「龍斗……?」

──のほほん、と見遣っていた光景の中に、急に不協和音が生まれたのに、何事? と目を瞠った四名の視界の中で。

京梧も、突然何を……? と不思議そうに、そして納得いかなそうに、龍斗を見下ろした。

「京梧……? 本当に、京梧?」

「……はあ? お前、何言って──

──ああ、そう、そうではない。京梧なのは解る。あの頃よりは老けてしまっているけれど、確かに京梧は京梧で、それは解るのだけれども……。でも…………」

けれど、顔を顰めつつ見下ろして来る京梧の瞳をじっと見据えたまま、龍斗は、ああでもない、こうでもない、と京梧の問い掛けをも無視し、一人言い募る。

「おい。ひーちゃん。龍斗。何を言ってやがんだ?」

「だから。京梧が、お前が、『京梧ではない』。私の知っている蓬莱寺京梧の…………。………………え? ああ、そう……。そうだな……。だから、それは私にも解ると……──。…………ん? 京梧は『京梧』だけれど……? 疑っても仕方無いようなことを……? ……どうして?」

ひと度、辛抱強く続けられた京梧の問い掛けに龍斗は答えようとしたが、その途中で、又もや、ふいっと、本当に唐突に、在るのは天井より下がる鍾乳石しかない筈の『宙』を見上げ、『何やら』と話し込んでいるような態度を取り始めた。

「………………まーた、始まりやがった……」

そんな龍斗の態度に、深い溜息を零しながら京梧は、ガリガリと髪を掻き毟り、

「……えーーーと。龍麻さんのご先祖様は、メルヘンの世界の人ですか?」

「葉佩君。それ、俺に訊かないでくれる?」

「かっ飛んでんなー、龍斗サン。ありゃあ、苦労が絶えねえぞ、シショー」

「『アレ』は、京梧さんが言っていた、龍斗さんは、『視えない何か』と話し込んでるとしか思えない素振りを取ることがあった、って奴じゃないのか? 本当に、『視えない何か』が視えるなら、まあ、納得出来ないこともない……ような」

今正しく、自分達は、触れてはならない何かに触れてしまっているような気がしてきた、と九龍も龍麻も京一も甲太郎も、言いたいことを告げてから、しらー……っと、龍斗や京梧よりわざとらしく視線を外した。

「…………京梧っ!」

しかし龍斗は、京梧の呆れも、彼にしてみれば見ず知らずの青年二人や少年二人の空々しい態度も眼中に入れず、まるで、何かのスイッチがぱちりと入ったかの如く、京梧が話していた通りの、人の良さそうな、茫洋とした雰囲気を取っ払って、酷く厳しい顔付きをしつつ、ムンズ、と勢い良く、京梧の胸倉を両手で掴み上げる。

「……何だ?」

「お前は何をしたっ!?」

「…………は?」

「だからっ! お前は私の知らぬ間に、一体何をしたっ!? ……氣がおかしい。お前は確かにお前で、なのに今のお前の氣は、私の知っている蓬莱寺京梧のそれではない。……澱んでいる。お前の中で、何かが止まっている。こんなモノは、人に非ざるモノだ」

「ひーちゃ──

──そしてっっ。そして、私はこれに憶えがあるっ! 今のお前のそれと、よく似た氣を私は知っているっっ。……ここで! この地の底の『路』で行き会った崑崙の氣に、今のお前の氣はよく似ているっ。──京梧っ。お前は一体、何をしたのだっ!!」

掴み上げた胸倉を、ガクガクと渾身の力で揺すぶり、待ったとか、止めろとか、酷く情けない声で訴える京梧を無視し、龍斗は大声で喚き立て、

「……ちょ……。おまっ……。……待てっ! ひーちゃ……。龍斗……っ。おいっ! だから……っ」

「問答も言い訳も聞かないっっ。お前は本当に蓬莱寺京梧なのかと、私でさえ疑わざるを得ないようなことをお前は仕出かしていると、『みな』も教えてくれたっ」

「『皆』ってな、何処の誰だってんだ、相変わらずでやがるな、お前はっ! 訳の判んねえこと喋ってんじゃ──

──御託にも文句にも、貸す耳はないっ!」

「何でもいいから、兎に角いい加減にしろっ! その手を離せ!」

故に暫し、人格を入れ替えてしまった風な龍斗と、抗うことも出来ず、ブンブンと揺すられ続ける京梧の言い争いは続いたが。

「………………京一。埒明かないから、何とかしようか……。一応は、俺達のご先祖様の揉め事だしさ……」

「……そだな…………。あの二人が俺等の先祖ってのは、あんま考えたくねえけどな……」

乗り掛った舟だし、毒を喰らわば皿まで、という言葉もあるし、何よりこの場は、子孫である自分達が、先祖の『尻拭い』をするしかないだろう、と龍麻と京一は、出来れば上げたくなかった腰を上げ、まあまあ、と先祖達の間に割って入った。

「何はともあれ、一旦落ち着きませんか?」

「そうそう。喚き合ってたって、話進まねえしよ」

京一は、ベリッと京梧と龍斗を引き離し、龍麻は、然りげ無く龍斗を羽交い締めにして、口々に言いながら、二人は先祖達を見比べる。

「…………お前達は……?」

すれば、漸く我を取り戻したのか、纏う雰囲気を、春の日溜まりに似た茫洋としたそれへと戻して、龍斗は、龍麻と京一を、やっと視界に入れた。

「ええと、その……。…………俺は、緋勇龍麻、と言います。…………緋勇龍斗さん……ですよね?」

「緋勇、龍麻…………? 緋勇……?」

「はい。で、彼は、蓬莱寺京一、と言います」

「蓬莱寺? ……緋勇に、蓬莱寺…………。……お前達は、何者だ?」

「何と言えばいいか……。簡潔に言いますと、えっと……」

「……俺は、こいつの子孫で。ひーちゃ──龍麻は、龍斗サン、あんたの子孫だ」

己と京一の名を告げた途端、瞳見開き、戸惑いを露にした龍斗に、自分達の関係を何と伝えればいいかと、龍麻はモゴモゴと言い淀んだが、伝えるべきか否か彼は酷く躊躇ったことを、京一は、あっさりと打ち明けた。

「京一……」

「隠すようなことでもねえだろ。こうなっちまった以上、隠したって仕方ねえし」

だから龍麻は顰めっ面をして、京一を軽く睨んだけれど、睨め付けられた当人は、肩を竦めて不興を流した。

「子孫? 私と京梧の……? ……京梧? 一体、何がどうなって……?」

「だから……それは、そのー、よ……」

一方、己達と眼前の青年達の関係を知らされた龍斗は、益々戸惑いを深め、京梧は、何一つも白状したくなさそうに、ひたすら言葉を濁す。

「まーまー。皆して立ち話も何ですから。こっちで、寛ぎつつ話し合いを進めませんか? いきり立ってても疲れますよー?」

「お前は、リラックスし過ぎだろうが、馬鹿九龍…………」

「んもー。甲ちゃんが目くじら立ててどうすんだよ。いいんだよ、こういうことは、少しくらい暢気な方が。──あ、初めまして、龍斗さん! 俺は、葉佩九龍って言います。こっちの彼は、皆守甲太郎です。龍斗さんと京梧さんの子孫の龍麻さんと京一さんの、弟分でっす!」

そんな所に四人揃って立ち尽していても、と九龍は声を張り上げ、甲太郎の突っ込みにもめげず、レジャーシート宜しく広げた麻布の上へと、一同を誘った。

「そ、そうだね。取り敢えず……」

「ああ、取り敢えず、な……」

──能天気、と言える彼の声に縋る風に、龍麻は龍斗の二の腕を引っ掴んで、京一は京梧の肩を捕らえて、誘われるまま、『レジャーシート』もどきに腰を下ろし。

「………………何から話しましょうか」

六人揃って、複雑な感情や気分だけが入り交じった溜息を吐き出してから、「しっかりしろ、俺!」と気合いを込め直し、龍麻は、先祖達へ向き直った。