京一に言い当てられた通り。

本当の意味で、京一と恋人同士という関係『にも』なれた去年のクリスマス・イヴが過ぎて少々が経った頃から、徐々に、龍麻の中で、京一の両親に対する申し訳なさが募り始めたのは事実だった。

京一との恋愛模様を巡る悩みを抱え始めてから過ぎた約二年の間は、そのようなことに考えを巡らすゆとりすら龍麻にはなかったけれど、恋愛模様的には、念願、と例えても差し支えないだろう想いが叶って、自分と京一は恋人同士でもあるのだ、と胸張れるようにもなって、思考や感情の落ち着きを取り戻した途端、彼は、心の片隅で、こっそり現実を振り返ってしまった。

自分達は、同性愛をしている、という現実を。

世間では、それを禁忌と看做すことも。

……龍麻にしても京一にしても、同性しか愛せない訳ではない。

彼等にしてみれば、たまたま、惚れた相手が同性だった、というだけの話で、互いの性別を鑑みつつ恋愛感情を抱いたのでもなく、言わば、『己という存在にとっての唯一無二で、絶対の相手』に恋愛感情をも抱いてしまっただけのなのだが、世間は、そうは見てくれないから。

同性同士の恋愛が、それなりには認知されつつある昨今とは言え、どうしたって、異端、との誹りは免れないだろうから。

龍麻が、京一の両親に対して申し訳なさを感じ始めたのも、或る意味では道理なのかも知れない。

高校時代、まるで実の息子の如くに接して貰った思い出があるから、尚更に。

京一とて、『今の世間が正しいと定める道』という意味では、龍麻の人生を狂わせてしまった、との申し訳なさを、龍麻の義理の両親と実の両親の双方に対して抱いてはいるけれども、彼は、驚異的なまでに思い切りが早い口だから、何かの際や何かの折には、龍麻と己の関係を、何としてでも、どんなことをしてでも、龍麻の二組の両親に認めて貰おう、との覚悟を疾っくに決めてしまっている為、この問題は、京一とっては既に、悩む必要などないこと、とされているが、何事に付けても悩み易く、一寸したことで簡単にドツボに嵌る龍麻に、京一のような発想が出来る訳もなく。

唯々、止むことない雪のように、京一の両親に対する申し訳なさは、彼の中に募る一方だった。

京一の両親とて、何時の日か、京一が、結婚すると定めた女性を家に連れて来るのを、その女性と結婚して子を生すのを、夢見ているだろうに、と。

……だから。

この約二ヶ月、龍麻が殊更、帰国を伝えろ、実家に連絡を入れろ、と京一に口うるさく言ったのは、そんな申し訳なさの裏返しだった。

自分のそんな想いに、京一は気付いていないだろうと龍麻は思っていたが、時折、野生、としか言い様の無い勘の良さを発揮する京一は、龍麻の気持ちをちゃんと察しており、故に、龍麻の言う通り、実家に連絡を入れたら入れたで、龍麻が余計に、己の両親に対する申し訳なさを募らせるだけだろうと判っていた彼は、空っ恍けて、わざと実家に連絡を入れなかったのだけれど……、少々の苛立ちに負け、龍麻が隠し続けてきた『引け目』を暴いてしまい。

「ひーちゃんが、謝る必要はねえよ」

────気付かぬ振りを貫き通そうと思っていたのに、うっかり暴き、そして晒してしまったことへ、小声で謝ってきた龍麻に、京一は、気楽な調子で言った。

「でも……、俺がそんな風に思ってるって判ったら、京一、機嫌損ねて怒るんじゃないかって思ってて……。……実際、お前、怒ってるだろう……?」

どうせ、暴かれて、そして晒されてしまったのだから、と龍麻は、素直に己の中の『引け目』を認め、一層俯いた。

「まあ、な。怒ってるってのとは一寸違うけど、どうして、そんなこと気にするんだか、とは思ってる」

俯きを深める一方の龍麻の髪を、もう一度掻き回しつつ、京一は、軽い溜息を零す。

「普通は、気にすると思うけど。気にせずにはいられないって言うかさ……」

「ひーちゃんの気持ちは判るけどな。俺だって、お前の親御さんには申し訳ねえって思ってる部分あるし。でも、俺は、お前との関係、なかったことにするつもりはねえし、止めるつもりもないから、どんなことしてでも、認めて貰えるようにすればいいって思ってる。だからって、敢えて、お前の親御さんに、俺達の関係のこと、伝えるつもりもないけどな。少なくとも、今の処は。何時かは、ちゃんとしなきゃいけねえんだろうって、判ってるけど」

「…………一生、隠し通せる訳ないことくらい、俺にだって判ってるんだけどさ。だから、何時かは、ちゃんと打ち明けなきゃ駄目だってことも、判ってるんだけど……。俺だって、誰かに何か言われても、反対とかされても、京一とのこと、なかったことにするつもりも、止めるつもりもないから。でも、それと、申し訳ないって気持ちは、別次元って言うか……」

京一の溜息に続き、龍麻も又、深い溜息を吐いた。

双方が付いた溜息の意味は、全く違ったけれど。

「なあ、ひーちゃん? さっきの『実家に付き合え』は、売り言葉に買い言葉って奴なんだけどよ。来週、マジで実家に行くことにするから、付き合わねえ?」

己のそれとは意味合いの違う、暗い溜息を龍麻が付いたからか。

何を思ったのか、京一は、そんなことを言い出した。

「京一、それは…………。俺、どんな顔して、蓬莱寺のおじさんやおばさんに会えばいいか判らないから、勘弁して……」

故に龍麻は、俯かせていた面をパッと持ち上げ、絶望的な表情で、京一を見遣った。

「平気だっての。気にするこたねえって。家の親共の性格、ひーちゃんだって判ってんだろ? 繊細って言葉とは無縁な、滅多なことじゃ動じない夫婦だって。さっきも言ったみたいに、少なくとも今の処は、敢えて俺達の関係打ち明けるつもりはねえけど、しんば打ち明けたって、兎や角言う筈ねえし、言わせるつもりもない。だから、付き合えって。一遍、覚悟決めて顔出しときゃ、ひーちゃんも、そのドツボから抜けられるかも知れねえし。それに、お前置いて俺だけ帰ったら、どうしてお前を連れて来なかった、って文句言われんの目に見えてるしな。連絡入れたら入れたで、だったら、お前連れて一回顔出しに来い、って言われるだろうし」

だが、『実家に付き合え』発言を、京一は撤回せず。

「えーーー…………。……でも、この先、一生会わずに通す訳にもいかない、よね…………」

「だろうな。確実に」

「だよねえぇぇ……。………………判った。じゃあ、覚悟決めて付き合う……」

どうしたって、この上もない申し訳なさは消えないが、この先、二度と、京一の両親に会わずに済ませられよう筈も無い、との現実に直面した龍麻は、清水の舞台から飛び下りる覚悟を決め、京一の申し出を承諾した。