昼休みに偶然の邂逅を果たした転校生──葉佩九龍への甲太郎の評価は、『宝探し屋とは思えぬ、何処までも己とは違う意味で周囲から孤立しがちだろう、愛想も面白味も無い只の少年』だった。

だけれども、念には念を入れた方が良かろうと、迎えた放課後、彼は自ら九龍に話し掛け、案内してやるから寮まで一緒に帰ろう、と誘い、天香学園独特の『一風変わった校則』や施設に関する説明をしてやりながら、何を語っても手応えの無い相手に内心苛立ちつつ帰寮した。

ボソボソと、小さな声で聞き取り辛く礼を告げるや否や、自室に篭ってしまった転校生の部屋が己の隣室だったのにうんざりしつつ、部屋着に着替えた甲太郎は携帯電話を取り出し、『葉佩九龍は只の転校生だ』との報告を、阿門にしてしまおうとしたけれど。

「……早計、って奴か? 能く能く考えてみれば、俺はあいつを何も知らない」

入力し終えた文字達が浮かぶ小さな液晶画面を眺め直し、メール送信ボタンは押さず、彼は携帯を閉じる。

「それこそ、未だ初日だしな」

結論を出してしまうには、きっと早過ぎる、と判断し、夕刻になったばかりだと言うのに早くもベッドに引っ繰り返って、眠りの体勢を整えた彼は、瞼を閉ざしながら独り言ちた。

────結論から言えば。

その刹那の彼の判断は、至極正しかった。

何故か目が覚め、枕辺の小さな目覚まし時計──目覚ましとしての用を成したことは無い──を眺めたら、既に午後十時を過ぎていると知れた。

学内唯一のレストランであり、学食の役目も兼ねているファミリーレストラン『マミーズ』は二十四時間営業ではあるが、午後九時以降生徒の外出は禁止されているので、食べ損ねてしまった夕食を秘蔵のレトルトカレー──カレーは、甲太郎の至上の好物だ──と夕べ炊いた白米の残りで済ませ、寮監の目や同級生達の目を盗んで手早く入浴も終えた甲太郎は、「そう言えば……」と、隣室の気配を窺った。

己の見込み違いで、葉佩九龍が《転校生》だったとしても、早々動きは見せなかろうが……、と考えつつ、カーテンを開け放った窓辺に腰掛け、アロマと淹れ立てのコーヒーが奏でるハーモニーを、のんびり堪能しながら。

「…………ん?」

────と。

寮の窓々から洩れる薄明かりだけが光源の、殆どが暗闇に支配された寮裏手の人気無いそこを見下ろしていた彼の目に、どうやって抜け出したのか、人目を忍ぶ風情の葉佩九龍が、足早に寮を抜け出して行くのが映った。

「あの馬鹿……。手間掛けさせやがって」

只でさえ、こちらを苛立たせて止まない鬱陶しい存在なのに、『問題児』でもあるのかと、腹立たしげな仕草で荒っぽくコーヒーカップを傍らに置くと、手早く制服に着替え、彼は転校生の後を追う。

感じ始めた嫌な予感通り、九龍の足が向かう先は真夜中の墓地で、区画を覆う柵を軽々と乗り越え中へと忍び込んだ彼の背を、潜んだ物陰から見張っていたら、打ち合わせていたかのように、続き、同じく墓地に侵入して行く明日香の後ろ姿も確認出来、

「八千穂は、旺盛な好奇心に負けて、って奴だろうが…………」

彼女と同じく、些細な興味を覚えての無謀な行動ならば未だいいが、明確な目的を持っての侵入だとしたら……、と二人を観察し続けていた甲太郎は、時間も場所も顧みず、何やら大声で言い合い始めた九龍と明日香の許へ、偶然を装い近付いて行った。

だが、堂々と墓地の正門を潜った彼が二人の背後を取った時には既に、賑やかな言い合いを終えた両名は、発見したらしい、普段は並ぶ墓石の一つに隠されている《遺跡》の入り口を興味深そうに覗き込んでおり、ヤバい、と内心でのみ若干慌てながら、彼は二人へと話し掛ける。

「おい」

「きゃっ!!」

その声に、明日香は驚きの悲鳴まで上げて振り返ったが、九龍は大した動揺も見せず、視線だけを巡らせてきたので。

「全く……困った連中だぜ」

思わず出た小さな舌打ちを掻き消すべく、甲太郎は敢えて大仰な溜息を吐いた。

明日香が、校則で外出を禁じられた時間に寮を抜け出し、一般生徒は近付くことすら許されていない《墓地》へ踏み込んだ理由は、甲太郎の想像通り、何かと不可思議な出来事が起こるこの学園の、隠された秘密がそこに眠っているのではないか、と想像した──即ち、何処までも好奇心に駆られてのことだった。

昼間、校内案内がてら墓地の話もしたら、葉佩クンも興味を持ったみたいだったから、もしかしたら墓地で落ち合えるかも知れない、そうなったら、一緒に『不思議』を調べたり出来ると思ったの、と甲太郎の追求に彼女は答えた。

何故、墓地に? との彼よりの問いに、九龍も彼女と似たり寄ったりの返答をしたけれども、それは酷く曖昧な、到底信じるに足りぬ言い訳の羅列で、益々九龍への疑いを深めた甲太郎は、さり気無い、が、一層の追求をしようとしたが、運悪く、騒ぎを聞き付けてやって来た墓守の老人に割って入られ、真相究明はお預けとなってしまったので。

「もう二度と、あんな馬鹿な真似はするなよ。……じゃあな。俺は寝る。お前もとっとと寝ろ」

第一印象を裏切り、どうやら《転校生》確定らしい彼の尻尾を掴み損ねたのは残念だが、今宵の『墓荒らし』は未然に防げたし、奴の本当の正体も、そう遠くない未来に知れるだろうから、今夜はこれで……、と墓守の老人より逃げる風に墓地を去って明日香とも別れたのち、己達の塒である男子寮裏手にて九龍へ再度の釘を刺してから、甲太郎は自室へ戻ろうとした。

いい加減眠い。何も彼も、明日になってからだ、と思い定めて。

「うん。……あの、でもね。その……皆守君?」

しかし、俯き加減になった九龍は、例の、ボソボソとした低く小さな声で、辿々しく彼を引き止める。

「何だよ。何か用か? 明日にしてくれ、俺はもう眠いんだ」

「……あ、御免。でも……。…………うん。でもやっぱり、こういうことは早い方がいいかなって思うから、一寸、に付き合って貰えないかな……」

「付き合え? 何処に?」

「…………その……一寸」

どうにも神経を逆撫でる声と物言いに、覚え始めた強い眠気が相俟って、それまで以上に苛々を募らせた甲太郎に見据えられても、九龍は引かなかった。

視線だけは、何処とも知れぬ場所を彷徨っていたけれども。

「……判ったよ。付き合ってやる。その代わり、手早く済ませろ」

「うん。判った。手早く……ね?」

故に、このまま、こんな所で押し問答を続けるよりは、手っ取り早く片付く道を選ぶのが賢かろうと、自身の癖の強い焦げ茶の髪を掻き乱しながら、嫌々甲太郎は同意し、

「で?」

「……こっちに」

了承を得るや否や、一度も彼と視線を合わせぬまま、九龍は歩き出す。

「……おい? お前、又、性懲りも無く墓で何かやらかすつもりか? 墓守のじいさんの制止も俺の忠告も、これっぽっちもお前には聞こえてなかったのか?」

「ううん。そういうんじゃないんだ。墓守の人に叱られたのも、皆守君の忠告も、凄く身に沁みてるよ。この学園の墓地は、只の好奇心で踏み込んでいい場所じゃないって、能く判ったよ」

「だったら──

──でも、どうしても、皆守君にあそこに付き合って欲しいんだ。あそこでなきゃ駄目なんだ」

「あそこでなきゃ駄目って……、お前、何する気だよ」

「………………大事な話だよ。だから、付いて来て?」

強引に付き合わせた割には、その相手の様子を気にもしていない風に寮裏手の森の小径を突き進む九龍の後に従い始めた直後、彼が向かおうとしているのは、今さっき抜け出して来たばかりの墓地だと気付き、甲太郎は酷く不満げに唸ったが、振り返りもせず歩き続けた九龍は、躊躇い無く再度の侵入を果たした墓地を突っ切って、訝し気な眼差しを送ってくる彼の目の前で、何処いずこより混鋼ロープを取り出し近くの木の幹に結び付けると、《遺跡》の入り口である穴の中へ降りてしまった。

甲太郎の記憶では、『下』に到達するまで、絶対に十メートルは下らない深さも物ともせずに。