「お、おい、葉佩! ……何考えてやがる、あの馬鹿っ!」

予想外の行動を取り、己の目の前から消えてしまった彼へ盛大な悪態を吐いてから、甲太郎は後を追い掛け、

「葉佩! お前、本当にどういうつもりだっ!?」

殆ど一息に滑り降りたそこ──《遺跡》の直中で、興味深そうに辺りを見回していた九龍へ盛大に怒鳴った。

が、一体どういうつもりでいるか? そんなこと、始めから見当付いてるんじゃないのか? そうだろう? この学園の《生徒会》に秘かに名を連ねる、ミナカミコウタロウ君? こんな所へお前を誘ったのは、邪魔の入らない場所で『オハナシアイ』がしたかったからに決まってんだろうが」

けれども、肩越しに振り返り、漸く真っ向から彼と視線を合わせた九龍は、クラスメート達に揃って敬遠されてもおかしくない例の口調も態度も、その瞳に宿る光の強さすら綺麗さっぱり塗り替えて、自棄に不敵に笑んだ。

他人を苛立たせる要素ばかりを持ち併せ、甲太郎が「苛められっ子体質か?」と評した転校生・葉佩九龍は、もう、その場には存在していなかった。 

「何だと……?」

「お求めとあらば幾らでもやってやるけど、生憎と俺は、不必要な腹芸は嫌いでね。手っ取り早く片付きそうな問題や仕事は、とっとと済ませるに限るって主義でもあるんだ。今日出来ることを明日に延ばした日にゃ、大事なお宝にそっぽ向かれ兼ねないからな。──という訳で。お互いの時間と労力と利益の為にも、単刀直入に行こうぜ、皆守クン。……多分、最初から疑って掛かってたんだと思うが、俺の正体はトレジャー・ハンターだ。この学園の墓地の地下──即ち『ここ』に眠ってる《秘宝》を求めて、わざわざ学生に化けてまで天香ここに潜り込んだ宝探し屋」

「…………ご丁寧だが要らない自己紹介だな。だからどうした?」

「お惚けは無しだって言ってんだろう? そんなことしてみたって無駄なんだよ。……もう一遍だけ言ってやるけどな、俺は、トレジャー・ハンターだ。ここに眠る《秘宝》を求めてやって来た宝探し屋。この遺跡とお宝の存在を知った上で天香ここに潜り込んだ宝探し屋が、『仕事』に絡むネタ一つも持たずに乗り込むなんて馬鹿なこと、ある訳無いだろ? …………だから。どうやって掴んだのかまでは流石に俺も知らないが、お前達《生徒会》が俺の正体を疑ってたみたいに、俺も、或る程度までは、この学園のことも、《遺跡》のことも、《生徒会》のことも、調べ上げた上でこの仕事に手ぇ付けてんだよ。お前達の正体なんて、疾っくに割れてんの。……了解?」

この男は本当に、昼間転校を果たしたあの葉佩九龍なのかと、思わず甲太郎は疑ってしまった程に眼光を鋭くした彼は、あっけらかんと己が正体をバラし、《生徒会》のことも、甲太郎が《生徒会役員》であることも掴んでいる、とも打ち明け、

「了解。……とは言いたくないが、納得はしてやる。確かにお前の言う通りだな。何も知らず、唯、この《遺跡》の宝のみを目指して潜り込んで来るような奴に、ここの《秘宝》は荷が重過ぎる」

小さく両手を挙げた甲太郎は、彼のネタを肯定する。

「だろう?」

「………………だが。そんなことを白日の下に晒してどうする? お前は何がしたいんだ? 大人しくて人畜無害な少年って化けの皮を、早々に剥ぎやがった《転校生》?」

そうして、何時でも眠たげな面に厳しさと緊張を浮かべた彼は、制服のズボンのポケットに突っ込んだままだった両手を取り出し、その時も唇の端で銜えていたアロマのパイプを、左の指先で挟んだ。

「『オハナシアイ』がしたいって、そう言った筈だがな、俺は。──目障りで、邪魔なんだよ。《生徒会》も、監視役を仰せ付かったらしいお前も、俺の仕事の障害でしかないんだよ。昼間、屋上で、《生徒会》や《墓地》に近付くなって忠告──否、警告してきたのも、怠惰で人嫌いを公言してるらしいお前が自分から俺にちょっかい掛けたのも、監視の一環なんだろう?」

「……だから?」

「……だから。《生徒会》だろうが何だろうが、正体が知れてる俺の仕事の邪魔者は、遠慮無く且つ迅速に潰させて貰う」

ばさりと制服の上着を脱ぎ捨てた九龍は、身に着けていた革製のショルダーホルスターを露にし、その手に甲太郎がアロマパイプを掴んだように、徐に、そこから抜き去った大振りのハンドガンを手にした。

H&K社製の、MK23──日本での通称をSOCOMソーコムと言う自動拳銃。

「成程。……そうだな、邪魔者は早々に排除すべきだって意見には、俺も賛成出来る」

「そりゃ、どうも。…………ああ、そうだ。それこそ、クラスメートの誼みとやらで忠告しといてやるよ。俺にも一応、得ちまった立場とか抱えなきゃならない建前があるし、ガキ共に興味示されても仕事がやり辛いから、さっきまでは、大人しいだけで面白味も何もない根暗な転校生やつを装ってたが。別に俺は、宝探し屋って正体が誰にバレようが気にしないし、殺しも気にしない。人間の頭や土手っ腹に鉛弾ぶち込むのなんざ飯食うよりも日常だからな、俺にとっちゃ。……見た処、お前、俺とやり合う気がありそうだが、本当にそのつもりなら覚悟しとけよ」

「お前な……」

「どうする? 今の内に、『御免なさい』ってしとくか?」

「……他人をコケにするのも、そこまでにしとけ」

手慣れた仕草で銃を操り、己と然して変わらぬ年頃とは思えぬ貫禄のようなモノすら滲ませる九龍に馬鹿にしている風に言い捨てられて、昼間とは真逆の意味で腹の立つ奴だ、と内心憤りながら、甲太郎は、隅から隅まで石で象られた遺跡の床を強く蹴った。

────一年九ヶ月もの間『休職中』ではあるけれど、学園に入学して程無い内に《生徒会副会長》に就任し、以降、その座を占め続けてきた彼にも、この《遺跡》の《秘宝真実》は判らない。

何の為に存在しているのか、何者の手に因り築かれたのか、この地下の何処いずこに眠るという《秘宝》が何なのか。

何故、《遺跡》と《秘宝》を守り抜くことを《生徒会》は至上命題としているのか、友──阿門帝等は、阿門の一族は、一体何を知っているのか、そして何を課せられた一族なのか。

何一つ、甲太郎は知らない。

だが、その頃は友でなかった阿門にいざなわれるまま、与えると言われた不可思議な《力》を黙って受け入れ、《生徒会副会長》──否、《墓守》となったその日より、友となった阿門と共にこの《遺跡》を守り抜くこと、《墓》を犯す者を排除すること、それは、甲太郎にとっても至上の使命となり、今日こんにちでは、最早逃れようの無い『運命』の一つだった。

……それと同じく。

今にも崩れ落ちそうなくらい古ぼけて見える、石ばかりで築かれている地下遺跡が、身動きに困らぬだけの光源をどのようにして生んでいるのかは知らぬまま、石床を蹴り上げた勢い一つも殺さず、尋常ならざる速度で九龍との距離を詰めた甲太郎は、革靴の爪先も霞む、鋭い蹴りを放った。

彼目掛けて。

「な……に……!?」

辛くも一撃目は避けたものの、彼の動きもはやさも、咄嗟には見切れなかったのだろう。

宙を切った初撃の鋭さと威力は、想像を遥かに超えていたのだろう。

目を見開いた九龍は、素直に驚きを露にする。

「……皆守。お前、何者だ? お前のそれは、人間技じゃないぜ?」

「そんなこと、疾っくに知ってる筈だろう。違うか? 宝探し屋」

「…………ああ。これは失敬。確かにそうだな、《生徒会役員》さん」

が、直ぐに彼は驚きを拭い去り、不敵な笑みを浮かべ直すと、構え続けていたMK23のトリガーを絞った。

「…………おいおいおい……」

「随分と遅い鉛弾だな。遅過ぎて欠伸が出るぜ」

「遅い訳あるか。この銃の弾丸初速知ってるか? 秒速二七〇メートルだぞ? 地球上の生物には見切れないぜ、普通は。……お前、能力者か何か?」

「能力者?」

「俗に言う、エスパー」

「そんな、非現実的なモノと一緒にするな」

「……超能力者が非現実的な存在か否か、一度、とっくり話し合ってみたい処だが。今はどうでもいいか。────……皆守。お前、いいよ。興味湧いた」

放った弾丸が敵を捕らえるのを微塵も疑っていなかった九龍の眼前で、微かに身を揺らしただけで鉛弾を軽々避けて見せた甲太郎に、宝探し屋は再び目を見開いたが、直後、彼の面を塗り潰したのは、銃弾をも避けてみせた甲太郎への驚愕で無く、歓喜に能く似た何かだった。