九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇
『年の瀬の、居待月の夜』
二〇〇四年 十ニ月三十日、夕刻────。
東京都北区・王子は如月骨董品店の、二間続きの座敷にて、『彼等』一同顔付き合わせての『それ』が開かれることになったのは『あの年』以来で、だから多分、二人共に油断していたのだろう。
それはもう、盛大に。
振り返って指折り数えてみれば、仲間達全員で、骨董品屋の二間続きの例の客間に、流石にこの人数では狭いの何のと与太を言いながら車座になって、宴会然とした宴会を開くなぞ約六年振りだから、会場家主の如月翡翠から、
「君達も日本に帰って来ていることだし、久し振りに忘年会でも、と思っているんだ。三十日の夕方辺り、どうだろう、と皆で言っているんだけれども、君達の予定は?」
との連絡を貰った時、携帯電話越しに出席の有無を問われた緋勇龍麻も、龍麻から電話の内容を伝えられた蓬莱寺京一も、一も二もなくOKの返事を出した。
十ニ月三十日の夕方と言えば年末も年末、高校生だったあの頃とは違い、仲間達それぞれが生業を得た今、誰もが殺人的に忙しい時期の筈だが……、との思いが、一瞬のみ龍麻と京一の脳裏を掠めたが、数年振りの『楽しみ』の為に、皆、何とかして予定をやり繰りしたのだろう、と二人は思い直して、それ以上、深くは考えなかった。
自分達が、あの頃の馬鹿騒ぎを懐かしむように、仲間達も、懐かしい馬鹿騒ぎに浸りたい一心なのかも、としか。
……だから、やって来た久方振りの忘年会当日。
己達も、長らく続けていた修行と流離いの旅を中断し日本に帰国した時には、既に首突っ込んでいた厄介事の後始末──気が付けば自分達の弟分になっていた、葉佩九龍と皆守甲太郎絡みの厄介事の後始末に忙殺されているのをひと度忘れ、いそいそ、彼等は如月の家へと向かった。
京一と龍麻が到着した時、仲間達の三分の二程が揃っており、程無い内に残りの面子も駆け付けて来て、と同時に、酒瓶飛び交う忘年会は始まり、瞬く間に、それは大宴会に発展した。
唯々懐かしくて、何時間も、飽きもせずに、学生だった頃はよくした馬鹿を繰り返し続けるだけのことが楽しくて、あの頃と同じく上がった、如月の「近所迷惑!」との悲鳴混じりの声に、大切な思い出の数々を呼び起こされて。
何も彼もが大騒ぎなのに、何も彼もが穏やかで。
大人の女性としての横顔を見せ始めている女性陣が、「そろそろ……」と言いながら立ち上がり始める刻限は、あっという間にやって来た。
そこからが、或る意味での『忘年会本番』になろうとは、京一も龍麻も知る由もなかったけれど。
揃いも揃って嫁入り前の女性達を、日付が変わっても到底終わらぬ酒宴に参加させ続けるのは、流石に常識外れかもー……? と、アルコールで溶け掛けたオツムで何とか判断を付け、本音ではちょっぴり寂しく思いつつも、帰宅して行く彼女達を見送って直ぐ。
「さーて、うるさい女共も全員帰ったことだし。仕切り直して続きしようぜー!」
一抹の寂しさを吹き飛ばす為の明るさを振り撒きながら、声張り上げ、京一は己の席に座り直した。
「一寸残念だけど、仕方無いか。明日は大晦日だし、女性陣に朝までコースは、やっぱりマズいよね」
彼の隣に腰下ろした龍麻は、正直に胸の内を吐露して……けれど、だからって呑みを切り上げるつもりはないとばかりに、ガッ! と威勢良くグラスを掴み直し。
………………が。
途端、それまでは、「夜はこれから!」と口々に言い合い、ふざけ合うばかりだった男性陣全員が、一斉に、ニッ……とした笑みを浮かべ、二人へと突き刺さるような視線を注いだ。
「……え? な、何? 皆して、何……?」
「何だよ、お前等。気持ち悪りぃな。……もしかして、何か趣味の悪い余興でも企んでんのか?」
この時を待っていた! との雰囲気を滲ませて余りある笑みと視線、そして態度に、龍麻は正座したまま、京一は胡座を掻いたまま、思わず後退る。
「京一。龍麻。一寸」
「一寸、とか言われても、今は素直に頷きたくないんだけどー……」
「いいから、こっちに来い」
「だから、何なんだよ!」
しかし、おどおどと仲間達を見比べるだけの龍麻を醍醐雄矢が、ムッとし始めた京一を紫暮兵庫が、それぞれ引き立てて、何時の間にやら座敷の中央に円陣を組む風に寄って来ていた男達の、只中に放り込んだ。
「ちょ……。ホントに何? 何事?」
「今からゆっくり、何事なのかの説明をしてやるから、二人共、そこに正座しろ」
醍醐に襟首を引っ掴まれた時は未だ、心の何処かで、何かの冗談か悪戯じゃないか、と薄ら思っていた龍麻だったが、紫暮に真顔で正座を命じられ、「もしかしなくても、洒落とかじゃない?」と、今度は顔を強張らせ。
「っとに……。冗談なら、この辺で止めとけよな、タイショー」
「俺達が、冗談や酔狂でこんなことをしてると思うのか? この期に及んで?」
その横で、腹立たし紛れに得物入り竹刀袋の房紐を解き掛けた京一は、いいから黙って話を聞けと、醍醐に問答無用の拳骨を喰らった。
「痛てぇな……。本当に、何なんだよ、一体。俺達にゃ、お前等にこんな風に迫られる覚えなんざねえぞ? なあ、ひーちゃん?」
「うん。俺にも、何が何やらさっぱりなんだけど……。…………あのー、さ。もしかしなくても、皆、何か怒ってる……? 俺達、何か仕出かしたっけ……?」
「……おや。貴方達は、口を揃えて、何の心当たりも無いと言い切りますか。そうですか」
「仕方ねえだろ。ホントに、何がどうなってるのか、これっぽっちも判らねえんだから」
「一年十ヶ月程前。中国広東省広州市。……こう言っても、未だ、心当たりは生まれませんか?」
「………………え」
「……緋勇。蓬莱寺。その頃、その場所で、緋勇の中の黄龍の封印に綻びを生じさせる出来事があったそうですね。この約二年近く、貴方達が完全に消息を絶っていたのは、そういう事情を抱えていたからだというのも、もう判っているんですよ」
──寺門に安置されている阿吽の仁王像さながらに、醍醐と紫暮に睨まれても、事の展開が全く見えず、片やブーブー、片やゴニョゴニョ、言い垂れていた京一と龍麻の前に立ちはだかったのは、御門晴明だった。
敢えて嫌味ったらしく笑みながら、やはり嫌味ったらしく、『二人の秘密』など、疾っくに掴んでいると言い放ち、最後に、口許で開いた白扇の影で、何処までもわざとらしい溜息を彼は洩らす。
「……………………………………。……りゅうくーん。りゅう、しゅんゆえくーん?」
「劉……。てめぇ……。バラしたな……?」
「皆には絶対言うなって、あれ程言ったのに! 男と男の固い約束だったのに! 裏切り者ー!!」
「白状してんじゃねえよ! 告げ口なんざ、男のするこっちゃねえぞ!」
御門が吐いた溜息が、女性陣が消えた分だけ閑散とした座敷の宙に溶けて暫し。
動くことも、息すらもピタリと止めていた龍麻と京一は、示し合わせた風に劉弦月へと首を巡らせ、ぎゃあぎゃあと、大声で捲し立てた。
ヤバい、すっかり油断していた! と、今更ながらに己達の落ち度を悟っても、もう後の祭りだった。
「わいは、これっぽっちも悪ぅない」
けれども、当の劉は、しれっと言い切り、ツーン、とそっぽを向いた。
ちらりと流してきた横目でのみ、「悪いのは、アニキと京はん」と訴えながら。