青は。

彼の命そのものだった、『青』の迸りは。

閃光のように、一瞬で辺りを染めた。

その場の何も彼もを塗り潰し、埋め尽くして、あ、と思う間も、声を洩らす間も与えられなかった四人の視界をも焼き、やがて、一帯の音すらも奪った。

冷たくもなければ熱くもない、青年達と少年達の瞳一杯に広がった『青』の光の渦は、酷く『重たかった』。

……そう。

それを浴びた四人は確かに、『青』を、重たい、と感じた。

言葉にすることなど到底叶わぬ京梧の想いを、『青』が隅々まで纏っていたが故に。

────そうして、やがて。

神刀・阿修羅は、阿修羅にて放たれた無双の剣は、そして、『青』は。

一層の光と鋭さを増し、四人の若者達に、痛みを感じさせた。

突き刺さると感じられる程の、けれど、柔らか過ぎて泣き出したくなる程の、『痛み』を。

だから彼等は、思わず光より顔を背けた。

眩過ぎるからではなく。

『痛み』をも伴ったからではなく。

『これ』を向けられるべきは、受け取るべきは、龍斗一人だけの筈だと、咄嗟に思ったから。

「龍……斗…………っ。龍斗……。…………龍斗ぉぉっ!!」

──命と引き換えに、命の迸りを放っても、刻を越えた二人を隔てる時空の壁は、未だに在った。

触れられる程に近いのに、絶望的に遠いその隔たりへ、京梧は声を限りに叫び。

『青』は、一層の輝きを増した。

「あ…………」

「ひーちゃんっ?」

と、顔を背けたまま、『青』の迸りに背中を晒し、京梧の叫びに耳を傾けていた龍麻が、不意に膝を付いた。

掴んでいた阿修羅の柄からも手を滑らせ、頽れる風になった彼を、慌てて京一が抱き留める。

「龍麻さんっ?」

「おい、大丈夫なのか?」

「うん、平気……。何処か痛いとか、黄龍が起きそうとか、そういうんじゃないんだ。何て言うか……、俺の氣が、何かに押し返されそうな…………って、まさか?」

背中を支えてくれた京一や、駆け寄って来た九龍や甲太郎に、首を捻りつつも大丈夫と告げ掛け、龍麻は、はっ、と京梧を振り返った。

「京梧さんっ!!」

「シショーっ!」

…………龍麻や、釣られた京一達が振り返ったそこには。

辺りには。

もう、『青』の迸りなど、一筋もなかった。

世界の色も、『重み』も『痛み』も、数瞬前のそれに戻り、時空の隔たりの前で、阿修羅を構えたまま両膝を地に着け、京梧は踞っていた。

背を丸め、項垂れる彼は、ゴボリと咳き込みながら、茶色をした体液の入り交じった血を吐いて。

「……っ。師匠っ!!」

「血反吐程度のことで、一々叫ぶな、馬鹿弟子」

思わず、京梧の傍へと京一は走り出し掛け、が、振り返りもしなかった彼は、酷く軽い声で弟子を制し、口許を拳で拭いながら立ち上がって腰帯に阿修羅を差すと、シャンと背筋を伸ばしつつ、両腕を差し出す。

「………………待たせたな。今、帰ぇったぜ」

夕涼みがてらの散歩から戻った。──そんな顔をしながら、そんな声で言った京梧が伸ばした両腕は、絶望的な隔たりを齎していた筈の、時空と時空の『最後の壁』を、するり、と音もなく抜け、感慨も感動も生まれようがないくらい呆気無く、龍斗へ届いた。

京梧の両腕が触れるや否や、きつく閉ざされていた龍斗の瞼はゆるりと開き、幾度かの瞬きを経て、露になった漆黒色の瞳は、やっと……やっと『帰って来た』男の姿を捉えて。

「……お帰り」

にっこりと、綺麗に──本当に綺麗に笑った龍斗は、己へと差し出された京梧の両腕に縋る風にし、ふわふわと浮かんでいた宙より、トン、と地に足を着けた。

舞い降りるように。

「…………遅い」

「悪かった」

「……京梧」

「何だ?」

「蕎麦でも食べに行かないか」

「俺は別に構わねぇが、お前、平気か?」

「何がだ?」

「体とか。大事ねぇのか?」

「大事など、ある訳がない。……眠っていただけだから。唯、ずっとずっと。お前がこうして迎えに来てくれるまで、『あの日』からずっと、眠っていただけだから」

「………………悪かった」

────『青』は消え。絶望的だった隔たりも消え。龍斗が纏っていた黄金の色も消えて。

殺風景な地の底の鍾乳洞の片隅で、何者が見遣ろうとも、唯人にしか見えぬ風情で。

京梧は龍斗の腰と肩を支えたまま、龍斗は京梧に支えられるまま、向き合って、青年達や少年達が、内心で、「は?」と思わず洩らすしかなかった、酷く暢気な会話を交わし。

……でも。

「……ひーちゃん…………。ひーちゃん……。龍斗……龍斗…………っっ」

「京梧…………っっ……」

やがて、肩と腰に優しく添えていただけの両手を滑らせ、京梧は龍斗をきつく抱き締め、思い詰めたような声で、唯、彼の人の名を呼び。

されるまま、京梧へと抱擁の腕を返した龍斗は、泣きそうになるのを堪えている風に、ぎゅっと瞳を閉ざす。

「感動の御対面、か」

「だね。……俺達、お邪魔虫かな」

「一寸、隅っちょ寄ってましょっか。腰下ろせる布、ありますし」

「九ちゃん……。俺達は、ピクニックをしてるんじゃないんだぞ」

多くを語ること出来ず、唯、深く強く抱き合うだけの彼等を、遠巻きに、やれやれ……と眺め、若人達は、ソソソソっと言葉通り隅へと『逃げた』。

「……あれですな。結局最後は、科学でも非科学でもない、愛の力って奴でしたな。理屈で言えば、龍麻さんの黄龍の力で繋がり掛けてた時空の接点を、京梧さんの氣が抉じ開けた、って処なんでしょうけど」

「なのかもね。でも、どんな理屈がどういう風になって、なんてことは、今はどうでもいいよ。何となく、無粋な気がする」

「…………かもな。ま、馬鹿シショーの念願が叶ったってなら、何がどうだろうと、って奴だな、俺も」

「ですな。茂美ちゃん風に言えば、『愛の勝利よ!』ですし」

「意見には賛同するが、頼むから、朱堂の声真似は止めろ……」

地底の空洞のようなそこの片隅に、本当に、いそいそ大きな麻布を敷き、「ゆっくりしましょー」と九龍はとっとと座り込んで、旧校舎三百階ツアーを終えても尚、アサルトベストの何処いずこに収まっていたミネラルウォーターの小さなペットボトルを人数分引き摺り出すと、のんびり、「結局、トドメは愛だった」と宣って。

そこまでのんびりするのもどうかと思いつつ、龍麻も京一もそれに倣い、甲太郎も、ブチブチ言いながら腰を下ろし──四名が、到底その場の風情に合わない様を晒し出した直後。

「ん…………?」

泣き出しそうな声で京梧の名を呼び続けていた龍斗が、不意に、不審そうな声を洩らし。

ドン、と抱き合っていた彼を、強く突き飛ばす音がした。