「何から…………。……そうだな……。その……龍、麻?」

「……はい」

「先ずは……、お前達が、私と京梧の事情わけを知っているのか否かとか……、今の世は何と言うのかとか……、私達の子孫であると言うお前達二人のこととか、そちらの若者達のこととか……」

困っているような、戸惑っているような、そんな笑みを浮かべながらも、真っ直ぐ己を見詰めてきた、よく似た容姿なのは認められる、が、子孫、と言われても未だ実感は湧かぬ青年へ、龍斗は、先ずそれを求めた。

当たり障りのないことから、順を追って話をしていくのが無難かも知れぬ、と思ったが為に。

そして龍麻も、龍斗がそんなことを考えているらしいのを薄々察して、京一や九龍や甲太郎と共に、四人掛かりで、問われたことに一つ一つ、丁寧に答えていった。

京梧に曰く、「緋勇龍斗という男は、他人の話を右の耳で拾った傍から左の耳より零してしまうような処がある」だったが、過ぎる程に真剣だったのか、それとも、『視えない何か』とのやり取りを遮断したのか、子孫達と子孫の弟分達の説明を、龍斗はきちんと汲んでみせ。

「あれから、一三四年も………………」

全てを聞き終えた直後、酷く遠い所に辿り着いた、そんな色を頬に刷きつつ、ほう……と溜息のように呟いた。

「京梧。次はお前の番だ」

が、彼は直ぐさま垣間見せた気色を消し、『彼』へと向き直る。

「あー…………、その……」

「……京梧」

「………………判った判った……」

厳しさの過ぎる瞳より、京梧は一瞬目を逸らせたが、低い声で名を呼ばれ、覚悟を決めたのか、胡座を掻き直し、背を丸め加減にし、龍斗の機嫌と顔色をチラチラ窺いながら、渋々、と言った調子で白状を始めた。

京一達にも聞かせた、『この時代』に辿り着いてより今日までの出来事を。

……訥々と語る彼の風情は、仕出かした悪戯の大きさを自覚しているが故に叱られるしか術のない子供のようで、青年達や少年達の前で見せていた、京一の剣の師匠然とした貫禄も、類い稀なる才と腕を持ち合せた剣士としての雰囲気もなく、一言で言うなら形無しで、若人四名は、そんな彼の今に、思わず、の笑いすら洩らしそうになったが。

「…………京梧?」

「な、何でぇ…………」

きちんと麻布の上に正座し、ピンと背筋を伸ばしたまま、長らくの時を要した彼の白状を全て聞き終えた龍斗は、徐に、にっこりと微笑みながら、京梧を呼ぶ声の語尾を吊り上げた。

問う為に。

……その声には、如何とも例え難い迫力があり。

笑みは、稀に子孫が見せるそれを遥かに凌駕する程、誠に凄まじかったので、洩らしそうになった笑いを子孫達は即座に飲み込み、そんな風情を湛える龍斗が次にするだろうことに心当たりがあるのか、京梧の声は引き攣った。

「どれが良い?」

「……どれ?」

「秘拳・白虎、青龍、朱雀、玄武。……その、どれが良い? ああ、いっそ、秘拳・黄龍が良いか?」

「…………勘弁してくれ。どれも、遠慮する……」

「駄目だ。どれか一つを選べ。選ぶ余地くらいは、お前にも与えてやるから」

「ひーちゃん…………。……悪かった。俺が悪かった。すまねぇと思ってる。詫びろと言うなら、幾らでも詫びは入れる。小言でも説教でも、何でも黙って聞く。だからよ…………」

「……そうか、判った。問答も、気遣いも無用か。そうだと言うなら、私は、秘拳・黄龍を選ばせて貰う」

要するに、今からくれてやる鉄拳制裁の種類と度合いを選べ、と迫る龍斗に、京梧は及び腰を見せ、しかし龍斗は頑として引き下がる様子を見せず、本当に、秘拳・黄龍──龍斗や龍麻の操る古武道の、最大奥義の構えを取り掛けたので。

「…………あのよ」

見兼ねた風に、京一が、ゆるりと振り被られた龍斗の手首を強く掴んだ。

「俺だって、馬鹿シショーの『馬鹿』には、言ってやりたいこと、山程あるけどよ。気持ちは……解るんだ。俺がシショーだったら、同じこと、俺もしたと思う。だから、その……何つーか……。ちっとだけで構わねえから、シショーの気持ちも解って貰えたらっつーか……。俺が言うのも何だけど……」

────師匠であるからか。祖先であるからか。

それとも、見事なまでに『同類』であるからか。

京一は京梧を庇う風に龍斗の『暴挙』を阻み、軽く、頭をも下げた。

「京一…………」

「馬鹿で、碌でなしで、最悪だけど。一応、俺のシショーだし。俺も、似たような馬鹿だしよ。龍斗サンが、シショーのことぶん殴りたい気持ちも解らなくねえんだけど、せめて、秘拳・黄龍は勘弁してやって欲しいっつーか、幾ら馬鹿シショーでも、怒り狂ってる今の龍斗サンの黄龍喰らったら、死んじまうんじゃねえかなー、とか……」

この馬鹿弟子は、一体何を言い出した? と目を瞠った京梧に見詰められながら、ボソボソ、京一は龍斗へと言い募り、

「………………俺は……、俺は正直、京梧さんや京一の気持ちよりも、龍斗さんの気持ちの方が理解出来ます。京一と京梧さんは、本当によく似てて、多分、俺と京一との関係の中での俺の立場は、龍斗さんの立場に近いから。だから、大切な人の為にとは言え、その大切な人の気持ちも考えないで、碌でもないこと仕出かした馬鹿なんて、とっととぶん殴るべきだって、本音ではそう思います。でも……でも、京梧さんも、その…………」

龍斗の味方をしながらも、龍麻は、京一のように、龍斗の視線から京梧を隠した。

「俺も、この人の気持ちが解る。似たような馬鹿をやったことがあるから。この人が──京梧さんが選んだ道は、龍斗さん、あんたにとっては、酷く気に入らないことなんだろうと思う。腹立たしくて、不幸なことなんだろうと思う。でも、京梧さんは、自分にはそれしか術がなかったと、そう言った。あんたを手放してしまったことから始まった過ちを取り返すには、そうするしか、と。──俺は……京梧さんや京一さんの気持ちがよく解る。だからせめて、『それしか術がなかった』、そこだけは、気にして貰えたら、と思う」

京梧が選んだ『愚かな道』と、龍斗の、その選択に心を痛めたが為の憤りに、去年のクリスマス・イヴの夜の己と九龍を、脳裏で重ねたのだろう。

珍しく、甲太郎も『他人』を庇う科白を吐いて。

「……俺も、皆の気持ち、よーーく解りますよ。皆それぞれ、言い分もあるんでしょうしね。ま、似たような目に遭ったんで、俺はどっちかって言えば、龍斗さんの味方ですけど。でもまあ……、何と言いますか。再会果たしたお二人には、『この先』もある訳ですし。もう少しだけ穏便にってのは、どーでしょーか……?」

一時の激情に任せて、フルパワー秘拳・黄龍をぶちかますのは、流石に……と、わざと、へらっとした笑みを浮かべつつ、九龍も口添えをし、

「お前達…………」

己達の子孫達だという京一や龍麻や、子孫達が可愛がっている少年二人を順に見遣り、酷く嬉しそうに、正しく春風の如く龍斗は笑んだ。

笑んで、けれど直ぐさま面を塗り替え、無表情で、ゴィン! と奥義や技ではない拳を一発だけ京梧にくれ、重い一発を喰らってジタバタのたうつ彼を見捨て、又、春風の笑みを浮かべ。

「……京梧も私も、関わりを持ってくれる者達には、何時も恵まれる……。私達の遠い血脈だというお前達が、私達の子孫と関わってくれたお前達が、こんなにも、良き子供達で……」

龍斗は、四人の『子供達』を一人一人抱き締めて、頭を撫でて行った。

「良い子……」

「内心、複雑な表現だぜ……」

「複雑……ですな。確かに……」

「俺はもう直ぐ十九なんだがな……」

感謝と愛情が籠っているのはよく解る、でも、己達の年齢と自負を振り返ると素直に頷けない龍斗の言葉と表現に、龍斗から見遣れば何処までも『子供達』な彼等は、揃って微妙な顔を拵えた。

「……黄龍よりゃましだがよ…………」

「…………京梧」

複雑な心境がありありと滲む雰囲気を漂わせ始めた『子供達』に背を向け、ブチブチと文句を垂れながら、頬を撫でつつ起き上がって来た京梧を、再び、低い声で龍斗は呼んで。

「お、おう……」

「長い間……二十五年もの間……、私の為に、一人、この世を彷徨わせて、そのような真似までさせて……。私の所為で……。私の、所為だ…………」

もう一発殴られるんじゃないかと、再度の及び腰になった京梧の首に、両腕を伸ばし、思い切り縋り付いた。