「だが……。なあ? 龍斗?」

「そうだな……」

直系ではないにしろ、血は争えない、と一瞬黙り込み、が、直ぐに立ち直った京梧は、どうするべきかと隣に座る龍斗を見遣り、視線を向けられた龍斗も、甘えていいものかどうか、と首を捻った。

「気にしないで下さい。お祝いみたいなものですし。困った時はお互い様です。いいじゃないですか、俺達、親戚みたいなものなんですから」

でも、押し切る風に、龍麻は笑みで迫って。

「確かに、助かりはする、が。住まいを借りるにも何をするにも、御脚が要るだろう? 今の世とて。私は本当に身一つで来てしまったし、京梧が、蓄えなどしている筈は無いから」

「あ、その心配なら要らないですよ。部屋借りるのに使ったお金も、今日の買い物の代金も、全部、昨日旧校舎潜った『収穫』から出てますし、未だかなり余ってますから。京梧さんだって、昨日は『労働』してますし、俺達の分の労働が、お祝いってことで。そういう訳ですから、現代で暮らすのに困らなくなるまでくらいは、そこ使って下さい、ご先祖。半年先までの家賃も不動産屋に置いて来ましたから。──それでですね、んーーと……」

ひたすら躊躇いがちな先祖に、きっぱり、と言い切った彼は、九龍に手伝わせ、次々、紙袋を開き始めた。

「今度は、何だ?」

「服とかです。ないと困るじゃないですか。昼間、兄さん達と一緒に選んだんですよー。龍斗さんの好みが判らなかったんで、無難な奴になっちゃいましたけど」

わさわさばさばさ、服だの下着だの靴下だのを引っ繰り返す龍麻に手を貸しながら、へらっと九龍が言い、

「で、こっちは、京梧さん、あんたのだそうだ」

ムンズ、と風呂敷包みを掴み上げた甲太郎は、京梧でなく京一にそれを渡した。

「俺の?」

「骨董屋から、着物調達して来たんだよ。古着だけど。シショー、洋服着ねえじゃん」

「……どうにも、落ち着かなくてな」

「だろ? そう思ったから、シショーはこっちの方がいいだろうって、着物と帯と襦袢と、一通り調達して来たぜ。夏のと冬のと。羽織りもあるけど……あ、褌はねえからな」

「んなモンの世話まで焼かれて堪るか。──そりゃそうと。……お前、今、骨董屋っつったな?」

風呂敷包みの中身は何か、それを告げる京一に心底呆れ返りつつも、一応包みを受け取りながら、京梧は別のことを尋ねた。

「ああ。北区の王子にある、如月骨董品店」

「古いんだろう?」

「…………? 古いっつーか。確か、江戸だったか明治だったか、そんな頃からあんま変わってねえらしいってな話、如月の奴がしてた覚えはあるぜ?」

「…………そうか。変わってねえのか」

「え、シショー達、あの店も知ってんのか? もしかして、如月の奴の先祖も?」

「……奈涸と涼浬って名の、兄妹でな。どっちが、今の如月の直系かは知らねぇが」

「へー、兄妹。予想外」

部屋の片隅で何時の間にやら、龍麻と九龍に龍斗が着せ替え人形扱いされ始めたのを横目に、京一の話を聞きながら、京梧は懐かしそうな目をする。

「織部神社が変わりねぇのは、知ってたんだが」

「おっ。雪・雛の先祖も仲間だったのか? 美人の巫女さんとか?」

「ありゃ、美人ってよりゃ女傑だな。葛乃って名の、気っ風がいい、なんてもんじゃない女だった」

「…………あの、大和撫子を絵に描いたような巫女の、祖先が、か?」

「雛乃ちゃんは確かに大人しいけど、お前等は会ったことねえ雪乃の方は、先祖が女傑でもおかしかねえぞ、甲太郎」

「成程……」

だから話は、少しずつ砕けた与太話へと移り変わって、漸く、今日、思い出を、確かに思い出とすることが出来たらしい様子の彼が、するすると語るそれに、京一と甲太郎は嘴を突っ込み始めた。

「龍麻……。九龍……。そろそろ許しては貰えないか……?」

と、そうこうする内、ひたすら着せ替え人形にされている龍斗が、小声の悲鳴を上げ始めて、

「まあまあ。もう一寸。いいじゃないですか。ねえ? 龍麻さん? 万が一合わなかったら返品しないとですしー。──うん、これも大丈夫でしたな」

「サイズ合わせだと思って付き合って下さい、龍斗さん。──んーー、でも、一寸だけ大きかったかなぁ……。やっぱり、人の服選ぶのって難しいや。──って、そこの三人! こっち見ないっ! あっち向いてるっ! 色々都合があるんだからっ!」

「だから…………。……き、京梧、何とか言って──

──諦めろ。餓鬼共の思い遣りの内だと思って、暫く遊ばれとけ」

でも、その彼の悲鳴は誰にも受け止めて貰えず、龍麻が強く言った通り、『色々な都合』があった為、自分達の体を衝立て代わりにする龍麻と九龍の向こう側で、長らく、龍斗は弄り倒される羽目になり。

ほんの少しばかり、言わば、他人行儀、とも言える空気が流れていたその部屋は、唯、騒がしさだけが増していき。

京梧や龍斗にしてみれば、複雑な心地を抱えるしかない子孫達の『気持ち』に絡む話も、騒ぎも、一先ず片付いた時には、時刻はもう、夕飯にするには少々遅い頃合いだった。

だから、何はともあれ食事に、と相成って。

どう話が転んだのやら、腕前と現代のやり方が噛み合ない龍斗を除いた残り五人の中で、実の処、一番料理が上手い甲太郎──因みに京梧は論外──に、朝の話通りなら、家主の片割れな龍麻が拵える筈だった夕飯を作る役目は振られ、出来上がった料理の三分の二程がカレーベースの味付けという、確かに文句なく美味くはあるのだが……、な夕飯を六人揃って囲みながら、朝一番で北区・王子へ行き、如月骨董品店へ押し掛け、『収穫』の『換金』をして、序でに着物の見立てもさせて、新宿に戻り、不動産屋へ行って部屋を借り、デパート巡りをして……と、その日一日、自分達が何をしていたか、話の種程度のノリで青少年達が語り終えた頃には、夕べの如く、食卓代わりの小さなテーブルを挟んでの夕食は、酒宴に傾れ込んでいた。

「楽しかったですよー。俺、デパート巡りなんてしたの初めてだったんで、すんごい面白かったです!」

「俺も、デパート巡りなんかしたのは初めてだったから、物珍しくはあったな」

幾度となく懲りてはいる筈なのだが、控え目とは言え酒のグラスを掴むのを止めない九龍は、「又、初めての経験が出来た!」と嬉しそうに喋り倒し、珍しくはあった、と甲太郎も言い出して、

「え? お前等……。……あ、そうか」

「……ああ」

今まで、ああいう風にショッピングなどしたことはなかった、と語る二人に、一瞬のみ驚きの目を向け掛けた京一と龍麻は、直ぐに九龍と甲太郎の身の上を思い出して言葉を飲み込んだ。

「初めて?」

「意味がよく判らないのだが?」

だが、何も知らない京梧や龍斗が、素朴な疑問を口にしてしまったものだから、そこから話は、年少二人の身の上話に及んでしまい、間違っても軽いなどとは言えない彼等二人の過去の物語に、うっかり龍斗が貰い泣きする一幕も訪れつつ、夜は更けて。