんなこと、計算の仕様も推測の仕様もないからな……」
「んだ。これって何処までも、科学と非科学の鬩ぎ合いの世界だかんねー」
「そうだな。何処までが科学で、何処までが非科学なのかは、多分、誰にも判らない」
どうやっても龍斗には手が届かない、との『今』に変化が生まれることはなく、頭脳労働担当の少年二人は、渋い顔をし、唸り始めた。
「龍麻さん、もーちょーーっとだけ、何とかなりませんか?」
「…………どうだ? ひーちゃん」
「……うーん…………。本当に勝手が判らないんだよ。このやり方が正しいのかすら謎だし。秘拳・黄龍一発打てば何とか、って話じゃないからさ……。でも、もう一寸くらいなら、気合いと根性で何とかなる……かも?」
「気合いと根性も結構だが、踏ん張り過ぎて黄龍まで起きたら、龍斗さん処か、俺達も世界もお釈迦だぞ?」
だから、少年達と青年達のやり取りは徐々に忙しくなくなり、
「………………ひーちゃん。……龍斗」
四人の声を、何処か遠くに聞きながら、そっと、己と龍斗を隔てる見えない何かに京梧は手を添え、懐かしそうに笑った。
「随分と長ぇこと待たせちまったが。必ず、もう一度、ここで。この新宿で逢おう……って、あの日の約束。今、果たしてやる。どの道、俺にゃ、後はねぇしな。──恨み節なら、『何時か何処かで』、嫌って程聞いてやるから勘弁しろ」
そうして、穏やかな声で龍斗に語り掛けると、彼は、肩に担いでいた刀袋を下し、『中味』を引き出した。
「え…………?」
「木刀……って、まさか、阿修羅?」
京梧が右手に掴み、翳したそれは、外見も、放つ氣も、阿修羅そのものでしか有り得ず、龍麻も、彼より阿修羅を譲り受けた京一も、どうして? と驚きの声を洩らす。
「阿修羅が、この世に一振りだけしかねぇ神刀だなんて、俺は言った憶えねぇぞ?」
何故……? と目を見開いた二人を肩越しに振り返りながら、何処となく意地悪く、京梧は笑ってみせた。
「てめぇ……。だからあの時、ああもあっさり、餞別だ、とか何とかしたり顔しながら、俺にこいつを寄越しやがったな?」
「かもなぁ」
「かも、って! こんの、馬鹿シショーっ!」
「そう、うるさく騒ぎやがるな、馬鹿弟子。お前のそれと、俺のこれと。一対しか存在しねぇのだけは確かだからよ」
「ちっ……。──…………で? 何するつもりなんだよ、馬鹿シショー」
その笑みに、又もや京一は噛み付き。
「……ふと、な。頭ん中に甦った。二十五年の間に朧にしちまってた、あの頃のことが」
京梧は、己の氣を阿修羅へと注ぎ込みながら、本当に本当に懐かしそうに、語り始める。
「あ?」
「……こいつは何時でも、雛鳥が親鳥を追うように俺の後にくっ付いて来た。俺を探し出すのが滅法上手かった。何の折だったか……何で俺のことだけは、そうも容易く探し当てられるんだと訊いたら、『目印があるから』と、嬉しそうに笑いやがった。『目印』が何かは、白状しなかったがな。…………もしも。もしも、それが俺の氣なら。あいつが言っていた『目印』が、俺の中にあるなら。そして、今でもそれを、こいつが憶えていてくれるなら。今でもそれを、感じてくれるなら…………────」
長い刻を過ごす中で、何時しか手放し掛けてしまっていたあの頃の思い出を、『ヒヨッコ達』のやり取りから甦らせた京梧は、「どうして俺は、こんなことすら忘れ掛けていたんだろう……」と呟き。
氣を込め切った阿修羅を、真の正眼に構えると。
「……神刀・阿修羅よ。無双の剣よ。全てを……全てを切り裂け!!」
目には見えぬ何かへ向けて、神刀を振り下ろし、剣先より、彼の命そのものとも言える、『青』を迸らせた。