「ひーちゃん。九龍や甲太郎相手に、お前がそんなことしたら洒落にならねえって」

……あれ? もしかしなくても、龍麻さん、結構本気で怒ってるっぽい……? と、ギッチリ拳固めた龍麻を見上げ、ヒクッと九龍が顔面を引き攣らせれば、多少は見兼ねたのか、京一が待ったを掛けた。

「それは、京一の言う通りかも知れないけどさ…………」

ふんぞり返っていたソファから立ち上がり、わざわざ傍らまでやって来て、落ち着け、と肩叩いた京一を龍麻は睨み上げる。

「こいつ等とっちめたいお前の気持ちが判らない訳じゃねえけど、深刻な実害はなかったんだし、いい加減許してやれよ」

「あったっ! 俺にはあった、深刻な実害っ!」

「だーかーらー。勘弁してやれって。それに、あれは実害ってよりも、特典──

──何が特典だ、このド阿呆ぉぉぉっっ!!」

それでも、京一は苦笑しつつ龍麻を宥め続け、うっかり余計な一言を洩らして、盛大に龍麻にぶん殴られた。

「……おお。と言うことは、やっぱりあの媚薬は、惚れ薬じゃない方だったってことかな? 甲ちゃん?」

「そういうことだろ。この二人の反応からして」

「そう言えば、たった今思い出したけど、龍麻さんって、薬の類いは、あんまり効かないって前に言ってた筈でー。でも、そんな龍麻さんにも効いたんだから、やっぱ、ロゼッタの調合技術は優秀ってことだな、甲ちゃん!」

「そういう意味でならな。と言うか、そういう意味で『だけ』ならな。素っ頓狂な技術ってのに変わりはないが」

一言余計だった所為で、お手本のようなストレートパンチを喰らった京一を眺めながら、九龍は、ポン、と手を叩き、制服の胸ポケットから『似非パイプ』を取り出し銜えた甲太郎は、とどのつまり、結論はそれだ、と頷く。

「そこっ! 反省してないなら、ホントにぶん殴るよっ!?」

「すいません」

「悪かった」

懲りない彼等に、京一に制裁をくれた勢いのまま龍麻は吠え、慌てて、少年達は姿勢を正した。

その後。

正座させたままの少年達に、ぎゃいのぎゃいの、龍麻は文句を浴びせ掛けたが、どうしたって、どんな実害があったのかを彼は具体的に訴えられず、結局それは、ゴニョゴニョとモゴモゴで終わってしまい。

身から出た錆だけれど、漸く、うんざりなお説教から開放される、と九龍と甲太郎はホッと一息付いて足を崩した。

が。

龍麻には、未だ彼等を許すつもりはなかった。

来年の春が来れば七年目に突入する京一との付き合いで、「馬鹿を甘やかすと付け上がる=思い知らせるべき時には徹底的に」が身に染み付いている彼は、それを少年達にも実行する気でいた。

「処で、葉佩君? その、双樹さんに手に入れて欲しいって頼まれた《秘薬》、どうしても調達したいんだよね?」

故に彼は、肩の力を抜いた少年達へ改めて向き直り、何処となくの猫撫で声で話し掛け、

「え? そりゃ、まあ。引き受けましたから。それが何か……?」

あ、ひしひしと嫌な予感が……、と慄きつつも九龍は答える。

「なら。その手のことの専門家な裏密さんに、い・ま・電話するから、どうしたらいいか訊いてみたら? で、きっっっっっちり、調達するなり調合するなりするのがいいんじゃないかって、俺はそう思うんだけど。俺達を実験台にしてでも、手に入れたい薬なんだろう? ねえ? 葉佩君?」

すれば龍麻は、所々に必要以上の力込め、若干の嫌味も織り交ぜつつ、提案──正しくは命令──をし、己の言葉通り、スチャッ! とジーパンのポケットから携帯電話を取り出して、『新宿の魔女』として名高い占い師、裏密ミサに繋がる番号を押した。

「??? 龍麻さん?」

そんな成り行きに、九龍は不思議そうに首傾げた。

龍麻が、明らかな意趣返しをしようとしているのは充分過ぎる程に察せられたが、己の『お得意様』の一人でもある、その手の専門家なミサから《秘薬》をゲットする為の知恵を授けて貰え、との龍麻の提案──正しくは命令──は、自分達への意趣返しには成り得ない処か、寧ろ、協力にしかならない、としか思えなかったから。

────……うん。……うん、そうそう。そういう訳でね、悪いけど、葉佩君に詳しいこと教えてあげて貰えないかな。……そう? 御免ね、裏密さん。じゃあ、一寸待って」

けれども、訝しむ彼を他所に、龍麻はさっさと話を纏めると、携帯をハンズフリーにして、コトリ、リビングのテーブルの上に置いた。

『ひ〜ちゃ〜ん? 聞こえる〜〜? もう〜、葉佩く〜ん達とも話せるの〜〜?』

と、途端、携帯から、例の、聞いているだけで背筋がゾクリとして嫌な汗が流れる、ミサの不気味なトーンの声が響いて、

「え? あ、ええっと。裏密さん、葉佩です!」

眼差しだけで龍麻に促された九龍は、戸惑いつつも、回線の向こうのミサに話し掛けた。

『あ〜、大丈夫ね〜。──葉佩く〜んは、《秘薬》が欲しいのよね〜?』

「はい。一寸、依頼されまして。で以て、引き受けちゃいまして」

『そうなのね〜〜。媚薬〜って言うか〜、惚れ薬なら〜、ミサちゃ〜ん、ある所知ってるけど〜、知りたい〜〜?』

「え、裏密さん、そんなこと知ってるんですか!? 教えて下さい!」

『いいわよ〜〜。先ず〜、アイルランドに行って──

──すいません。アイルランドには行けません。今は行けません」

『え〜〜〜。行けないの〜〜? じゃ〜あ〜、自分で作る〜〜?』

「出来れば、って言うか、目一杯その方向でお願いします」

一体、龍麻さんはどういうつもりなんだろう……? とビクビクしながらミサと話し出せば、とてもあっさり、《秘薬》の在処を知っていると彼女に打ち明けられ、「え、マジで龍麻さんのこれって、意趣返しじゃなくって単なる協力?」と、内心で一人盛り上がり、が、直ぐに、取りに行くのは無理! と泣きを入れる羽目になった九龍とミサのやり取りは、以降、惚れ薬の製造方法へと移り。

『なら〜、材料言うから〜、メモして〜。いい〜? 言うよ〜? 赤ワインと〜、紅茶の葉と〜、エジプトのテーベでしか採れない阿片と〜、マンドラゴラ──

──裏密さん。御免なさい、もうちょーーーっと、難易度下げて下さい!」

『……も〜〜。葉佩く〜ん、我が儘ね〜。じゃあ〜、墓石から集めた煤と〜、蛙の毒と〜、山賊の肉──

──人肉はNGでお願いします。我が儘で御免なさいって本当に思ってるんですけど、心から思ってるんですけど、教えて貰ってるくせに、俺! とも思ってるんですけど、流石にそれは。それだけは!!」

『………………。……なら〜、鳩の心臓と〜、雀の肝臓と〜、燕の子宮と〜、兎の腎臓〜。これならいいでしょ〜〜?』

「……え、ええ。まあ……、今までのよりは、難易度低いと言いますか、何と言いますか……。でも、この季節に燕…………」

『それは〜、何とかするのよ〜。宝探し屋でしょ〜〜? でね〜、その四つをカラカラに乾かして〜、粉になるまで擦り潰したら〜、薬を飲ませたい相手の血を〜、結構多めに抜き取ってきて〜、混ぜて〜、練って〜〜』

「…………御免なさい。裏密さん、本当、御免なさい! 無理です! どれもこれも俺には無理ですっ。無理ぃぃぃぃぃ!」

しかし、自家製造の道も材料の段階で九龍は挫折し、再びミサに泣きを入れた。