九龍妖魔學園紀×東京魔人學園伝奇
『sweet home 〜再び〜』
蓬莱寺京一と緋勇龍麻の間で、その一寸した言い争いが始まったのは、二〇〇五年の正月を終えて暫くが経った頃からだった。
──京一は、実母に「本当にお前は、将来性の消える道ばかり選んで」と溜息付かれつつ、龍麻は、育ての母に「どうして、そんな将来を選ぶの……」と泣かれつつ、それでも最終的には二人共、両親より「お前の人生なのだから、お前の思う通りにしなさい」との許しを貰い、高校卒業直後、晴れて、念願だった修行の旅をすべく中国に旅立ってより五年数ヶ月。
そもそもは一寸した切っ掛けで日本に舞い戻って、けれど好き好んで厄介事に首突っ込んだ所為で、以降、丸々三ヶ月、様々な意味で忙しなく過ごしていた彼等は、帰国した旨を実家に伝える処の騒ぎではなかったのだけれど、首突っ込んだだけでなく、頭の先から足の先までどっぷり浸かってしまった厄介事もケリが付いたので。
身動き取れるようになった、その年の正月が終わった辺りから、龍麻は、実家に連絡を取れ、と京一を責っ付き始めた。
その頃には龍麻は、長野の片田舎にある実家に連絡を済ませており、が、京一は、実家のある新宿区内で暮らしているくせに、億劫がって、電話の一本も入れようとしなかったから。
なのに、そんな龍麻のお小言を、「その内な、その内」と、京一は聞き流すばかりで、始めの内は、当人の弁通り、幾ら何でもその内にはちゃんとするだろう、と龍麻は思っていたが……、何時まで経っても、京一が生家に連絡を入れようとしないので。
一月の半ばが過ぎた頃から、龍麻から京一への、「実家に連絡を入れろ」のお小言は激しくなって、「ちゃんと、その内に入れるっつってんじゃんよ」との、京一の口答えも激しくなって。
以降、京一の『ずぼら』を軸にした二人の一寸した言い争いは、幾度となく繰り返されるようにもなった。
龍麻にしてみれば、実家に、「帰国してるから」の一言で済む、至極簡単な連絡さえ入れようとしない京一のずぼら加減は理解出来ないもので、京一にしてみれば、そのような連絡なぞ入れずとも、便りがないのは良い便りで済む、との己の主張を頑として受け入れようとしない龍麻の小言は積極的には耳を貸したくない代物で、だから彼等の言い争いは、何時まで経っても平行線を辿っていたが、そんなこんなが始まってより一週間程が経った一月下旬から二月の中旬に掛けて、彼等は引っ越しをしたり、首突っ込んだ厄介事を片付ける手伝いを頼んだ仲間達に借りを返す為に奔走したりと、それまで以上に忙しく過ごさなくてはならなかったから、その間、言い争いは鳴りを潜めていたのだけれども。
忙しい日々も大分落ち着いてきた、二〇〇五年二月下旬。
再び、京一の実家への連絡に絡む彼等の言い争いは、勃発した。
「もう二月の下旬になるのに、何で電話の一本も入れないんだよ。いい加減、日本に帰ってるって連絡しなよ。蓬莱寺のおじさんもおばさんも、絶対心配してるって。大体、ここから京一の実家まで、歩いたって十五分掛からないのに、何でそんなに億劫がるんだよ」
「ひーちゃん、又、その話か? 何遍も言ってんだろ? 特別、用事がある訳じゃないんだから、一々連絡なんかしなくたって構わねえって。その内にゃ、ちゃんと入れるっつってんじゃんよ」
────後、一週間足らずで二月も終わる、二十五日、木曜。
西新宿の片隅にあるマンスリーマンションの狭い一室で、龍麻と京一は、もう一ヶ月の上続いている『プチ言い争い』を、その日も繰り返していた。
「だーかーらー! その内その内って、もう何週間経ってると思ってるんだよっ。そりゃ、蓬莱寺のおじさんとおばさんは、凄くおおらかな人達だけど、自分の息子が何処で何してるか、気にならない訳ないだろう? それでなくても俺達、仲間の皆にも、お互いの実家にも、一年半の上、行方晦ませたんだからさ。無事だ、って連絡入れるくらいしたって、罰は当たらないってばっ」
「そりゃ、まあ。罰は当たらねぇだろうけどよ。面倒臭──」
「──面倒臭い、とか、人の道に外れたこと言わないっ!」
平日だけれども『仕事』からは開放されたその日、昼日中から、彼等は声高に、互いの主張をぶつけ合い。
「………………じゃあ、ひーちゃん。電話なんてまどろっこしいことしないで、来週の土曜、実家に顔出し行くから。お前も付き合えよ? 嫌とは言わせねえからな」
事あるごとに、連絡を入れろ何のと、ぎゃんぎゃん喚き立てる龍麻の小言に、内心、辟易していたのだろう京一は、つい、『言わずにおこう』と思っていたことを、勢いで舌の根に乗せてしまった。
今の今まで、二人でコーヒーを飲みながら他愛無い話に興じていたのに、又、始まった……、と少々の苛立ちにも背中を押されて。
「え? 俺も? ……でも、それは遠慮した方がいいかなって思うんだけど…………」
「何でだよ」
「だって……、六年近く振りに実家帰るんだから、親子水入らずの方がいいじゃん。おじさんだって、おばさんだって、他人に邪魔されたくはないだろうしさ」
────お前の言う通り、帰国の報告をしに実家に行くから、お前も付き合え。
……そう京一に告げられた途端、それまでの勢いをなくし、急に、ぼそぼそとした小声で喋り始めた龍麻は、視線を泳がせつつ、同行への尻込みを始める。
「そんなことねえよ。親父もお袋も、ひーちゃんのことだって待ってると思うぜ? つーか、寧ろ、俺より、お前が顔出すの待ってるだろうし?」
「そんなことないって。おじさんもおばさんも、俺のこと、凄く可愛がってくれたけど、俺はやっぱり、その、他人だし…………」
「関係ない。……いいな? 付き合えよ?」
「京一……。その…………」
一方、京一の語気は強くなって、龍麻は益々、小声になり。
「………………悪かった。つい、しつこい、とか思って意地の悪いこと言っちまった。……御免な? ひーちゃん。追い詰めるみたいにしちまって」
どうしたらいいか判らなくなってしまった子供のような、酷く頼りない表情を龍麻が浮かべたのを見て、京一は謝罪を告げ、立ち上がると、小さなテーブルを挟んだ向こう側にいる龍麻の傍らに腰下ろし直し、俯いた彼の髪を、くしゃりと撫でた。
「京一?」
「知らんぷりしようって、決めてたんだけどな。ホントに、つい、勢いに任せてって奴でさ」
「へ? 何が?」
「…………薄々、気付いてたんだよ。ここんトコ、お前が殊更、実家に連絡入れろって喚き立てる理由の一つに。ひーちゃんは、そーゆートコ、俺よりも遥かに真っ当だから、実家への連絡とかはちゃんとするのが当たり前、って思ってるのも本当だろうけど。……それだけじゃねえだろ?」
「それだけじゃない? え? そんなことないけど?」
「もう、今更誤摩化さなくったっていいって。……ひーちゃん。お前、俺と『そういう関係』になったのを、俺の親父やお袋に申し訳ないって思ってるだろ。そういう引け目があるから、実家に連絡入れろって、口うるさく言ってんだろ? ……それ、判ってて、あんな風に追い詰めること言っちまったから。…………悪かった」
何となくの察しは付いたけれど、何故、突然京一に謝られたのかの本当の処が判らず、戸惑っていたら、詫びた理由を教えられ。
「……俺の方こそ、御免。……うん。確かに俺、蓬莱寺のおじさんやおばさんに、俺達がこうなったの、申し訳ないって思ってる……」
小さなテーブルの上の、冷たくなってしまったコーヒーカップを見詰めたまま、龍麻は、そっと詫び返した。