それから。

「折角〜、ミサちゃ〜んが、教えてあげてるのに〜〜。ミサちゃ〜ん、悲しい〜。あんまり悲しいから〜、呪っちゃうかも〜〜」

と拗ねたミサに、御免なさい、御免なさい、本当に御免なさい、御免なさいですけど許して下さい、勘弁して下さい、と九龍はひたすら詫び倒し、這々の態で龍麻にバトンタッチした。

「ううううう。甲ちゃぁぁぁん……」

ハンズフリー機能をオフにした携帯電話を取り上げ直し、ミサと話し始めた龍麻をコッソリ睨んでから、九龍はべそ掻き顔で、傍らの甲太郎に泣き付く。

「想像しちゃった。色々諸々、しなきゃいいのにリアルに想像しちゃった……。挙げ句、あんな話をすらすら出来る裏密さんの実態とか正体とか、裏密さんが薬作ってる処とか、俺は、想像しちゃったんだ、甲ちゃん……っ! 俺、今晩眠れないかも知れないぃぃぃっ!」

「お前、どうしてそんな馬鹿な想像するんだよ……。……それにしても、何者なんだ、あの女……」

「裏密だかんなー……。……しっかし、相変わらずだな、あいつは。そっち方面の迫力満点っつーか。何処までも正体不明っつーか……。……あー、俺も、しなくてもいい想像しちまった……」

果たして、自分は九龍に同情していい立場なのだろうか、と悩みながらも、甲太郎は泣き付いて来た彼を条件反射で抱き寄せ、頭を撫でて慰めつつ唸り、完全な巻き添えを食った京一は、ちょっぴり青褪めた顔で、げんなり、力無くソファの背に凭れる。

「葉佩くーん?」

と、遠い目をして項垂れる三人の耳に、龍麻の、九龍を呼ぶ弾むような声が届いた。

「はい……。何でしょーか、龍麻さん……」

「これで、《秘薬》、手に入れられるよねえ? 裏密さんにも協力して貰ったしねえ?」

「……う。それは、その…………」

「『ちょぴり』だけ、手に入れるの難しそうな材料とかもあったみたいだけど、何とかなるだろう? って言うか、何とかするんだよね、葉佩君? ああ、でも、どうしても無理なら、裏密さんの『色々』の実験台になれば、その報酬代わりに彼女が作ってくれると思うけど、どうする? それが一番手っ取り早いだろうから、俺はお勧めだなー。……実験台になるから、って、もう一回電話してみる?」

「………………龍麻さん。御免なさい、本当に御免なさい。もう、龍麻さんや京一さんを、怪しいブツの実験台にするなんて馬鹿なこと、二度としませんから! 深く深く反省してますから! 馬鹿はもうしませんって、魂に刻みますから! 今回だけは勘弁して下さい!」

──その段になって、やっと。

龍麻の思惑と言うか、仕返しの内容が理解出来た九龍は、その場に土下座せんばかりになって、目一杯の詫びを入れた。

「……懲りた?」

「はい! 凝りました! 真剣に凝りました!」

「なら、今回だけは許してあげるよ。その代わり、もう二度と、俺達相手にあんな馬鹿な真似はしないように。いい?」

「そりゃもう!」

必死さ具合から、どうやら心底懲りたらしい、と龍麻も認めたようで、漸く、お怒りを鎮めた彼は、吊り上がりっ放しだった目を戻し、見る者を薄ら寒くする笑顔を引っ込め、

「皆守君も、葉佩君のこと甘やかしてばかりじゃ駄目だよ。くれぐれも、馬鹿はさせないように。皆守君だけが、葉佩君の防波堤なんだから。──お茶でも淹れようか」

甲太郎にも、嗜めと言うよりは懇願に近い一言をくれると、「もう、この騒ぎはこれでお終い」と、一人、キッチンへ向かって行った。

更に、その翌日。

流石に、一寸やり過ぎたかも、と龍麻は反省したらしく。

昨夜遅く、ミサに頼んで秘薬とやらを拵えて貰い、学園を抜け出し自ら受け取って来た彼は、「昨日、苛めたお詫び」と、九龍に差し入れた。

それを有り難く受け取り、九龍はその足で薬を咲重に届け、無事、報酬の、ラベンダーの香りのする抱き枕も貰った。

故に。

九龍が引き起こした、兄さん達をも巻き込んだ《秘薬》騒動は、打ち止め、と相成る筈だったのだが。

ちょっぴりだけ、九龍は納得がいかなかった。

確かに、媚薬──催淫剤を内緒で盛ったのは悪いことかも知れないが──実際、悪い……と言うか傍迷惑だが──、体に害を及ぼす薬ではないのは判っていたし、京一には大して叱られなかったし、そもそも。

龍麻があれ程キレたのは、薬の所為で、人様には決して語れないだろう、恐らくは濃厚で激しい『めくるめく一夜』を過ごすことなったからで、それは別に、悪いことなんかじゃない。

……としか、彼には思えなかった。

そんな風に思わなければ良かったのに、そんな風にしか思わなかった。

なので、「ちょーっと納得いかないー」な感じを、どうしても捨て切れなかった彼は、甲太郎の、止めとけ、いい加減懲りろ、絶対に俺はフォローしない、どうなっても知らないからな! との制止にも耳を貸さず、例の、龍麻にも効いた媚薬を再び拵えると、こっそり、龍麻には内緒で京一に贈った。

何も言わず、そっ……と、彼が己が手に握らせてきた謎な液体入りの小壜を京一は訝しんだが、やはり無言で、九龍が、グッッッ! と親指を立ててみせたら、小壜の中身の正体を察したらしい京一も、黙ったまま、グッッッ! と親指を立てて、物凄く爽やかに笑って。

それより、暫し時が流れ。

様々な成り行きが余りにも怒濤だった二〇〇四年のクリスマス・イヴを乗り越え、天香学園が冬休みに突入し、年が明けた二〇〇五年の正月。

歴史は繰り返された。

End

後書きに代えて

一遍書いてみたかった、媚薬ネタ。

でも、相変わらず、うちでは馬鹿な話にしかならないです(笑)。

一つだけ言える、多分、一番美味しい思いをしたのは京一。

尚、ミサちゃんが言ってた薬のレシピの出典のメインは(あるんです、出典)、『魔女と魔術の辞典』です。

ホントに、辞典な本です(笑)。

後は、似たような本達から、チョロチョローッと掻き集めた(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。