その先には、もう、熱さと、互いが互いに注ぐ想いと、躰も心も、水を含む綿の如く満たされていく『時』だけしかなかった。

京梧が与えてくれたモノに、龍斗は唯、熱さを感じ。

龍斗が受け入れてくれたそこに、京梧は唯、熱さを感じ。

やっと、あの日から過ぎた、それぞれの中の長かった歳月が音を立てて溶け流れ、何処へと消えていくのだと、身を結び合いながら、京梧も龍斗も、何とはなしに思った。

歳月は、溶け流れ消え往き、隔たれていた刻も時代も、天へと昇る煙が如く、遥か遠くへ去り。

在るのは、あの頃とは違う、よわいを重ねてしまった互いの姿と、あの頃と同じ──いいや、あの頃よりも昇華された、互いへの想い、愛おしさ。

そして、こうして触れ合わせられる躰とうつつ

京梧も龍斗も、幾度となく繰り返し夢にまで見た、幸。

己が『剣』であり。天下無双を携え、辿り着く頂と道の果てを見んが為の理由わけであり。『全て』である者との。

己が『全て』であり。確かに届く唯一の声と想いを携える、時代をも越えた、たった一人の者との。

……………………又。

窓辺より差し込む、陽射しの傾きが変わった。

それを知り、ゆるりと首巡らせた京梧も龍斗も、昼下がりが終わってしまったことをも知った。

彼等の子孫達に倣って言うなら午後二時少し過ぎ。

彼等に馴染みある風に言うなら未の刻──昼八つ。

「昼八──いや、二時? か?」

午時の少し前から京梧と肌を重ね合わせ続けた龍斗は、酷く気怠そうに、目許に掛かる前髪を払いはしたが、起き上がる素振りは見せず、

「……龍斗」

寝返るように身を捩った彼の腰を、京梧は又、抱いた。

「京梧……。流石に、これ以上は」

「馬鹿弟子達なら、未だ帰ぇって来ねえぞ?」

「そうではなく。もう、身が言うことを聞かない」

「おいおい。根を上げるにゃ早過ぎだ」

「…………お前は、どうしてそうも強壮なのだ……」

「お前を抱けるのは、夢の中でだけだったからってのも、訳の一つではあるな」

「それは、私も同じだが」

「いいや。お前のそれとは別だ。俺は、お前が俺を追ってくれたのを知ってた。今の世にお前がいることも。なのに、この手は届かなくてよ。……幾度も、幾度も、お前を抱く夢を見た。お前を抱けるのは、夢の中だけだった。夢の中で、思う存分お前を抱いて……けどな、目が覚めた途端、お前が消えちまうんだ。昨日までは思い出の中だけにあった、あの頃のまんまの、春風みたいな笑みを浮かべてるお前が、ふ……、っと。…………その度、思い知った。お前のいる場所を」

絡んだ腕に、この上は……、と龍斗は微かに眉を顰めたけれど、苦い記憶を語りながら京梧が、だから足りない、と呟けば。

「だと言うなら、未だ良い」

はっきりと顔を顰め、京梧へ向き直り、龍斗は声を潜めた。

「あ?」

「未だ良い、と言ったのだ。お前と抱き合う夢を見ていられた頃は、私にも確かにあった。お前と同じで、目覚める度、私を掻き抱いてくれていたお前は幽霊のように姿を隠してしまって、所詮、夢は夢だと思い知らされて。……でも、その内。それまでは幾度となく繰り返し見ていた、お前に掻き抱かれる夢すら、私は見られなくなった。あの桜の木の下で、お前が私にいとまを告げた刹那の夢しか、私は見なくなった。…………お前は未だ良い」

「……そうか」

「そうだ。……だから、私とて『足りない』。足りないが…………」

そのような苦い思い出ならば己にもあると、つっけんどんに捲し立て、願いは等しいけれど、と龍斗は少しばかり京梧を睨み、

「足りねぇことは足りねぇんだな? お前も」

望みが等しいなら、と京梧は、本当に躰が言うことを聞かないらしい彼を、ひょい、と組み敷いた。

そうされて、嗜めの一つも飛ばすかと思いきや、龍斗はすんなり、京梧にされるままになり。

なんんだ言いながら、その気じゃねえか」

「私が、お前が望み求めることを、真に退けたためしがあったか?」

「……いいや。ねぇな。お前は何時でも、俺だけにゃ底なしの度量だった」

躰が言うことを聞かないの何のの四の五のは、その分くらいは労って抱けとの、遠回しなお達しだったか、と京梧は口許を笑み崩した。

「…………ああ、そうだ」

「ん?」

……と、彼は何時如何なる時でも己にだけは与えられている『お許し』に又もやあやかり掛け……、が、ふと何かを思い出した風に始めたばかりの蠢きを留め、じっと龍斗を見返し、そっと、頬に手を掛ける。

「お前にこの手を届かせて、叩き起こして、念願叶ったら。今一度、お前を抱けたら。言おうと決めていたことがあってよ」

「何を?」

「あの頃にはなかった言い回しなんだがな。今の世じゃ、当たり前の科白って奴で。……それを知った時から、どうしても、お前に告げたかったんだ。────龍斗。愛してる」

「…………愛してる?」

「今の世での、愛おしい相手に想いを伝える為の言葉なんだと。惚れた奴、大切な奴、そんな奴に伝える為だけにあるような。……そういう訳でな。──ひーちゃん。……龍斗。愛してる」

頬に添えた指で、その輪郭をなぞり、優しく目を細めながら彼は告げ。

「……京梧」

「何だ?」

「とても、嬉しい」

同じだけ、龍斗も又、瞳を細め。

「……そうか」

「京梧?」

「…………何だ」

「愛してる」

己が頬をなぞり続ける京梧の手に手を添えて、龍斗は、等しい言葉と想いを返した。

「………………成程な。確かに、嬉しいモンだ」

告げたかった言葉を、確かに告げたその相手に、同じ言葉を聞かされて。

京梧は、愉快そうに笑った。