放課後が終わる前に、九龍と敵対しているのか、それとも馴れ合っているのかの判断が甲太郎には今一つ付け難い瑞麗の協力を得て、二人は、時計台に隠されていた──匿われていた、の方が正しいやも知れない──幽花を見付け出した。

阿門や《生徒会》が彼女の存在を隠滅してしまおうとした理由や、『白岐幽花とは如何なる存在なのか』は、彼女自身にも能く判らぬらしく、結局その日の騒動は、《遺跡》内の、《生徒会書記》である咲重が守る区画を解放出来た以外は済し崩しのまま終わってしまった。

それでも、遺跡最深部に到達し《秘宝》を手に入れることのみを目指している当人は、「何と無く、大体の筋が見えてきたから、今は中途半端で構わない」と、気にする素振りも見せなかったので、共に傾れ込むように帰った彼の部屋で、本人がいいと言うんだから……、と落胆しそうになる自分を抑える風に緩く首を振ってから、甲太郎は、はた、と、何で俺がこんなこと考えてなきゃならないんだと、部屋主に気付かれぬ程度の細やかさで備品の椅子を蹴っ飛ばす。

《生徒会副会長》が、宝探し屋の仕事の進展具合を、宝探し屋当人の側に立って慮るなんて、滑稽この上無く思えた。

だから、今夜も疲れた、とか何とかぼやきながら、己に背を向けたまま装備一式を片付け出した九龍を眺めつつ、繰り返し椅子を蹴飛ばしていたら、幽花を捜していた最中さなかに起こった苦々しい出来事をも思い出してしまって、甲太郎は、ズボンのポケットに突っ込んだ手を固く握り締める。

瑞麗が語った学園の怪談の一つ、『六番目の少女』の逸話から、彼女が隠されたのは時計台なのかも知れないと、そこへと続く階段を上がっていた途中、待ち伏せていた咲重に記憶を奪われそうになった九龍を、又もや庇ってしまった刹那を記憶の中で振り返りながら。

「甲太郎? 椅子なんか蹴っ飛ばして何やってんだ。臍曲げてるガキじゃあるまいに。意味の無い八つ当たりなんざ、無駄なだけだぜ」

「…………あ、いや。別に、そういう訳じゃ」

「じゃあ、どうしてだ? 今、何考えてた?」

「それは、その…………」

と、脳裏を過った想い、過った出来事、それらの所為で、勢い、それまでよりも強く蹴り上げてしまった椅子が立てた雑音に気付いた九龍に嗜められつつ問い質され、彼は言葉を濁したが。

「それは? 何だよ」

「だ、から……。…………どうして、今日は訊いてこないのかと思って……」

「訊く? 誰が? あ、俺がか? って、何を?」

「何で、又、お前を庇ったのか」

部屋の片隅で、ガタゴトと箱らしき物の中身を引っ掻き回すのを止め、立ち上がり、振り返るや否やツカツカとやって来て、グッと顔を寄せた九龍からは逃れられそうもなく、本当を打ち明ける代わりに、甲太郎は誤魔化しを告げた。

……それは、誤魔化しではあったけれど、嘘では無かった。

たった今考えていたことでは無いが、確かに、それも気になってはいたから。

「……ああ、それか。細かいこと気にするんだな、お前。ま、確かにこれまで、お前に庇われる度、一々理由を尋ねてたのは俺の方だが」

すれば九龍は、疑いもせずに軽く頷き、

「気にするのは止めたんだ」

やはり、軽い調子で言った。

「どうして? 今までは、随分拘ってたくせに」

「答えは簡単。拘る理由が無くなったから」

「……? お前、何に拘ってたんだ?」

「今でも《生徒会》の人間な筈のお前が、何で俺を? って部分に。……でも、気にするのは止めた。正しくは、気にならなくなった。そんな些細なこと、どうでも良くなった」

「…………何故?」

「お前が俺を庇う理由がどうあれ、俺は、そういうお前を気に入ってるから。もう、お前が俺を庇う動機なんか、どうでもいい」

「……九龍? それは、どういう意味だ?」

教えられずとも万人が知っている、至極当然の理屈を語るかのような、何処までも軽い口振りで告げられた九龍の言葉の意味を、甲太郎は無表情で問うた。

「さあ? 自分で考えな。────そりゃそうと。椅子なんぞに八つ当たりするくらい鬱憤が溜まってるなら、励んどくか? 発散にはなるぜ?」

「発散したいのはお前だろう…………。何でそんなに元気なんだよ、付き合う方の身にもなれ」

「しんどいなら騎乗位でもいい」

「そういう話じゃないっ!」

けれども、もう九龍は『答え』を寄越さず。さらり、話を下世話なそれへ移した彼へ、甲太郎は盛大に怒鳴った。

なのに結局、伸ばされた誘いの手を拒めなくて──拒む気など生まれなくて、手を取った九龍と共に、縺れるようにベッドに倒れた。

安い造りのそれは、本来の許容以上の重さを受け止め軋んだけれど、気をぐ耳障りな音など物ともせずにキスを仕掛けてきた九龍を、彼は唇を奪ったまま組み敷いた。

接吻くちづけ最中さなか、薄く目を開いて見遣れば、九龍も瞼を閉ざしてはいなかった。

見詰め返してくるその瞳は、楽しげな猫の目のようで。

────何なのだろう、これは。……と、その時、甲太郎は心から思った。

くるくると変わる猫の目に能く似た瞳の中にある色は、今までならば、からかいにしか見えなかったけれど…………今は。

……今は、つい先程聞かされた言葉──俺は、お前を気に入っている、との或る種の告白が、嘘では無いのだと物語っていると見えた。

宝探し屋の協力者としてでは無く、彼には魅力的に映るらしい《力》でも無く、『皆守甲太郎』を、葉佩九龍個人が気に入ったのだ、との告白を。

この男が、宝探し屋の領分を越えて他人に興味を示すなんて有り得ない筈なのに、彼の目の色は、どうしたってそんな風にしか映らず、そして自分は、そんな彼が嫌では無くて。

──────己も又、己を気に入ったと言う、彼のように。……多分。