────故に、それより。

男性陣にとっての、本当の意味での忘年会──又の名を、修羅場とも言うそれは始まり。

内心、一刻も早く、重大な出来事を年単位で隠していた、水臭くて馬鹿な二人を責め立てたいと手ぐすね引いていたらしい仲間達によって、京一と龍麻は、掛け値なしにやり込められた。

醍醐には再び頭を引っ叩かれ、紫暮には懇々と小言を喰らい、霧島諸羽には泣き真似をされ、御門、如月、壬生紅葉、村雨祇孔の四名には延々嫌味を垂れられ、赤井猛と黒崎隼人にはひたすら熱く『漢の道』とやらを語られ、雨紋雷人とアラン蔵人にはサラウンドで怒鳴られ、一同の怒りのネタ元である劉は、どんな罵声が頭上を飛び交おうとも、徹頭徹尾知らんぷりを決め込んだ。

…………そんな、吊し上げを喰らった当人達には阿鼻叫喚の修羅場以外の何ものでもない時が、日付すら跨いで数時間目に突入した頃。

「ご……めん。……御免、ホントに御免……。反省してるから。心から反省してるから、トイレ行かせて……。トイレくらい行かせて…………」

言い訳と謝罪を繰り返すのに疲れ果て、息も絶え絶えになった龍麻が、そろそろと挙手し、トイレタイムを申し出た。

「……アミーゴ。逃ゲルノハ、良クナイデス。男ラシクナイネー」

「そんなんじゃないってば! 純粋に生理現象っ! 俺達、四時間! 四時間正座させられっ放し!」

「じゃー、二分で戻って来てくれよなー、龍麻サン」

「無理だから。つか、トイレくらいゆっくりさせてくれよ……」

彼の、生理現象に呼ばれた発言に、アランが疑いの目を向け、雨紋が少々の無茶を言ったからか、膨れっ面になった龍麻は、痺れ切った足を引き摺りながら、よろよろと障子戸を開き。

「ひーちゃん、狡りぃ! 俺も便所──

──家のトイレの定員は、一名だ」

「京一先輩。未だ、本音では反省してくれてないんですね……」

「彼女達が帰るまで、この話を持ち出すのを待っただけ感謝して欲しいね。……こんなものじゃ済まないと思うよ」

便乗しようとした京一は、冷たく事実を述べた如月、再度の泣き真似を始めた霧島、淡々と言い放った壬生の三人に、敢え無く逃走を阻まれ。

「京一、ファイト……」

「ひーちゃん! 龍麻っ! お前まで裏切る気かーーーっ!!」

相棒の、悲痛な叫びを背中で聞き流しながら、龍麻は、縁側の突き当たりにある古式ゆかしい手洗いへと、一人逃げ込んだ。

自然に呼ばれた、との訴えは決して嘘ではなかったが、僅かの間だけでも放り込まれた修羅場より離脱したい願望が微塵もなかった訳ではないので、一応は洋式な手洗いの便座にちんまりと腰掛け、「こうしてる間に、嵐が過ぎ去ってくれたら嬉しいんだけどなー……」と、叶わぬ願いに龍麻は想い馳せ続けた。

だが、障子、縁側、手洗いの戸、と『三つの壁』を挟んでも尚、微かに、京一へと呉れられている多重音声での説教は耳に届いて、このまま逃げ遂せたいなんて、儚い願いだった……、と悟った龍麻は、渋々、音を立てぬように戸を開け摺り抜け、気配も氣も殺し、そろそろと足を進めて、縁側の一等隅に、そうっとそうっと腰下ろした。

自分が戻らなければ、京一が一人で多重音声の説教を喰らい続けると判っていたが、正直、もうそろそろ勘弁して欲しかった。

「アーニーキ」

…………でも。

静かに障子戸が開く細やかな音が響いて直ぐ、彼は、様子を見に来たのだろう劉に背後を取られた。

「……あー、バレた…………」

「一人だけ逃げるんは狡いで。京はんが不憫やん」

避難していたのがバレた、これで又、多重音声説教会場に連れ戻される、と龍麻はギクリと首を竦めたけれども、劉は、冗談めいた窘めだけを口にし、するっと彼の横に並び座った。

「うん、まあ……。……って、劉! 何で皆にバラしちゃうんだよ。心配掛けたくないから、黙っててくれって頼んだのに、もー……」

「アニキと京はんとした約束、破ってしもうたんは、悪う思っとるよ。広州でのこと白状したんは、御門はん達に問い詰められたからやし、打ち明けた時は、マズったかなあ、て焦りもしたんやけど。やっぱり、ちゃあんと皆に話したんは、間違いやないて、わいは確信しとる」

「…………でも、さ。もうこれ以上、俺のことで、誰かを──皆を、巻き込みたくないんだ。だから……」

「アニキの気持ちも考えも、判っとる。京はんの気持ちや考えかて、判っとるつもりでおるよ。……やけど。アニキと京はんの力だけで何とかなることやないて、そろそろ思い知ったちゃうん? 二人、二年近くも、わい等から行方晦ましとったけど。何とかなったん? 世界中彷徨うただけで、何も変わっとらん思うけど?」

「それは……、うん…………」

「瑞麗姐の札の話は、わいも聞いたよ。アレ持っとけば、一応は何とかなるらしいけど。根本的な解決にはなっとらんやん? ……アニキも京はんも、言い出したら人の話聞かん頑固者やけど、いい加減、我ぁ張らんと、皆のこと頼ってもええんとちゃうかな」

「………………判ってる。俺にも、京一にも、本当は判ってるんだ。俺達だけじゃ、どうにもならないことかも知れない、って。答えみたいなモノを求めても、世界中彷徨い続けても、無駄かも知れないって。……駄目なのかなあ……って、時々、ぼんやり考えることもあるけど。もう、誰も巻き込みたくない」

「……やーかーらー。……ほんっま、そういうとこ、アニキも京はんも鈍いなあ……。そないなこと思われる方が、よっぽど腹立つお人等もおるって、気付かれへんの? 皆の性格知っとるやろ?」

「…………うん。知ってる。嫌って程、知ってる」

肩を並べて縁側に腰掛け、意味無く足をぶらぶらさせながらの義兄と義弟のやり取りは、立場を逆転させたまま暫し続き、やがて龍麻は、ふ、と小さな息を吐き、夜空を見上げた。

丑三つ時、丁度南天辺りに浮かんでいた居待月を見詰め始めた彼に倣い、劉も又、月に目をやって、二人は口を噤む。

「何度も謝り倒したけど。皆には改めて、ちゃんと謝らなきゃ駄目だよね。黙ってて、内緒にしてて、御免、って。口先だけじゃなくて、本心で」

「……せやな」

「頼る頼らないは、又別だけどね。本当に俺達だけじゃ手に負えなくなったら、皆に甘えたり泣き付いたりしちゃうかもだけど、極力、迷惑は掛けたくないから」

が、やがて、ゆるりと龍麻は唇を動かして、本音の部分で反省したし、考えにも若干軌道修正を施すから大丈夫、と軽く笑った。

「…………アニキはホンマ、頑固やなあ……。ま、本心から謝ろうて思うただけマシやけど。……そやけど、アニキ? あー、その……」

「何?」

「そ、の……京はんと二人だけやと、あのー……、『あっち絡み』で辛い想いすることもあるんやないかなー、て……」

漸く反省したかと、見せられた笑みへ劉も薄い笑みを返し……けれど彼は、口篭るように。

「辛いことなんて、何にもないよ」

何故、劉が言い淀んだのか、何を言わんとしたのか、察し、龍麻は笑みを深め、流れるように言った。

「ホンマに?」

「うん。……やっとね、京一から、欲しかった言葉が貰えたんだ。もう、何も諦めなくて良くなった。俺達は、恋人同士『でもある』んだって、胸張って言える。だから、大丈夫。俺には、辛いことなんて一つもない。京一が傍にいてくれるから、京一を手に入れたから、大丈夫。────ずっと、心配掛けて御免。でも、もう平気。平気になった」

「……そうか。そうなんか。…………良かったなあ、アニキ」

「…………これまでも、今も、本当に心配ばっかり掛けて御免。……それと。これまでも、今も。有り難う、『弦月』。何時かも言ったけど。俺、本当に良い義弟おとうと持ったと思ってる」

「アニキは相変わらず、殺し文句が得意やなー……」

そんな笑みのまま、詫びと感謝とくすぐったくなる科白を告げられて、劉は、身の置き場をなくした風に体を捩り、龍麻からも月からも、顔を背けた。