抱き合い、接吻を交わしていた二人は、苦悶、としか例えようのない色を頬に刷いて直ぐ、互いの背に添わせていた腕を解いた。

そうして、酷く痛むのか、龍斗は腹を抱える風に身を丸め、両手を付いた麻布を握り締めながら京梧は、焦げ茶色の、何とも付かぬ『何か』をその場に吐き出す。

「おい、シショーっ!!」

「龍斗さんっっ」

咽せながら、『何か』を吐き続ける京梧に京一が、深く踞る龍斗に龍麻が、それぞれ添った。

「……だ、から……一々騒ぐんじゃねぇよ、馬鹿弟子が……」

「しょうがねえだろっ。騒ぎたくなるようなことやらかしてんのは、てめぇ自身だってのっ」

「龍斗さん、大丈夫ですか……?」

「…………ああ、大丈夫だ。有り難う、龍麻。思っていたよりも、京梧の中の『澱み』が『重く』て……。だが、大したことではないから……」

二組の子孫と祖先は、よく似た風情を見せつつ言い合い、

「体液……か? 少なくとも、吐血じゃなさそうだが」

「甲ちゃん、問題無いっぽい?」

「ああ、多分な。──九ちゃん、未だ水があったろう? 京梧さんと龍斗さんに」

「うん。残ってる。大丈夫」

京梧が吐瀉した物をざっと改めながら、甲太郎は京梧と龍斗の体調を窺い、九龍は、ミネラルウォーターのボトルを何処より引き摺り出した。

「ったく、脅かしやがって……」

京梧も龍斗も表情を歪めてはいるものの、そう心配することはないらしい、とホッと息を吐き様、京一は悪態をついて、

「京梧の子孫だけあって、口の方は良くないが、お前はお前なりに、本当に京梧を想ってくれているのだな」

龍麻に背を摩って貰いながら、彼の、低い小声の呟きを拾った龍斗は、嬉しそうに、ぽすぽすと京一の頭を撫でた。

「…………そ、そんなんじゃねえよっ。勘弁してくれよ、龍斗サンっっ。唯、目の前で馬鹿シショーに何か遭ったら、俺の夢見が悪りぃっつーかっ! 俺のプライドの問題っつーかっ!」

柔らかく赤茶の髪を叩く手と、手の持ち主の科白に京一は酷く慌て、微かに頬を赤く染めながら、龍斗の腕と視線より逃れてそっぽを向き、

「あ。京一さん、照れてる」

「……珍しいこともあるもんだ」

「龍斗さんに本当のこと言われちゃったからだよ。京一が、本心では京梧さんのこと慕ってるってこと、誰にもバレてないと思ってるのは京一だけで、俺達には駄々漏れなんだから、いい加減認めればいいのに」

「……っ、ひーちゃんっ! お前、勝手に何ほざいてやがるっ! 俺は別に、この馬鹿のことなんか何とも思っちゃねえってのっ。何遍も言ってんだろ、馬鹿で碌でなしで最悪の奴だってっ!」

「はいはい。天邪鬼でいるのも大変だねー、京一」

「だーかーらーっ!」

その所為で、再び騒ぎが引き起こされて、青年達と少年達は、又、ぎゃあぎゃあと喚き合い始める。

「可愛気のねぇケツの青い馬鹿餓鬼が、師弟愛なんぞに目覚めるたぁ、俺には思えねえがな」

「お前も、相変わらず天邪鬼だ、京梧。お前にも判っているのだろう?」

「……判らねぇ」

「…………百数十年の時を隔てた子孫と祖先の割に、そっくりだな、お前達は。京一がお前を本心では慕っているように、お前とて、本心では京一を可愛がっていることくらい、この僅かの時で私にすら察せられたが?」

彼等の生む喧噪を横目で眺めつつ、ムスッと、詰まらなそうに言い出した京梧を、クスリ、愉快そうに龍斗は笑った。

「龍斗…………。てめぇは少し、底意地が悪くなったんじゃねぇのか?」

「そうでもないと思う。あの頃から私は、お前相手には『こう』だった筈だ」

「……言われてみりゃ、そうだな。昔っからお前は、俺にゃあ容赦ねえ」

「…………お前だけが」

「ん?」

「お前だけが、唯一、『遠く』ないからだ。『皆』の声が聞こえる所為で、人もが遠い私にもきちんと届く、声と想いを持っているから。……お前だけが」

「……そうか」

「そうだ。お前だけが──京梧、お前だけが、巡り逢ったあの時から、己ですらナニモノかも判らぬ私に、声と想いを届けてくれた。……今でも。刻を越えて再び巡り逢った今でも……」

龍斗は春風のような笑みを浮かべたまま、京梧は苦笑としか言えない歪みを口角に刷きながら、そんな科白を交わし、そうして彼等は再び添った。

添い、腕を絡ませ、再び唇を重ね合わせた。

「あ、又チューしてる……。何でチューしてるのか判ってるけど、こう……。うわぁ、目の遣り場に困るぅ……」

「だったら、見なきゃいいだろ」

「でもさあ、甲ちゃん。目の前で、諸手挙げて美形! って言いたくなる二人がチューしてたら、眺めたくなるのが人情って奴でないかい? 俺達だって、お年頃だし。健全な思考ってーか」

「言いたいことが判らない訳じゃないが、そう言う割に、照れまくって喚き立てるお子様なお前には、刺激が強過ぎるんじゃないか? 九ちゃん?」

「悪かったな! どうせ俺はお子様ですよっ。俺の構成成分の八割は、少年誌の熱血青春漫画ですよー、だっ」

「……あの少年漫画雑誌を愛読するの、いい加減止めたらどうなんだ」

「何をぉ!?  愛と友情と青春と熱血を学ぶのに、あれ程適した雑誌はないぞ、甲ちゃんっ!」

「………………判ったから、少し黙れ、激馬鹿」

眼前で繰り返されていく彼等の行為に、多少は耐性が付いたのか、初回程の衝撃こそ受けなかったものの、九龍は今度もあーだこーだ喚き、疲れた顔しながら甲太郎は、一々それに突っ込み。

「別のやり方、ねえのか?」

「あるんだろうけど、あれが一番手っ取り早いんじゃ?」

「キスがかよ。……でも、ひーちゃん。だってなら、もっと手っ取り早くて濃厚な方法──

──それ以上言ったら、ぶん殴るよ?」

「……何だよ、判ったのか? 俺が何言おうとしたのか」

「判らない訳ないだろっ。お陰様で嫌って程、京一の思考パターン掴んじゃってるよっ。お前の頭の中の桃色な部分に慣れてきちゃった自分が、自分でも情けないくらいにっ! 自分と俺のご先祖捕まえて、桃色なことなんか言わないでくれよ、京一のド阿呆っっ!」

「ひーちゃん。俺は、手っ取り早くて濃厚な方法が、っつっただけで、桃色遊戯な行為、たぁ言ってねえぞ?」

「言われなくたって判るって、何度も言わせるなっ! あーもー、黙れー、黙れ黙れーっ!」

京一は何処となくニヤニヤしながら、龍麻は遠い目をしながら、本当に馬鹿な言い争いを繰り広げ。

──そんな風に、相変わらずの喧噪を外野が振り撒く中、京梧と龍斗は、寄り添い、唇を重ねては離れ、嘔吐や痛みの苦しみをやり過ごし、再び添って、を幾度か繰り返し、中々終わらない彼等のそれに、本当に大丈夫なのかと京一達が渋い顔をし始めた頃、やっと、京梧は何も吐き戻さなくなって、龍斗も痛むらしい身を庇う素振りを見せなくなった。

京梧の中より引き摺り出された二十年分の『澱み』や塞き止められていた流れを、全て『正せた』かは疑わしかったが、一先ず、彼が龍斗を残し、一人逝くしかない『路』は、避けられたようだった。

その反動なのか、『路』を曲げるべく、接吻で以て為されていた行いが終わった時、四十六という実年齢を裏切り、どう多く見積もっても三十代前半にしか見えなかった京梧の外見が、三十代後半との印象を受けるそれに何時しか変わっていたけれど、それ以外、京梧にも龍斗にも、目立った変化はなく。

「益々老けたな、京梧。三十路の終わり頃に見える」

「三十路に見えるだけ恩の字だ。四十六だからな、俺の中身は」

軽い声で言い合ってから、もう大丈夫だ、と言わんばかりに二人は、ゆっくりと、自分達を見守っていた『子供達』へ振り返った。