九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇
『永遠の今』
二〇〇五年 一月二十二日 土曜
夕刻近く、蓬莱寺京一は新宿駅近くの、数多の店やビルが建ち並ぶ新宿通りをぶらついていた。
去年の九月より、彼と、彼の親友兼相棒の緋勇龍麻の二人揃って、ずっぽりと首を突っ込んでしまった、宝探し屋の葉佩九龍や天香学園高等学校の遺跡に絡む事件や出来事の後始末が漸く収束を見せてきて、だから、一月末までは勤めることになっている、天香学園のアルバイト警備員の仕事が二人揃って休みだったその日、京一と龍麻は、新宿の繁華街に買い出しに出ていて。
一寸、一人『品』を物色したかった京一と、やはり、一人で何やらすることがあるらしい風情を見せた龍麻は、八時にアルタ前で落ち合う約束をしてから、別行動を取っていた。
「どうすっかな……」
──が、「じゃあ、後で」と龍麻と分かれ、新宿の街をふらふらし始めてはみたものの……、何となく、林立する店の一つも覗いてみる気にはなれず。
その時京一は、ボソッと、困り倦ねたような独り言を洩らした。
「…………ん? 旦那。京一の旦那じゃねえか。何やってんだ、こんな所で一人で」
週末の夕暮れ時、街を行き交う人々は皆楽しそうで、そんな中、場違いに洩らした彼の低い独り言は、他人の気を引くには充分過ぎたのか。
彼が辿っていた歩道の反対の端を、彼とは逆方向に行こうとしていた男が不意に足を止め、振り返り、声を掛けてきた。
「お? ……何だ、村雨じゃねえか。お前こそ、何やってんだ、こんなトコで」
所在な気に足を留めていた京一を捕まえたのは、彼や龍麻の仲間の一人で、高校卒業後、渡ったラスベガスにて一財産以上の物を築き上げた、超が付く一流ギャンブラー、村雨祇孔だった。
「ちょいとした野暮用の帰りって奴だ。旦那は?」
「俺は、まあ……、一言で言やぁ買い物の途中」
「買い物ねえ。龍麻の先生は、一緒じゃねえのか? 珍しい」
「一緒には出掛けたんだがよ、ひーちゃんも俺も、それぞれ都合が、って奴」
故にそのまま二人は、歩道の端で、立ち話を始めたのだけれど。
ちらりと傍から様子を窺うだけでは、京一より数歳は年上に見えぬこともない、ともすると、『少々危ないご職業』の者達と関わりがあると誤解されるだろう雰囲気、そして出で立ちの村雨と、今時の若者然とした格好ながらも、見る者が見れば一発で、木刀か何かが収められていると判る竹刀袋を肌身離さず抱える、言葉遣いも仕草も粗野な──要するに『近寄り難い』雰囲気の京一、という組み合わせは、その周囲を通り過ぎる人々にとっては、注目の対象でなく、慄きの対象で。
序でに言えば、平均よりも遥かに体躯が良い大の男二人の立ち話は、邪魔で。
「……村雨。暇なら、河岸変えねえ?」
「……そうだな」
遠巻きに己達に視線を注ぎつつ避けるように脇を通って行く、街行く人の目が痛い、と二人はその場を離れた。
八時に、アルタ前でひーちゃんと待ち合わせしている、と京一が言ったら、なら、未だ数時間はあるな、と呟いた村雨は、彼を連れ、花園神社方面へと足を向けた。
「何処行くんだよ」
「いいから、付いて来な」
その辺のサ店か何かで、と京一は思っていたのに、村雨が向かっている先は、花園神社から通り一本挟んだ、古くからの繁華街で、噂だけが先走っている感はあるが、胡散臭く、且つ危ない、との評価が消えない一角に自分達は行こうとしていると気付いた彼は、「酒か?」と若干渋ったが、村雨は構うことなく、小さな店の寄せ集めで出来ているような飲屋街の、本当に小さなバーへ京一を連れ込んだ。
──そこは、場末な雰囲気の漂う、六、七人が座れるか否か、と言った程度のカウンター席があるだけの、細長い、本当に狭苦しい店だった。
初老のマスターのみのそこは、未だ開店前なのだろう、営業の為の準備は半ばらしいのが手に取れ。
「おい、村雨」
「気にすんなって。訳ありでな、俺の顔が利く店なんだよ。──マスター、悪いな、ちょいと邪魔するぜ」
「お久し振りですね、村雨さん。どうぞ、ごゆっくり。お連れの方も」
仕事の邪魔になるのではと、さっさと席に座り出した村雨を京一は制そうとしたが、村雨にもマスターにもそう言われてしまったので、ならいいか、と腰高のスツールの一つを占めた彼は、気付かぬ内に支度され、すっと自分達の前に出されたウィスキーの水割りのグラスを手にした。
「何かの折にゃ、使ってやってくれ。俺の名前を出せば、そこそこの我が儘も通る」
「覚えとく。良さそうな店だしな」
「宜しく頼むわ。──そりゃそうと。先生も旦那も、御門達に借りた貸しの返済で、ここん処は随分と大変らしいなあ?」
「まあなー。お陰さんで、酷でぇ目に遭ってる真っ最中。ひーちゃんと俺の二人揃って、進んで首突っ込んじまった所為でああなっちまったから、仕方ねえとは思ってるけど、ホントーーー……に、どいつもこいつも容赦ねえ」
「そりゃ、御愁傷様って奴だな。……ま、励みな」
「他人事みてぇに言ってんじゃねえよ、てめえだって、その容赦ねえ内の一人だろうが、涼しい顔しやがってっ! ったく……」
そうして二人は暫しの間、水滴で濡れるグラスの中の酒を舐めるようにしながら、他愛無い話を続けていたが。
「────……へー。そんなことがな。で、お前が尻拭いで新宿に、か?」
「ああ。御門の奴が容赦ねえのは、お前さんや先生相手に限ったことじゃねえからな。久し振りに、裏密の『あの』雰囲気、堪能させられたぜ。……正直、堪能したかねぇが。──そう言えば、今更っちゃあ今更だが、旦那、買い物、切り上げちまって良かったのかい?」
「あーー……、良かったっつーか、何つーか……」
未だ夕刻だと言うのに、グラス片手の彼等二人の与太話が、そんな所に辿り着いた時。
京一は何故か、酷く困ったような顔をした。