結局、六人の内の誰一人として、綺麗に整えられたベッドに横たわることなく、ダンゴムシさながらの姿勢でフローリングの床に転がったまま眠り、翌朝を迎えた。
「う、え……。二日酔いだ……。………………で、でも、京梧さんと龍斗さんは、朝飯、食べますよね……」
「ああ、龍麻。朝餉の膳を整えるならば、手伝わせてくれないか。今の世での食事の支度のやり方を、少しでも覚えたいのだ」
酒に玉砕したのが露骨に判る風情を滲ませながら、それでも何とか、ヨロヨロと、片隅のキッチンに縋る風に立った龍麻を、龍斗が追った傍ら。
「シショー。あんた、未だに甲斐性なしの根無し草なのか?」
「……てめぇに言われたかねぇ、馬鹿弟子」
途方もなく酒に強かった先祖達に呑み負かされはしたものの、二日酔いにはならずに済んだ京一と、「朝っぱらから酒を嗜むのも乙だな」とか何とか呟き始めた、未だ起き上がる元気のない九龍や甲太郎に、「世の中、上には上がいる……」と化け物を見遣る目付きを向けられた京梧は、窓辺に近い部屋の隅で、それこそ、朝っぱらから『師弟喧嘩』をおっ始めた。
「ホントのことだろうがよっ。つか、今までどうやって暮らしてやがったんだよ、このプー太郎」
「ぷー……? お前が何を言ってやがるのか、よく判らねぇが……。どうやって、口に糊してたかって話か?」
「口に、糊…………? ……と、兎に角っ! 何で稼いでたんだよ」
「…………あー……、一言で言やぁ、用心棒みてぇなことで、だな。後は、辻占とか生臭坊主とか拳武館の頭領んとこに厄介になる、とか」
「本当に、穀潰しだな…………」
「だから、てめぇにゃ言われたかねぇっつってんだろ。その出来の悪りぃ頭、ぶっ叩かれてぇか?」
「やるってんなら、受けて立──じゃなくって! 俺は、そういう話がしたいんじゃねえよっ。この先あんたがどうするかは知らねえけど、龍斗サンが現代に慣れるまでくらいは、どっかに塒が要んだろ? って話だよっ!」
「……ああ、そういう話か。…………そうだな。それは、馬鹿弟子、てめぇの言う通りだな。ふむ…………」
狭いキッチンの前で、米はー、とか、釜の代わりに炊飯器っていう物があってー、とか、味噌汁の出汁は粉末が便利ー、とか、初心者の為の料理教室よろしく、あーだこーだ、龍斗と龍麻が手を動かしていた間中、ずっと、ぎゃいのぎゃいの、師弟二人は喧嘩腰のやり取りを続けたけれども。
「うる、さ、い………………。黙りやがれ、馬鹿師弟共……」
「……すいません、お二人。頭に響くんで、いい加減勘弁して下さい…………」
前夜の深酒から立ち直れない甲太郎と九龍からの物言いにてそれは終わり、ふぅらふぅらしながらの龍麻に教えられるまま、何とか彼んとか龍斗が作り上げた朝食を、肝臓だけでなく、胃腸の方も逞し過ぎる出来らしい京梧と龍斗と京一は平らげ、見ているのも嫌だ、と部屋の隅に固まった残り三名が、漸く酒からの立ち直りを見せ始めた頃。
「すみません、京梧さん、龍斗さん。申し訳ないんですけど、今日一日、留守番をしていて貰えませんか?」
朝食の片付けも自分にさせてみて欲しい、と言い出した龍斗と、片付けくらいなら手伝える、と共に席を立った京梧が、流しの前でわちゃわちゃ始めた隙に、青少年四人は頭付き合わせて、こそこそ、何やらを相談し、後片付けより戻って来た年長二人を捕まえて、龍麻が、にっこり微笑みつつ、徐に切り出した。
「それは構わぬが……。何か、所用でも?」
「ええ、一寸」
昨夜、あれ程、己相手に現代社会を生き抜く術
「ああ、そうだ。シショー」
留守番をしていろと言うのなら、今日はのんびり、ここに居座らせて貰おうと、渋茶を啜り始めた京梧達の横で、京一は、龍麻達と共に外出の支度を整え、玄関先にて靴を履きながら、思い出したように室内を振り返り、師を手招いた。
「何だってんだ。弟子が師匠を手招くなんざ、百年早ぇぞ」
「いいから、一寸」
何故俺が、馬鹿弟子の手招きなんぞに、と憤慨しながらも、呼ばれるまま、京梧は腰を上げる。
「どうした、馬鹿弟子」
「馬鹿は余計だぜ、馬鹿シショー。──俺達、少なくとも夕方になるまでは帰って来ねえから。『ごゆっくり』」
「………………そいつぁ、どういう意味だ?」
「……耳貸しやがれ、馬鹿シショー。…………だ・か・ら……────」
「────……余計な気ぃ遣いやがって」
「うるせえよ。……んじゃな」
億劫そうに近付いて来た京梧の耳許で、ごにょごにょ、京一は何やらを囁いてから、ちょっぴりだけ厭らしく笑い、パタム、とドアを閉めた。
「馬鹿弟子が…………」
「京梧? 京一がどうかしたのか?」
「何でもねぇよ。俺の弟子は、どうしようもねぇ馬鹿だ、って話だ」
「又、そんなことを言って……」
「仕方ねぇだろ、本当のことだ。馬鹿で馬鹿で、泣けてくるくらいの馬鹿なんだよ、あいつは。馬鹿で、ヒヨッコで、弱っちくて。あんなんが、蓬莱寺の直系かと思うだけで、頭が痛くなってくらぁ」
「…………だが。夕べ話してくれた通り、神夷の名を、京一に譲ったのだろう?」
「……そりゃ、まあな。昨日までは、事情が事情だったんだ。でねぇと、先達連中に申し訳が立たねえじゃねぇか」
「お前はどうして、そのような心にもないことばかりを言う? 先達に申し訳が立たない、それだけで、法神流の頭領が受け継ぐ名を譲る、などという、『目に見える』形を、お前が取る筈は無かろうに」
「……………………買い被りってんだよ、それは」
玄関先より引き返し、狭い部屋の中を突っ切って、龍斗が占めた、開け放たれた窓辺に寄りながら、二人交わしたやり取りが行き着いた先に酷く不満そうな顔を拵え、荒っぽく床の上に寝転がった京梧は、ツン、と拗ねた風にそっぽを向き。
「四十路にもなって、そういう処だけは昔通り、子供のようで……」
困ったように笑み、龍斗は、京梧に手枕を止めさせると、両の手で掬い持ち上げた彼の頭を、揃えた自身の膝の上に乗せた。