「……はあ? いい?」

「ああ。……いい。殺すにゃ惜しい。──という訳で? そうと決まれば」

喜色を露にし、「いいって何が?」との甲太郎の戸惑いは無視して、素早く動かした左手でアサルトベストの中より取り出したMK23のストックマガジンを三本、器用に指の間に挟んだ九龍は、満面の笑みを浮かべながらやり合いを仕切り直し、フル装填十二プラス一発の.45ACP弾を、息く間も与えず甲太郎目掛けて叩き込み始める。

無論、唯黙ってやられるつもりなど無い甲太郎は、ステップを踏むような足取りで後退しつつ銃弾を避けた。

阿門に与えられた《力》のお陰で、弱点以外になら、例え鉛弾を喰らおうとも早々彼の膝は折れはしない。

それ処か、たった今身を以て証明してみせた通り、甲太郎が得た《力》は、一振りで人の命を奪える威力を秘めた凄まじい蹴りと、銃弾をも完璧に避け切れるだけの疾さを彼に齎しているのだ、自信に満ち溢れた宝探し屋が相手だろうと、《力》も持たぬ、只人でしかない九龍──甲太郎には玩具にしか思えぬハンドガンのみを、この戦いの武器に選んだ相手に、自分が負ける筈無いと彼は信じていた。

……だが、銃器や兵器の類いには、これっぽっちの興味もいだかぬ彼は知らなかった。

MK23を、九龍が愛用武器の一つとしているのも。

彼が、それを愛用する理由も。

────MK23は、ドイツの銃器メーカーH&Kヘッケラー&コッホ社が、二十世紀末にアメリカ軍の特殊部隊向けに開発した自動小銃だ。

開発の理由が理由なだけに、この銃は弾丸着弾時の人体抑止力マン.ストッピングパワーが高く、三万発を連続発射しても破損しない耐久性と、幅広い気温下でも正常に作動する耐候性が備わっている。

要するに、MK23は、扱いには少々難点が残るものの、標的──人間を行動不能に陥らせるには適している、力押しの効く銃で、その点を九龍は気に入っている。

人殺しなど屁とも思っていない彼だが、宝探し屋を本業とする彼にとっては、敵の生き死によりも、同じ宝を巡って争う商売敵が、ここ一番で行動不能になるか否かの方が、より重要なのだ。

そして、甲太郎のような『特殊能力者』を向こうに回してのこの一戦に於いても、MK23は有効だった。

否、この一戦だからこそ。

夕食のメニューを決めるよりも簡単に、邪魔だから殺してしまえ、と断じた甲太郎の特殊能力に興味を惹かれたから。

殺す必要が無くなったから。

……例え、銃弾さえ避け切る身体能力の持ち主が相手であっても、弾数に物言わせて着弾させればいい。体の何処かに着弾さえさせてしまえば、MK23の性能が、やがては甲太郎にも膝を突かせる。

殺害予定は変更になったのだから、戦意を喪失させるという形で決着させれば九龍の勝ちだ。

────だから。

負ける筈無い、と確信していた甲太郎の内心を知ってか知らずか、九龍も己が勝利を疑わぬまま、大まかな狙いだけを定め、彼の足止めのみに専念し。

……やがて、戦いの行方は九龍の思惑通りに流れた。

「未だやるか? エスパー少年?」

放たれる弾丸の雨を避け切れなくなるまで体力を奪い、畳み掛けるように更なる銃弾を撃ち込み、息の上がった甲太郎に膝を突かせるまでに、装填してあったマガジンと、左の手指に挟んでいた三本のストックマガジン全て費やしても足りなかったことと、攻撃を避けているだけと見せ掛けておいて、ヒット・アンド・アウェーの要領で例の一撃必殺な蹴りを幾度も浴びせ掛けてきた甲太郎の《力》に今更ながら驚愕しつつ、取るに足らない戦いを熟した態を装って、九龍はラストとなったストックマガジンをMK23に装填すると、おどけた口調で戦いの終わりを宣言し、甲太郎に近付いた。

「エスパーじゃねえっつってんだろうが…………」

甲太郎も甲太郎で、息切らせ、遺跡の床に倒れ込みながらも悪態を吐いた。

体のあちらこちらが訴える、鉛弾を喰らった痛みを堪えつつ。

確かに、彼の《力》の一つは、銃弾を喰らおうとも死ぬことも無ければ傷付くことも無い、とのそれだが、痛みすら感じぬ訳では無いから。

「正直、感心したぜ、皆守。特殊な能力があるとは言え、プロの宝探し屋に手間取らせるなんざ、大したもんだ」

「…………あー、そうかい」

「……お前、ブランクあるだろう? 今みたいに、俺のような人種相手に戦うのは、かなり久し振りなんじゃないのか? ま、お陰でこっちは助かったが」

「どうでもいいだろ、そんなこと……。お前には関係無い……」

「…………ま、確かに。互いのコンディションがどうだろうと、決着したこの勝負にも関係無いな。──で? どうする? 素直に負けを認めるか? それとも、往生際悪くして一遍殺されてみるか? お前がどんな力の持ち主だろうと、流石に脳味噌撒き散らされれば死ぬだろう?」

ゴロリと石床に仰向けで寝そべって、心底疲れた風に荒い息をする彼の傍らに片膝を突き、顔を覗き込みながら九龍は選択を迫った。

「……どうせなら、一思いに殺せよ。そっちの方が余程すっきりする。やってみなきゃ、俺が死ねるかどうかは判らな────

好きな方を選べ、と言わんばかりの九龍に、甲太郎は、戦いの最中に火が消えてしまったアロマパイプを銜え直しながら、己の生き死になど始めから頓着していなかったかのように薄く笑んで、いっそ殺してくれ、と望み掛けたが。

──皆守? おい、皆守?」

「う…………。……あ……っ……。くっそ……」

突然、彼は身を丸め、苦しげに両手で胸を掻き毟った。

「おい! どうした、皆守!?」

いきなりの事態に、「俺は未だ殺してねえぞ?」と、九龍も流石に慌て、

「……俺、にだって、判る……か、馬鹿野郎……っ!! う……あ……っ!!」

そんな彼の様を何故か愉快に思いながら、甲太郎は悲鳴に似た呻きを放って意識を手離した。