冬故に、もう夜の帳が下りた、午後六時を少しばかり過ぎた靖国通りを、新宿駅の方角目指して進みながら、京一は、コートのポケットに押し込んでおいた携帯を取り出した。

その頃。

駅ビルを出て、新宿駅東口前の広間を通り抜け、アルタ前の交差点で信号待ちをしていた龍麻も、ゴソゴソとコートのポケットを探って、携帯を手にした。

数百メートル程を隔てた場所で、京一は龍麻に、龍麻は京一に、殆ど同時に電話を掛けようとしていて。

タイミングが合い過ぎてしまえば、ぶつかってしまっていた彼等のそれは、一瞬、変わり始めた信号の色に龍麻が気を取られた所為で、上手く、京一から龍麻へ、の形で繋がった。

『ひーちゃん? 俺』

『京一? あ、良かった。俺も今、丁度、電話掛けようとしてた処なんだ』

『何だ、そうだったのか? なら、ホントに丁度良かった。俺、もう用事済んじまったからさ。アルタの隣のサ店で待っ──

──そんなこと、しなくてもいいよ。俺も用事済んだんだ。今、アルタ前の交差点の所。横断歩道渡れば、待ち合わせ場所に着くよ』

『何だよ。ちょいと奇遇が過ぎるんじゃねえの? ……ま、いいか。俺は、歌舞伎町んトコの信号渡ってる。二、三分もあれば、そっち着くからよ』

『うん、判った。じゃあ、待ってる』

『って、買い物、本当にもういいのか? 結構時間掛かるかもって話だったから、八時に待ち合わせたのに。二時間近くも前だぜ?』

『京一こそ。一寸、見たい物があるんだ、なんて言ってたくせに、本当にもういいんだ?』

『平気だって。片付いちまった。ひーちゃんは?』

『そっか。……うん、俺の方も片付いたよ。────あ、京一が見えた』

『…………ああ、俺も、ひーちゃん見っけ。じゃ、切るな?』

『ん。判った』

龍麻が、信号機に気を取られなければ繋がることはなかったかも知れない電話で、互い、ゆっくりとした口調で『奇遇』を打ち明け合い、今直ぐにでも落ち合えることを伝え合い。

横断歩道を渡り終えた龍麻は、人々で溢れ返っているアルタ前の隅の方に寄って、ビルに背を預ける風にしながら何となく切り難い電話を続け、彼の今いる場所を知った京一は、早足で路地を抜けつつ、切るでなく、携帯を持ち直し。

電話が切られるより早く、互いが互いを見付けること叶えた彼等は、漸く、携帯を耳許より遠退けて。

「帰ろうぜ、ひーちゃん」

「うん。早く帰って、夕飯にしよう」

「そだな。腹減った」

「俺もー。一寸、水腹だけど」

「水腹? 何か飲んだのか?」

「駅ビルで、弦月に偶然行き会ってさ。一寸、お茶してたんだ」

「へー。俺も、直ぐそこで村雨の奴に行き会ってよ。誘われて、一杯引っ掛けて来た」

「え、京一、もう呑んでるんだ? しょうがないなあ、京一も、村雨も……」

「堅いこと言うなって。──夕飯、何にする?」

「何がいいかなあ……。ここの処、皆守君に合わせてカレーなことが多かったから、久し振りに、純和風! な夕飯にしようかな。魚でも焼こうか?」

「お。いいな。じゃ、そうすっか」

「うん。決まり」

──それぞれ、それまでは携帯を掴んでいた手を軽く持ち上げ落ち合い、離れていた一、二時間の間の出来事を軽くだけ語って、彼等も立つ歩道を占める数多の人々が、「ん……?」と、思わずの視線を送った程、穏やかな笑みを見せ合いつつ、生活感溢れるやり取りを交わしながら、二人は、肩を並べてその場を去った。

────翌々日。

二〇〇五年 一月二十四日 月曜日。

彼等が、顔付き合わせつつ迎えるのは七回目のことになる、京一と龍麻、二人共にの誕生日。

毎日のように繰り返される、もう起きろ、起きない、のやり取りから一日を始めた彼等は、そのまま、やはり恒例の『起き抜け口喧嘩』に傾れ込んで、眠いんだから仕方ねえだろう、とか、だからって布団の中で粘るにも程がある、とか、たっぷり十分近く言い争った後、これ又何時も通り、何事もなかったかの如く『起き抜け口喧嘩』を切り上げ、食事を摂り、暫し寛ぎ、家事をし、その日は遅出だった警備員のアルバイトへ向かう時間がやって来るのは未だ先だからと、午前の内からポツポツ携帯に届き始めた、仲間達よりの、誕生日祝いのメッセージが綴られたメールを、わいわいと眺めて。

「ひーちゃん。誕生日、おめでとうさん」

「京一も。誕生日、おめでとう」

昼食時を過ぎる頃、漸く、そう言えば未だ言い合ってなかったと、居間の二人掛けのソファで、京一と龍麻は向き合った。

「こんなんも、もう七回目か?」

「うん、七回目。……早いよねー。初めて、二人して顔付き合わせて、おめでとうとか言い合ったの、十八の誕生日だったもんなあ……。あれが、一九九九年の話だから、えーと……あ、もう六年経つんだ」

「六年か。……色々あったけど、ま、今年も恙無く、って奴だな」

「まあねー。恙無くと言うか、何と言うか。年がら年中、ドタバタのまんまで来ちゃってるけど」

「しょうがねえって、それが俺等だろ? ──折角だからよ。今年の今日も、毎度毎度であれだけど、ちっとだけ、美味いモンでも喰うとしようぜ」

「そうだね。あ、そうそう。昨日、酒買って来たんだ。この間の麻雀大会の時、如月と壬生と村雨の三人が、口揃えて勧めて来た奴」

「……ああああ、あれか。じゃ、仕事終わったら、それ開けるか」

「その頃には、日付変わっちゃってるけどね」

別段、特別なことを語り合っている風でもなく、ひたすら、日常会話の延長のように、ぽんぽん、二人は言葉を交わし。

「………………京一」

「んー?」

「もう、あれから六年経ったけど。こうして誕生日迎えるのも、もう七回目だけど。これからも、ずっと、宜しく」

が、不意に龍麻が、ほんの少しだけ声の『重さ』を変えて、そんなことを告げた。

「んなん、改まって言う程のことでもねえだろ? この先も、ずっと、俺等の誕生日はこんなだって」

すれば京一は、何処となく呆れた風に笑った。

「……それもそうだね。色気は何処にも無いけど、この先も、ずっと」

「色気は、ベッドの中──

──きょーいちくーん?」

「握り拳を固めんな。冗談だっての。────こればっかりは、色気が無くてもいいんじゃねえの? 恋人同士って部分にゃ、充分過ぎる程の色気は必要だけどよ、親友同士、相棒同士、戦友同士って部分にゃ、色気なんざ要らねえしな。……だろ? だから、誕生日だからって特別なことする気もねえし。……そりゃ、一寸は考えたけどな。今年ばかりは『特別』か? って。でも、そういうのは俺達らしくねえな、って思い直したんだ」

「……………………うん。俺も、そう思うよ。……そっか、良かった」

「良かったって、何が?」

「俺も、そんなようなこと、考えてたからさ。その部分『も』、京一と一緒で良かったな、って」

呆れて、けれど笑って、龍麻が告げたことへ、京一がそんな科白を返したから、その時龍麻は、心底からの笑みを零した。

「任せろ。そこんトコは、絶対に読み違えねえ自信あるぜ。──俺達は、親友で、相棒で、戦友で、恋人で。だから、そのどれか一つに縛られる必要なんてない。……俺は、永遠に『今』のままでいいって思う。どれか一つに縛られたりしないで、『緋勇龍麻』ってお前と、『蓬莱寺京一』って俺のまま、ずう……っと、『お前』といられりゃいいな、ってさ」

顔綻ばせた龍麻をじっと見遣りながら、京一も、優しく笑みを深めた。

「……ありがと、京一」

「あ? 何で、そこで礼なんだ?」

「目に見えないプレゼント貰った気分になったから、かな」

「…………お前、プレゼントは、あれだろ。今晩、ベッドの──

──しつこいよ。……ほら、馬鹿言ってないで。アルバイトの時間だってば」

「お、もうそんな時間か。じゃ、ちょっくら働いて来るとしますか」

笑みに笑みを向け、笑みに笑みを返し、生まれたての獣のように、頬と頬を摺り合わせて、二人は、『誕生の日のやり取り』を、最後には冗談で流して、勢い良くソファから立ち上がり、部屋を歩き出した。

恋人同士になったけれど、恋人同士だけでは有り得ない自分達が辿る、永遠の今の中の、『ありふれた一日』を、ありふれたまま、歩んで行くように。

End

後書きに代えて

うちの京一と龍麻が、本当の意味で恋人同士になって、初めて迎えた誕生日絡みのお話でした。

どうしても、どう足掻いても、恋人同士になったから、誕生日だから、って、甘いことはしてくれそうにもありません、この二人(笑)。

真実、恋人同士になって初めて、恋人同士だけではね、ってことが、実感として掴めた二人です。

京一にとっての龍麻は、『緋勇龍麻』、龍麻にとっての京一は、『蓬莱寺京一』と、それぞれ、その一言に集約されているのです、この人達。

でも、夜中には、やることやったと思う(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。