「見せ付けて悪かったなぁ? 餓鬼共?」

子孫である弟子や、漸く取り戻した己が伴侶の子孫や、その弟分達を振り返って、何処となく青褪めたような顔色をしているくせに、京梧は不敵に笑った。

「大変大変、参考にさせて頂きました。眼福でした」

その言い種に、ケッ……とか何とか、喉の奥を鳴らしながらも、ニタッとした笑みとふざけた科白を京一は返した。

「……さあ、行きましょうか。もう、ここにいる必要はありませんよね?」

「そうだな。ここには、もう」

深刻な事態など、何一つもなかったかのように振る舞う『馬鹿』二人を眺め、龍麻は「やれやれ……」と、龍斗も何処となく困った風に、ちょっぴりの苦笑いを浮かべ、立ち上がる。

「血、って奴は、本当に恐ろしいな。どっちの子孫と祖先も、過ぎる程によく似てる」

「血は恐ろしい、ってのには同感だけど。蓬莱寺家と緋勇家の場合は、特別中の特別なんでないかい? 俺、そんな気がする」

いそいそと、『旧校舎三百階ツアー』で得た収穫品を溢れんばかりに包んだ風呂敷代わりの麻布を、古式ゆかしい泥棒宜しく背負い込む九龍を、本当に仕方無しに、の態を保ちつつ手伝いながら、甲太郎は、微かに笑みつつ『血の恐ろしさ』にフルリと肩を震わせ、九龍は、ケラケラ声を立てて笑いながら、蓬莱寺家と緋勇家の子孫と祖先は特別製だ、と言い切って。

「行こうぜ、龍斗──ひーちゃん」

「……ああ、京梧」

すいっと京梧が差し出した手へ、傍らの龍斗が手を返し、返された腕の手首を当たり前のように京梧が引っ掴んで歩き出したのを合図に、一同は『地の底』を行き出した。

行きに辿った、迷宮に迷い込んでしまったかの如くな印象を与えてくる、どれだけ進んでも決して景色の変わらぬ『路』を辿り、旧校舎の地下・三〇〇階層にあった、古び過ぎた石碑の許まで戻った時。

「少しだけ、待ってくれ」

そう言って、龍斗が足を止めた。

「龍斗? どうした?」

「もう、この先には誰も入り込めぬように、封印してしまった方が良いのではないかと、『皆』が言うから」

釣られて止まった京梧が、ん? と首を捻って問えば、龍斗は僅かだけ『誰もいない傍ら』と語り合って、一旦、眼前に翳すようにして黄金色に輝かせた右の掌で、石碑を撫でた。

「その石碑、何なんですか?」

暫しの沈黙と共に為されたその行為が終わり、龍斗の掌の黄金色が褪せるのを待って、石碑の正体が気になっていた九龍は、好奇心旺盛に尋ねる。

「……さあ」

「さあ、って。龍斗さんも判らないんですか?」

「ああ。……これ程に、ヒトとして不可思議な存在なのに、私の識っていることは、実の処は少ない。どうすれば何が出来るとか、こうすれば何が成せるとか、そんな風に『皆』が教えてくれることに従って、唯、私は行いをするだけで、どうしてそうなるかの理や所以は、私には語れない。……但、この石碑は途方もなく古い物だ、と。この地が『こうなった』始まりの証だと、『皆』はそう言っている」

「へーーー、そうなんですか。この場所がこんな風になった、始まりの証かあ……。うわー、俄然、興味湧くぅぅ。何時か、時間作って、もう一回ここに下りてみような、甲ちゃん! ここ、お宝満載だし! 俺の旺盛な好奇心が満たされて、且つ、お宝もゲットっ。……うっほ、素敵過ぎるっ」

「……俺とお前の二人でか? 九ちゃん、それは正直、無謀だな」

「くっ……。痛い所を……。そ、その内絶対、真神学園・旧校舎三百階ツアーくらい、余裕綽々でこなせる凄腕ハンターになったるやいっ! ……だから、付き合って。──あ、そうだ。ナイス情報、教えてくれて有り難うございました、龍斗さんっ。『皆』にも、有り難うございましたって言っといて下さいねー」

「………………龍斗さん。余り、この馬鹿に入れ知恵しないでやってくれないか。後が大変で……」

石碑そのものに対する知識は己の中には一切ないが、『皆』はこう言っている、と龍斗が語れば。

九龍は、キラキラと目を輝かせ、甲太郎を巻き添えにしつつはしゃぎ出して、年少カップルはそれぞれ、思う所を龍斗に伝えた。

「ほんっと、葉佩君は、『不思議』の探求が好きだよねえ……。でも、探求に燃えるのはいいけど……」

「ま、この石ころに関しちゃ、アタックしてみてもいいんじゃねえの? 旧校舎の正体、俺達にはばっちり判ってっから、危ねぇのは異形共とのやり合いだけだし、石碑の方は、大体こんな物って、『皆』伝で、龍斗サンのお墨付きが出たしな」

「そんなこと、俺にだって判ってるってば。だから、俺が言いたいのはそこじゃなくって。俺達でさえ、二百階越えてくると厳しいのに、ってことだよ」

「その辺は、九龍と甲太郎の、この先の修行如何だなー。励めよー? お前等」

そんな二人に、龍麻は少々気遣わし気に、京一はカラカラと笑いながら言う。

「………………お前達は……」

と、ひたすらに賑やかな四人を、不思議そうに龍斗は見比べた。

「何ですか?」

「何か?」

「お前達は、京梧の言葉を借りるなら、『視えない何か』と語らう私を、変には思わないのか?」

「え、どうしてです? 何か不思議ですか? 俺達には『皆』の言うことは判らないけど、龍斗さんには判る、ってだけのことかと。……ですよね? 龍麻さん?」

「うん。別に、変に思うようなことじゃないと思うって言うか……。一番最初に、龍斗さんが一人で何かと喋ってる所を見た時は、流石に、何事? とは思いましたけど、事情教えて貰いましたから、俺は別に、どうとも。……その程度のことですよ、龍斗さん」

──京梧は兎も角、つい先程知り合ったばかりの彼等のこと、如何に自分達の子孫や子孫の弟分とは言え、己の『この質』に関しては、流石に変に思う──もっと言ってしまえば薄気味悪がるのではないかと、内心、龍斗は思っていたのに、逆に、九龍と龍麻には、不思議そうに問い返されて。

「そうなのか……?」

「慣れっこだしなー、俺達ゃ。仲間内にゃ、『幽霊さんがお友達』って奴もいるし。悪魔とか怨霊とか、わざわざ呼び寄せて色々やってる奴もいるし。式神だっているし? ──聞こえるモンは聞こえるんだ、気にすることねえんじゃねえの?」

「石達の言うことが解る、とか言う奴もいるしな、世の中には。龍斗さんのそれだって、一寸した特技って程度の話だ。龍斗さん曰くの『皆』ってのは、俺達の言葉で言う精霊みたいなモノなんだろう? 精霊と語らえる、なんて、その辺の巫女やシャーマンだって言うぞ。連中の真偽は兎も角だが」

目を瞬けば、「何をそんなに引け目に感じる?」と、京一と甲太郎には切って捨てられ。

「…………大概、馬鹿でやがんな、お前も」

京梧には、ペシリ、頭の後ろを彼は叩かれた。

「お前が気にする程、誰も、お前の質のことなんざ気にしねぇよ。『連中』だって、そうだった筈だぜ?」

「京梧……。…………そう、か……。すまなかった……。……物心付いた頃から江戸へ行くまで、私が人と違うことを、私と関わった全ての者が気味悪がったから、そういうものなのだ、とずっと思っていた。気に留めていない素振りを私の前では取った者達も、内心では気味悪がっていると容易に気付けてしまったから、誰にも、決して打ち明けてはいけないことなのだと……。だからどうしても、お前や、あの頃の皆にさえ、言い出せなかった……。お前や皆の前でも誤摩化しに誤摩化しを重ねて、このことだけは悟られぬようにと、それだけを思っていて、でも…………。…………私は、あの頃の皆に、申し訳ないことをしていたのだな……」

「……かも、な。だが、言えなかったんだろう? だったら、仕方ねぇじゃねぇか」

「………………いいや。判っていた。本当は、判って『は』いた。私の質を打ち明けたとて、皆、それぞれの中に抱えてくれた『私』を変えはしないだろう、と。けれど……、もしも、そうではなかったら。私の勝手な期待でしかなかったら。そう思ったら……。──皆が大切だった。失いたくなかった。誰もが、私にとっては家族の如くだった。『もしも』が、酷く恐ろしかった。だから…………。……今となっては、それを、皆に詫びることも出来ぬのに……今更のように気付くなど……」

「それこそ、埒もねぇことを今更言ってんじゃねぇ。連中だって、お前にそんなこたぁ言われたかねぇだろうし。……大丈夫だ。連中ならきっと、判ってくれる。百と有余年が過ぎたこの刻でも、きっと判ってくれる。俺達には、もう、この刻を生きるしか術はねぇんだしよ」

「……そう、だな………………」

本当に軽く、ペシリと京梧にやられたのを切っ掛けに、龍斗は酷く子供染みた風に面を歪め、凹凸の激しい地面だけを眺め下ろし、だから京梧も、いまだ、僅かばかり何かを悔やんでいるように、微か頬に陰りを刷いたけれど。

何も彼もを振り切るように、そして、何も彼もを龍斗に振り切らせるように彼は言うと、連れ合いの手首を掴み直して、地上へと続く『路』を歩いて行った。

『後悔』や、行き場のない想いや、『過去』の過ちを、もう何者も入り込むこと叶わぬだろう、黄泉にも通ずると言われた、封印されし『地の底』の向こう側へ、置き去りにする如くに。