何時しか、龍斗が纏っていた薄い布地は全て剥ぎ取られていた。

昼日中の眩しい陽光が半分程を照らす部屋の褥の上で暴かれた、寒さ厳しく陽も薄い山国育ち故の、雪のような白さの彼の肌は、桜色の粉を刷いたように薄く色付いていて、ふわりと、甘い芳香さえ立ち上ってきそうな色を目にした京梧は、瞳の奥の鳶色を濃くし、カプリ……、と音立てて、顔埋めた龍斗の首筋に噛み付いた。

「ん……」

──噛み付いた、と言っても、唯、歯を立てただけの甘噛みは、ひたすらにこそばゆく。

チロチロと肌を舐める舌に、吸い上げる唇に、身を捩りたくなる痺れを齎されてしまった龍斗は、小さな声を洩らしながら京梧より顔を背け、強くなっていく一方の痺れを誤摩化そうと、ベッドを覆う、薄いグレーのカバーを爪先で掻いた。

微かに、カリ……と爪先が布地の織り目を引っ掛ける音を聞いた京梧は、逃げなど打たせるかと言わんばかりに、甘噛みを繰り返していたそこに、きつく歯を立て、

「……痛っ」

痛みにぴくりと龍斗の躰が浮いた隙に、仰向けだった身を返し、背を晒させて、かいがね※1を撫で、そして食んだ。

「あっ……。京……っ」

そうされて直ぐさま、龍斗からは、詰まり加減の声が上がり、一際強く躰は揺らぎ、肌に乗った桜色は濃くなり、手は、横たわる布地を皺が寄る程握り込んだ。

「お前は、この辺りが悦いんだよな。呆気無く、『ここ』をこんなにする程」

明らかに、免れようと蠢く躰をやんわり押さえ込んで、意地の悪い科白を吐いた京梧は、白い腿を割り、擡げ始めた彼の欲へと指這わせつつ、自らの帯を解き、着物を床へと滑らせた。

「……っ、そのよう、な……意地の悪いこと、など言わず、とも……っっ」

漸く、自らも肌を晒した京梧に、龍斗は、潤み始めた眼差しを困惑気味に向けたが。

「覚悟しとけっつったろうが。俺に底意地悪くされて、そんな顔しつつも、最後には嫌と言わないお前ってな、逸品なんだよ」

どうしよう、と言わんばかりに首巡らせた龍斗の、否の気配はない、唯々困惑だけが乗った瞳を見返しながら、京梧はその瞳に唇を落とすと、半身を起こし、桜色が濃くなる一方の躰を背中から抱き抱え、首に腕を絡め、胛に舌を寄せ、ひくひくと啼き始めた欲を握り込んで……──

「んっく……っ」

龍斗は、声を飲み込みつつ、京梧の膝に爪を立てた。

「今更、声なんざ堪えずともいいだろう?」

「……戸が…………」

「戸?」

「開いている、から……っ」

「……ああ、あれか。聞こえやしねぇよ。例え聞こえた処で、大したこっちゃない」

────茫洋、との例えも相応しい普段の様を裏切らず、色に絡む話にも事にも、慶応二年晩夏に京梧と結ばれるまで興味すら示さなかったらしい龍斗は『慣れ』に乏しいが故、京梧が一寸した手管を見せるだけで昇り詰めてしまうことも多くて、だから、こんな風にしてやるだけで、彼からは嬌声が放たれてもおかしくなく、なのに、理性を振り絞る風に唇を噛み締め、競り上がる声を彼が堪えるから、何故? と京梧は問うて。

その理由が、開け放たれたままの窓にあると知った彼は、少しばかり機嫌を損ねたのか、声を低めた。

「……京、悟……?」

「随分と余裕だな? 体面気にするだけの正気が未だあるってか? ……気に入らねぇ」

「そんなこと……を、言われて、も……」

「仕方ねぇだろ、気に入らねぇモンはどうしようもない。お前が、俺に溺れ切れねぇみてぇで腹が立つ」

ストン、と京梧の声の高さが落ちたことに龍斗は直ぐに気付き、益々彼の瞳の困惑は深まって、こんな最中なのに、己の不機嫌に気付くその聡さも今だけは不快だと、京梧は、龍斗の欲を弄んでいた指を、その欲の先から透明な雫が洩れ伝って行った最奥へと続く窄まりに、少々強引な加減で捻り入れた。

────刹那。

目を見開いた龍斗の喉の奥から、か細く高い、引き攣れるような、悦のみに塗れた声が上がった。

己に曰く『馬鹿弟子』が、出掛ける間際、「……耳貸しやがれ、馬鹿シショー。…………だ・か・ら……────」の先に続けた小声の『気遣い』を、再度思い出して苦笑しつつ。

今更の話だが、馬鹿弟子達には見られたくなかったことも、知られたくなかったことも、数多、嫌と言う程見られてしまったし知られてもしまった、俺も焼きが回ったな、と。

皺の寄ったベッドカバーの上に共に横たわり直した龍斗の躰を掻き抱き、あまねく肌を慈しみつつ、彼の最奥に忍ばせた指蠢かせて、京梧は、耳障りと紛う程に濡れた音を、室内に響かせた。

────だ・か・ら。あんたと龍斗サンの二人きりで、『ごゆっくり』ったら一つっきゃねえだろうが。寝惚けたこと言ってんなよ、それとも遠慮してんのか? んなタマじゃねえくせに。……あー、そんで。多分『役に立つモン』が、ベッドの下に転がってっから。適当にどーぞ。

…………と、そんな風に、ボソボソボソボソ、小声で馬鹿弟子が言い残した『気遣い』に従って、龍斗を翻弄しながら、言われた通りの場所へ手を伸ばしてみたら、粘質の液体──己の知識に照らし合わせるなら、丁字油に相当するのだろう、と京梧には思えたモノで満たされた瓶が転がり出て来て、「あンの馬鹿弟子……」と軽い腹立ちを覚えたものの、師弟──否、先祖と子孫揃って、似たような恥を同じくらい晒し合っているのだから、気にする必要もないか、と京梧は躊躇いもなく手を伸ばしていて、故に今、龍斗の中は、濡れる音を立てるそれと、京梧の指で満たされており。

「京……、京梧……っ……」

始まりの頃は薄く、されど今は濃く、桜色の粉を刷いたような躰のあちこちに、小さな紅色を差されつつ、指遊びでもしている風に中を探られながら、濡れる音に耳打たれるしかない龍斗は、これ以上はと、その先に進む気配を見せない男の赤茶の髪を、震える腕伸ばして握り、引いた。

「……さっきも言った。覚悟しとけ、と。それを受けて立つように、遠慮など要らない、そう返したのはお前だ」

「それは……。……で、も……っ」

「でも?」

「…………もう、辛抱出来な、い……っっ……」

「だとするなら。その口で、告げることがあるだろう?」

「んっ……京……──。は、あ……っ。あああっっ……っ」

「……ああ、何だ。もう暫くはこのまんま、お前の色の乗った悦い声を聞かせてくれると、そう言いてぇのか?」

もう、窓が開いているとかいないとか、京梧にしてみれば臍を曲げたくなる考えを巡らすゆとりもなく、堪え切れぬと龍斗は腕を伸ばしたのに、未だほんの少しばかり機嫌の戻らぬ彼は、素っ気ない、が、龍斗を追い詰める科白を舌の根に乗せるばかりで。

某かを訴え掛けた龍斗のそれが、彼自身の悦い声に飲まれても、京梧は惨い言葉だけを。

「ち、がう……。……違う……っ」

「なら、何だってんだ?」

「…………与え……っ……。きょ、うご……。私、に、お前を与えて欲し、い……っ」

────その瞬。

ふるふると、強く首を振った龍斗は、己から、京梧の手が忍ぶそこを、より曝け出すように脚を広げ、愛おしくてならない男の身に縋り、『男』を迎え入れるべく、両の瞼を閉ざした。

……そうして、彼の瞳の中から、愛おしい男の姿が遮られるや否や。

次の刹那には迸るだろう彼の嬌声を、誰にも聞かれぬようにする為の、優しい唇が、彼の面へ寄せられた。

※1 胛=肩甲骨の古語。