「大体な、お前等何時まで、俺達の後くっ付いて来る気だ、金魚の糞じゃあるめぇっ!?」
「いーじゃねえかよ、気になんだよっ! それにっ。二十五年も現代社会で暮らしてやがるくせに、何時まで経っても江戸時代の素浪人みたいなあんたに、龍斗サンの面倒見られんのかっ!?」
「余計な世話だ、馬鹿弟子っ! ヒヨッコのくせに、生意気言ってんじゃねえっ」
「馬鹿馬鹿うるせぇんだよ、てめぇこそ、俺に輪ぁ掛けて馬鹿だろうがっ!」
「そういう口はな、俺から一本でも取ってみせてから叩きやがれっっ」
「一本取れってんならやってやるよ、今直ぐにでもなっ! 言い出したのはそっちだ、とっとと抜きやがれ、馬鹿シショーっ! 吠え面掻くなよっ!!」
「そっちこそ泣くんじゃねぇぞ、餓鬼がっ! 腐り切ったその性根、叩き直してくれらぁっ!」
……プチ、っと。
音立てて京梧がキレた所為で、彼と彼の弟子との何時もの言い争いは始まり、
「あー……、始まっちゃった……」
「元気だなー、京一さんも京梧さんも……。旧校舎の底まで潜って、龍斗さん起こして、なのに、未だ戦う元気あるって、偉大」
「体力馬鹿だからな、あの二人は」
桜の古木の根元で始まった師弟喧嘩に、龍麻も九龍も甲太郎も、揃って呆れの色を見せたが。
「放っておくと良い。所詮は、親子喧嘩のようなものだろう」
あれに口を挟むのは愚かだ、と龍斗は気楽に笑った。
「……それもそうですね。じゃ、喧嘩がコミュニケーションの京一と京梧さんは放っておいて。──龍斗さん。取り敢えず、落ち着ける所に行きませんか? って言っても、俺と京一が今住んでる部屋とかになっちゃいますけど」
「お前達の所にか? 何故?」
「この先、龍斗さんと京梧さんがどうするにせよ、その格好で町中を、っていう訳にはいかないですから、そこから何とかしないと。今の時代は、俺達がしてるみたいな格好が普通なんですよ。今の龍斗さんみたいに、こう……渡世人って言うんですか? そういう格好してると酷く目立ちますし、変な誤解とかもされちゃうかも知れませんし、京梧さんみたいに着物姿でいる人も珍しいくらいなんですから。着てる物以外のことでも、昔と今じゃ違い過ぎると思うんで、多分、龍斗さん、一から十まで判らないと思います」
「成程な。確かに私では、道も歩けぬかも知れない。只でさえ、私は道に迷うから……」
「じゃ、そういうことで、一先ず。──葉佩君、皆守君。京一と京梧さんのあれ、止めて来てくれる?」
「ラジャーっす! 行こ、甲ちゃん」
「止める……って、どうやって。結構本気の立ち合いになってるぞ?」
「甲ちゃんが、マジ蹴りの一発も出せば、多分止まるって。……ほらほら!」
正直、互いに真剣片手の親子喧嘩というのも……、と思わなくもなかったが、龍斗の言う通り、あれは、京一と京梧独特のコミュニケーションではあるな、と龍麻は頷き、立ち合いと言うか戯れ合いと言うかを本当に始めてしまった馬鹿二人を放置し、この先をどうするにせよ、何はともあれ、「現代社会に慣れる処から始めましょう」と龍斗を説き伏せ、揃って馬鹿な師弟のアレを止めて来い、と九龍と甲太郎に言い渡し、
「こ……んの馬鹿弟子が、ちょこまかとっ!」
「ちょこまかしてやがんのは、てめぇだっ! 大体な、『神夷京士浪』を俺に譲っといて、未だ馬鹿弟子呼ばわりすんのかよ、馬鹿シショーのくせしやがってっ!」
「神夷の名前をくれてやろうがどうしようが、てめぇは未だヨチヨチ歩きのヒヨッコだろうがっ。ああっ!? この馬鹿弟子っ! 法神流の奥義も全部操れねぇってのに、寝言ほざくなっ!」
「その全部も伝えねえで、勝手に逝こうとしたのは何処の誰だっ! だってなら、今ここで伝授しやがれ! ……って、うぉいっ! 何しやがる、甲太郎っ! 危ねえな、もう一寸で蹴りが当たる処だったろうがっ!」
「邪魔すんじゃねぇ、餓鬼共っ! 俺は、この馬鹿弟子の性根を入れ替えてんだよっ!」
「仕方無いだろう。龍麻さんに、あんた達の馬鹿喧嘩を止めて来いと言われたんだ」
「二人共、その辺で止めとかないと、今度は龍麻さんがキレますよー? 秘拳・黄龍かもですよー? ──取り敢えず、京一さんと龍麻さんの部屋に行こうってことになったんで。いい加減、物騒なコミュニケーション、止めて下さい」
エキサイトしていく一方の二人にそっと近付き、口から洩らす科白は渋々なれど、何処となく楽しそうに、京一目掛けて甲太郎は蹴りを放ち、九龍は、旧校舎内でもぶん回していた荒魂剣を又もや振り翳して、京一と京梧を止めた。
「有り難う、皆守君、葉佩君。──さ、行きましょうか、龍斗さん。……京一、行くよ! 京梧さんも!」
「ああ、判っ……。────………………あ……」
放っておいたら何時まで経っても話を進めないだろう一同を仕切り始めた龍麻に促されるまま、龍斗は、桜の古木の根元より一歩を踏み出し……が、直ぐさま立ち止まる。
「龍斗さん?」
「……『お帰り』、と。桜達に、そう言われた。花を鳴らせて、枝葉を鳴らせて、『お帰り』、と」
「きっと、『皆』も喜んでるんですね。……龍斗さん? 丁度、今日、東京の──江戸の桜が、満開になったんですよ。街中の桜が、示し合わせたみたいに一斉に。判ってたのかも知れませんね、龍斗さんが、今日、帰ってくるって。だから自分の花を、咲き誇らせたのかも」
「………………だとしたら。私は、本当に恵まれている。いいや、恵まれ過ぎている。申し訳ない程に。あの日私が為したことは、私の身勝手だ。そして私は、『皆』も置き去りにしていたのに」
「どうしてです? そんなことないって、俺は思いますよ。一四〇年近くも前に、この街を護ったのは龍斗さん達じゃないですか。戦って、江戸の街を護り通して、そうしてから自分の行きたい道を行ったんです、悪いことじゃないと俺は思いますけど。……大丈夫ですよ、龍斗さん。誰も、何も、龍斗さんのこと、悪く言ったり思ったりする筈無い。……俺がこんなこと言うのは何ですけど……、もう、我が儘に生きたっていいじゃないですか。幕末の時代にあった沢山のモノにも、今のこの時代にある沢山のモノにも、引け目や申し訳なさなんて、感じる必要は無いと思います。『世界』は、昔も今も変わらない。その『世界』を最初に護った龍斗さんと京梧さんには、胸張って、『世界』に在り続ける権利があるんです」
龍脈の流れだけに満たされた『地の底』より、『世界』へと戻って来た彼へ、薄紅の花に宿る精霊達が喜びを伝えれば、龍斗は、酷く申し訳なさそうに俯いて。
だから龍麻は思わず言った。
貴方達こそ、胸を張って『世界』に在り続け、時すら越えて望んだ唯一と共に、思う道を辿ってもいい筈だ、と。
「龍麻………………。……ああ。やはり、私は酷く恵まれている」
その、『遠い未来』の子孫の言葉を受けて、龍斗は刹那、泣きそうなまでに面を歪め、嬉しそうに笑って。
刀こそ鞘に納めたものの、未だ、ぎゃいのぎゃいの大音量での口論真っ最中の師弟コンビと、龍麻がキレると本当に怖いことが身に沁みていて、恐らく先祖の龍斗も同じ口だろうと容易に想像出来てしまったが故に、又、物騒なコミュニケーションを師弟コンビが始めぬように見張り中な宝探し屋とそのバディを促し引き連れ、真神学園を後にした。
────その日。
二〇〇五年 三月三十一日のその日、示し合わせたように満開になった東京中の桜達が、競うように、溢れんばかりに咲き誇らせた薄紅色の花達を、生い茂る枝葉を、鳴らせながら。
『お帰り』、と。
『「始まりの都」から、「終わりの都」へお帰り』、と。
愛おし気に囁き続ける中で。
──…………貴方の人生は、貴方のもの。
貴方、唯一人のもの。
他の誰のものでもない。
『終わりの都』で、全てに決着を付け、『世界』を護り通した貴方の末裔の言葉通り。
『始まりの都』で、初めて『世界』を護り通した貴方には、誰よりも『世界』に在り続ける権がある。
貴方の人生の為に。
貴方唯一人のものである、貴方の人生の為に。
貴方の、貴方達の、幸せの為に。
貴方は、この『世界』に。そう、胸を張って。
………………お帰りなさい。始まりの都から、終わりの都に。
『世界』に。
……お帰りなさい。貴方も、貴方の唯一も。
お帰りなさい。
──去って行く、龍斗や京梧達に囁き続けながら。
満開の、薄紅色した桜達は、何時までも、その背を。
End