互い想いの吐露を止め、抱き合いながら黙りこくっていた彼等がそうしていた長さは、ほんの少々、陽光の傾きが変わる程度の長さだった。
が、少しばかり陽射しの角度が変わった、それに気付いた二人は、伏せ加減だった面を同時に持ち上げ、思い合わせた風に、にこりと笑んで。
「よ、っと」
縋り付いてくる風だった躰が離れようとするより早く、京梧は軽い掛け声と共に、龍斗を両腕に抱え直し、ひょい、と直ぐそこの、カバーが掛かったままのベッドの上に置いた。
「そのようなことをして平気なのか? 京梧。私とて、女人よりは重いぞ? もう、歳なのだから──」
「──あのな。本当の歳がどうあれ、見て呉れと同じで、体の方は未だ、俺だって三十路の終わり頃だ。こんなこと程度で案じられる程、年寄りじゃねぇぞ」
「なら、良いが」
「……お前な…………。何時までも、んなことばっか言ってやがると、艶っぽい科白すっ飛ばして、その口塞ぐぞ?」
「私は別に、構わない。構わない、が……この部屋でそんなことをしてしまったら、後が困る。京一と龍麻に、何と言い訳したら良いのか判らない」
「気にするこたねぇ。どうしようもねぇ馬鹿弟子に、『ごゆっくり』とか何とか、ほざかれたからな。あいつ等も、承知の上だろ」
何の為に京梧が己を褥に横たえたのか、龍斗は直ぐに察して、だが……、と僅か戸惑いを見せたけれど、ベッドの縁に腰掛けた京梧は、愉快そうな忍び笑いを洩らしつつ、馬鹿弟子に貰った『気遣い』を伝えた。
「『ごゆっくり』? ……ああ、そうか。今更の話だったな。昨日、散々、龍麻達の目の前で、お前と唇を合わせたことをすっかり忘れていた」
「そうそう。今更今更。俺達の間柄なんざ、あいつ等には疾っくに知れてる」
「確かに。……それにしても、あの四人は随分と、衆道に関しても寛容なのだな」
「…………ひーちゃん。お前、昨日の連中のやり取り、聞こえてなかったのか? あいつ等も、揃いも揃って同じ穴の狢だぞ? 京一と龍麻は、そういう意味でもデキてやがるし、甲太郎と九龍だって」
「そうなのか? もしかして今の世は、衆道が当たり前なのか?」
「いや、そうじゃなくてよ。同じ穴の狢っつったろうがよ……。って、ま、どうでもいいか、んなこたぁ。二十五年、夢にまで見た『こと』が、やっと、直ぐそこまで来てんだし」
「それは、私とて。……私とて、夢にまで見た。お前と再び相見えて、もう一度、こうして抱き合う夢を幾度となく見た」
「なら、余計なこと気にするのなんざ、もう止めとけ。その代わりに、睦言でも言い合おうぜ」
……そして、そういう訳だから、と。
少々間の抜けた龍斗の発言に、所々苦笑を返しつつ、艶のある科白でも、と京梧は横たえた彼の躰に覆い被さり、
「……………………京梧」
「ん?」
「早く。抱いて」
徐々に身の重みを傾けてくる京梧の面に上目遣いを送りながら、龍斗はするっと、甘えるように、慕うように、ねだってみせた。
「……今直ぐ。望み通りにしてやる」
その、慕う声を耳朶の奥に落とし。
挑むような目をしながら、挑むような声で、京梧は、瞳に籠めた力と声に籠めた力、その全てに反する風に、優し過ぎる手付きで、龍斗の頬に指先を添えた。
夕べの宵の口、龍麻に半ば無理矢理押し着せられたパジャマ姿のままの龍斗の胸許を、今度こそ京梧は寛げながら、彼の、紅も指しておらぬのに何処となく赤い唇に、自らの唇を寄せ。
何よりも先に、微かに出した舌先で、ぺろり……、と舐め上げてより、濡れた彼のそれと、やはり濡れた己のそれを触れ合わせ、吐息を渡し合いながら、舌をも絡めた。
「……京、悟…………?」
「…………何だよ」
そうすれば、本当に久方振りの情事と、情事がこの先一層齎すだろう欲に、素直に身と心を預け始めた龍斗の声は簡単に上擦って、掠れ声のそれが己に何かを問い掛けようとしていると気付いた京梧は、龍斗の黒髪の中へと指差し入れつつ、耳朶を食みながら応えた。
「二十と五年の間には……、やはり、誰かに……女人に、情を与えたのだろう……?」
「……いいや。する訳ねえだろうが、そんなこと」
「…………どうして」
「どうして、って……。……お前って、心に定めた相手がいるのにか? お前が俺に叩き起こされるのを、あんな所で待ってたってのにか? ──女なんざ、抱かなくったって生きていける。もう、粋な女も目にも入らない……なんて言ったら大袈裟だが。俺にはお前だけだ。二十と五年の間とて、そうだった。疾っくの昔から、俺は、お前以外抱く気はねえよ」
「そうか……」
「そう言うお前はどうなんだ? 俺が消えてからの、あの街での五年の間、どうしてた……?」
「そのようなこと、言うまでもなかろうに…………。──お前は私の全てだ。だから、私の知り得る私の全ては、京梧、お前のものだ。……私の、身は。遠い遠い昔から、こうして、お前に愛おしんで貰う為に在る」
思わず問い掛けてしまった埒も無いことに、京梧が眉根を寄せつつも答えたから、龍斗は。
お前は私の全てで。だから、私の全てはお前のモノで。
己というモノを象る身も、己というモノを象る心も。
何も彼も。
もう、お前とこう在る為に携えている、と微笑みつつ言った。
──と、途端、龍斗の黒髪の中に差し込まれていた京梧の指が、キュッと音立てて髪房を掴み、身の重みを預け過ぎぬようにと、龍斗の肩口脇辺りで自身を支えていた彼の左手は、愛しい相手の腕へと伸び。
「堪え切れなくなるようなことは、不用意に言わねぇ方がいいぞ?」
「おや。随分と殊勝なことを言うのだな、京梧。私は疾っくに、堪えてなどいないのに」
「……ほざきやがったな? 言ったからには覚悟しとけ?」
「ああ、勿論。遠慮など要らない」
ニヤリと唇の端を歪めながら、己の髪を、腕を掴む指先に、痛い程の力を籠めてくる京梧の襟首に、龍斗は両腕を絡めた。