「おい。どういうつもりだ」
「判るだろ」
「そりゃ判るが……」
「……付き合えよ」
「…………九龍」
「付き合え。……頼むから」
「本当に、らしくない……」
────複雑に絡み合う事情を土台に築かれた、セックスフレンドとしか言い様の無い己達の関係の上でのみ、甲太郎は征服する側であり、九龍は征服される側だ。
だがそれは、物理的な躰の繋がりに於ける互いの立場であって、精神的には九龍の方が能動的で、甲太郎は受動的。
逃さない、と言わんばかりに誘いを掛けてくるのも、押し倒すのも九龍だった。
そう、その時も。
でも、その夜の彼は何処か頼り無げで、何かに切羽詰まっていると感じられ。
「毎度毎度、お前の好き勝手にされて堪るか」
建前を吐きながら、甲太郎は、やはり毎度の如く自身に馬乗りになった彼を押し倒し返し、締め上げるように掴んだ両手を、床へ押し付ける。
「随分と積極的じゃないか。今までは、諦めの境地で俺を抱いてたくせに」
「付き合えと言ったのはお前だ。どうせするなら、俺の好きにした方がいい。……お前が、じゃない。俺が、お前を抱いてるんだ。何時だって」
邪魔以外の何物でも無いアサルトベストを剥ぎ取って、シャツの中を暴きつつキスを仕掛け、晒した肌を指先で辿ったら、直ぐに、九龍からは熱の籠った声が零れた。
重ね合わせた唇の端から洩れ続ける、演技なのか、そうではないのか、甲太郎には判らぬ小さな嬌声は何処か泣き声に似ていて、甲太郎はキスを深めた。
「……ずっと思ってたんだけどな」
「何を」
「お前とキスしてると、ラベンダーに口付けてる気分になる」
「嫌いか?」
「ああ。嫌いだね、あんな花。一株残らず焼き尽くしてやりたい」
「そうか。そこまで嫌いか」
煌めく糸を引き合うまで接吻を続けてから唇と唇を分たせたら、九龍が不満げに言ってきたから、甲太郎は、愉快そうに嗤い愛撫の手を止め、これ見よがしに上着から弄
「……だから…………。…………ん……。あ……」
短いながらも広がった己の黒髪の直ぐ脇で、強く香り出した丘紫の香りに九龍は盛大に顔を顰め、が、吐き出し掛けた苦情を、再開された愛撫の所為で洩れた、自らの甘い声で塗り潰す。
「そういう顔しながら、そんな声上げてる時だけは、お前にも可愛気があるんだがな」
不快さで無く、心地良さに顔を歪める彼を見下ろし、甲太郎は、揶揄するように。
「……うる、さい…………。人のこ、と、からか、ってる暇がある……なら、とっとと、続き……──」
微かに笑いの忍んだ、けれど何処か真面目腐って言う声に、甘さに消えた筈の文句を甦らせながら、甲太郎の首に両腕を絡めつつ、九龍は自ら足を開いた。
「──好き者」
布越しに触れた彼の脚の付け根は、既に熱く。
ボソリ、耳許で事実を告げてやってから、甲太郎は、その熱の源へと手を忍ばせた。
化人も《墓守》も侵さぬ一室にてとは言え、《遺跡》の直中での爛れた行いに耽り始めて直ぐ、九龍が、行為に溺れることで某かを流してしまおうとしていると、甲太郎は確信した。
そんな今宵の彼の様に、解らない、解りたくもないこの男も、確かに己と同じ人間だと思わされて安堵すら覚えながらも、ふと、九龍が言っていたように、何故、自分はあの時、この男を庇ったりなどしたのだろう、と彼は、今更ながらの疑問を脳裏に過らせた。
────例え、この男が相手でも、ツラを知っている相手が死ぬのは嫌だ。それも、己の目の前で。
…………この想いは事実だ。
九龍には言い訳めいた科白にしか聞こえなかっただろうけれど、相手が誰であっても、眼前で死なれるくらいなら庇った方が未だいい。
尤も。
そんな想いは、只の偽善でしかないと解っている。
偽善でしかない想いに駆られて咄嗟に九龍を庇ったのも、偽善にしかならないことも。
九龍の科白ではないが、こうしている今だって、自分は、こんな関係に己を引き摺り込んだこの男を亡き者にしてしまいたいと、心の何処かで願っているのに。
「あ……っ。ん……っ、ああああっっ……。……こ、う……たろう……っ。お、前……。馬鹿ヤ、ロウ、少しは……手、加減……っっ……!」
この爛れた行いの間だけでも、何も彼もを流し去るのが、酷くらしくない今の九龍の望みだと言うなら、精々叶えてやろうではないか、と労りを一切置き去りにしたサディスティックなやり方で、壊さんばかりに九龍を抱きながら。
そんなやり方の所為で、悲鳴めいた声を放った九龍を醒めた目で見下ろしながら。
甲太郎は、この男『をも』庇ってしまった理由は一体何処にあるのだろうと、ぼんやり考えた。
……放っておけば良かったのに。見て見ぬ振りをすれば良かったのに。
嵌った泥沼──あの秋の日、この男がやって来るまでの日々とは、全く意味の違う泥沼から抜け出す為には、見捨てるのが正解だった筈なのに。
見捨ててさえしまえば。
これまでのように、両の瞳と心を閉ざして無かったことにしてしまえば。
丘紫の香りに埋もれながら、死人の如く、流れる毎日を見送るのみの日々に戻れただろうに。
「……この馬鹿……っ。散々、好き……放題、やってるくせ、して……っ。そんな目、して……るな……っっ」
と、心ここに在らずとなり掛けた彼の癖の強い髪を、九龍が思い切り引いた。
拓かれた奥を、甲太郎の熱いそれで勝手気ままに掻き回され、突き上げられ続けている彼の腕に籠る力は弱く、睨む風に見上げてくる瞳は潤み、鋭さの欠片も無かった。
「……っざけんな……っ」
『余所見』をしながら俺を抱くなと、暗に訴えてくる彼を、蠢きだけは留めぬ甲太郎が無言のまま見返せば、九龍は怒りで目を細め、再び腕を伸ばすと、直ぐそこに転がされたままだったアロマパイプを掴み、何処
そんな、彼の行いでの主張から、ああ、こいつは何か見当違いをしている。……と思い当たりはしたものの、誤解を解こうともせずに甲太郎は、どうしてか覚えた微かな苛立ちに任せて、九龍の、存外細い首筋に両手を掛けた。
己に組み敷かれ、ナカを蹂躙され、喘ぐしかない今の彼ならば、容易く縊り殺せそうな気がした。
叶う筈無い幻想だと、判ってはいたけれど。
「………………ああ、な、んだ……。そんなこ、と……考え、て…………」
「何……?」
「確か……に。今なら……殺せる……かも知れな、い……っ。試して、み、たら……、どう、だ……?」
形の整った長い指先に自身の命を掴まれ掛けて、一転、九龍は薄く笑んだ。
甲太郎が心在らずだった理由が『それ』ならば、許してやる、と。
「……冗談だろう。殺されるのはこっちだ」
だから、もう、呆れたように大袈裟な溜息を吐いてみせるより他、甲太郎には出来なくて、改めて九龍を組み敷いた彼は、艶かしく腰を揺らす彼と、まるで恋人同士であるかのように抱き合い、一度