「と言うことは…………──

頭脳労働担当な少年達の発言が、やはり、瞬時には飲み込めなかった京梧と京一と龍麻は、一瞬、ん……? と首を捻り。

「…………駄目だ」

暫しの間を置いた後、『決壊』したら、己の体と魂を壊すらしい二十年分の澱みと留まりを龍斗が引き受けるということは、今度は、その二十年分の澱みと留まりが、龍斗の体と魂を壊し兼ねない、と思い至れた京梧は、強い声で断言した。

「そんなことしちまったら、龍斗、今度はお前が──

──危ない橋を渡る必要は無いと、私は言った筈だが」

しかし、龍斗も譲らなかった。

「お前な…………」

「私というモノは、地を流れる龍脈そのものにほぼ等しいと幾度も語ったろう? 何故、私というモノが『そう』なのか、私にも解らないが。──地を流れる龍脈以上に、『正しき』龍脈などある訳がないのだから、もしも、神に近しい仙士がお前にそれを施したとしても、術法を経た龍脈の力に負ける筈は無い。川の澱みを川自身が清めるのと同じで、私にならそれが出来る。例え、それだけでは足りなかったとしても、私には、『皆』がいる。私を愛おしんでくれる、『ヒト以外の全て』が。『皆』が私を助けてくれる。地や空を成す世の全てが、私を清めてくれる」

「だからってよ……」

「…………それに、京梧。本当に、その術を成して良いかと問わなくてはならないのは、私の方だ」

「……どうして」

「言うだけなら、二十を越える年月も短い。けれど、二十を越える年月は決して短くはない。二十年、それだけの年月、お前をそう在らせた果ての澱みや留まりを破るのだ、言う程容易いことではない。だが私とて、お前の歪を正す為に、己を捨てるつもりはない。お前との『先』の為に選ぶ術なのだから。……お前を逝かせず、私自身も捨てず、尚、二十年の有り様の果てを打ち消すのだ、お前を歪めている力と、私の中の力とのやり取りが、一度限りで終わるとは限らない。お前が正しき形でこの世を去るまで、それは続くかも知れない。…………だから。私が成そうとしていることを始めたら最後、京梧、お前には、私と共に在り続けるか、私の許を離れ、逝く道を選ぶかの、二つに一つしかなくなるかも知れない。……それでも、お前に悔いはないか…………?」

絶対に、ここだけは引かない、との態度を取りながらも、何処か恐る恐る、龍斗は問う。

「龍──

──刻を越えた為に変わりつつある『運命さだめ』が本来定めたお前の天命の、四十六を迎えたこの年の春、即ち『今』、お前の中の留まりが再び流れ始め、澱みが溢れ出れば、きっと、お前は逝くことになる。それが、仙道士達が紙一重で残した『この世の理の範疇』だ。天寿を迎えるまでの有り様が、ヒトの有り様から離れたとしても、そもそもの天寿の到来と共に逝けば、『星』がお前に与えた、命の長さの定めは変わらない。……でも。私は、『星』の定めを変えてでも。この世の理を違えてでも。お前との『先』が欲しい。お前と共に在りたい。その為に、刻までも越えた。…………これは……、こんなものは、私の我が儘でしかない……。お前の歪みを正しながらも、私は、今度は天寿の理からお前を歪めようとしているのかも知れない……。でも、それでも……っ。──……その為の罰なら、幾らでも、甘んじて受ける。けれど、所詮は私の我が儘でしかないことだから。お前まで、付き合う必要は無いから……」

名を呼ぼうとした京梧の声さえ遮って、けれど、恐る恐るだった声を、弱々しい、と言えるまでに潜めて、龍斗は俯いた。

「……この先、二度と、離れ離れになる必要なんざねぇんだから、そんなこと、お前が悩むこっちゃねぇだろうに。俺にしてみりゃ、贅沢過ぎる話だ」

傍らに座す、深く面を伏せてしまった彼の肩へと腕を廻し、抱き寄せ、京梧は呆れを見せた。

「京梧…………」

「罰が当たるってなら、一等最初にそれを受けなきゃならねぇのは、お前じゃなくて俺だ。俺が、この『路』を選んだから。……いいや。あの時、お前を置き去りにしたから。だから、こうなったんだからよ。──俺との『先』を、今でもお前が望んでくれるってなら。それがお前の望みなら。真、この世の理から外れようがどうしようが、構いやしない。寧ろ、本望ってもんだ。俺とて……望んでも赦されるってなら、お前との『先』が欲しいからな」

そうして京梧は、漸くの笑みを浮かべながら言い切り、だから二人は、再び抱き合う風になって。

「……何処までも、愛ですな」

「うん。しかも、熱烈な奴」

「龍麻さんのご先祖様って、ぶっちゃけ、大胆ですよね」

「……そこは、遺伝しなくて良かったかも知れない……」

この人達って……、と目の遣り場に困った九龍と龍麻は、乾いた笑いを浮かべつつそっぽを向き、

「…………人間、歳を取ると開き直るのか?」

「かもなー。シショーと龍斗サンの組み合せだからって気もすっけど」

「だが、龍斗さんのストレート振りは、九ちゃんに見習わせたい」

「同感だぜ、甲太郎。ひーちゃんから、もうちっとだけでも照れが抜けりゃあなあ……」

横目で、京梧と龍斗を盗み見ながら、顔付き合わせ、甲太郎と京一は、ボソボソ言い合った。

「……そこ。聞こえてるよ。何、勝手なこと言ってるんだよ、京一のド阿呆」

「俺は、何時でもストレートじゃんか。これ以上、どうしろって言うんだよ、甲ちゃんっ」

その、内緒話だった筈の京一と甲太郎のヒソヒソを、龍麻と九龍は嗅ぎ付け、どういう意味だ、とそれぞれの相方に噛み付き始める。

「だってよー。何時でも何処でも照れまくり、ってのも可愛いけど、たまには人目とか気にせずラブラブってのもいいなー、っつーか。……なあ? 甲太郎?」

「ああ。別に、とことん色気の感じられない九ちゃんから、たまにはあんな風な色気が感じられたら尚いい、とまでは言ってないしな」

「普通は人目を気にするんだよ、馬鹿京一っ。京梧さんと龍斗さんは、今、非常事態みたいなもんだから、人目とか気にしてる暇もへったくれもないだけだろうがぁぁっっ」

「……甲ちゃん。俺に喧嘩売ってる? 悪かったな、とことん色気が感じられなくてっっ。俺が色気なんか振り撒いたって薄気味悪だけだってのっ! 第一っ! 俺には振り撒ける色気なんか、そもそもからして備わってないっ!」

故に、四名の下らぬ言い争いが、声高に、ギャンギャンと繰り広げられ。

「………………うるせぇ餓鬼共でやがんな……」

「良いではないか。子供は賑やかで元気なのが一番だ。──それよりも、京梧。本当に、構わぬのだな?」

「くどくど言うんじゃねぇよ、今更。この先、死ぬも生きるも共にってのも、乙じゃねぇか」

「……そうだな。それこそが、私の望みのようなものだ。ならば────

直ぐそこで、犬も喰わない喧嘩を繰り広げる二組のうるささに、顰めっ面を拵えた京梧へ、龍斗は、唯、笑んで、抱き合ったまま、僅か、面を寄せた。

「そうやって、成すのか?」

何をすべく彼の面が近付いたのか察した京梧は、すんなり意を汲んで、彼の唇に、自らのそれを重ねる。

「………………一寸待て。幾ら何でも、盛り上がり過ぎじゃねえのか? 馬鹿シショーと龍斗サン」

「まあ……若干? 盛り上がり過ぎ……と言うべきか、二人共、流石だな、と言うべきか?」

「ご……先祖…………。京一と皆守君が刺激されるから、止めて下さい……」

「うわうわうわっ! 目の前で、ち、チューしてるーーーーっ!!」

眼前で始まった二人の行為に気付いてしまった若人達は、言い争いをピタリと止めて、動きをも止めた。

或る意味天晴だ、と妙な感慨を覚え始めた京一と甲太郎、複雑さと苦悩と若干の諦めを滲ませる龍麻、頬染めて、じたばた騒ぎ始めた九龍、その全てを綺麗さっぱり無視し、京梧と龍斗は接吻くちづけを交わし続け、が、やがて、互い恋情を結んでいるが為だけに行われたのではない彼等のそれは、少しばかり風情が変わった。

それぞれの背に回された腕には、不必要と思える力が籠り、二人共に、眉間に少々の皺が刻まれ、龍斗に至っては、龍麻から黄龍の力が溢れ出る時同様に、黄金色の、細かな光の粒子を毛先から散らし始めた。

「えっ? あの光の粒って、龍麻さんが黄龍の力使う時とかの……」

「おい、大丈夫なのか? 龍麻さん、放っといていいのか?」

「俺が『龍脈アレルギー』だからって、ご先祖様な龍斗さんまでそうだ、なんてことは有り得ないと思うから、大丈夫だはと思うけど……。でも……」

その一部始終を見守っていた彼等──九龍は目を見開き、甲太郎は渋い顔をし、龍麻は思案気になって、ギリ……、と龍斗は京梧の背に、京梧は龍斗の背に、食い込む程に爪を立てた時。

「シショーっ。龍斗サンっ!」

京一は、声を張り上げた。