九龍妖魔學園紀

『Compleanno Capriccio』
─誕生日狂詩曲─

二〇〇五年 一月一日。

「それじゃ皆、改めてー。──Happy New Year! 新年、明けましておめでとうー!!」

年が明けたばかりの元旦の午後、東京都・新宿区所在の、私立天香学園高等学校敷地内にある阿門家の館で、彼、葉佩九龍は、始まったばかりの新年会の席にて、生意気に、乾杯の音頭を取っていた。

学園の敷地の中に館がある、のではなく、阿門家の敷地内に学園が設立された、と言った方がより正解な、故に、古めかしさと由緒正しさを誇る、生徒会長・阿門帝等の生家でもあるそこで、新人宝探し屋の彼と、彼のバディ達は、大晦日だった夕べ、学内にあるファミリーレストランのマミーズで行った年忘れパーティーに引き続き、新年会を催していた。

永きに亘り学園を覆い続けていた古の《呪い》や、太古の遺跡や《墓》や《墓守》の宿命、といったことから、九龍によって開放された仲間達の誰からともなく、「全てのことが終わったのだから、ここは一つ、忘年会や新年会と洒落込もう」との話が出たのは、全てのことに決着が付いた、余りも怒濤だったクリスマス・イヴの数日後で、恐ろしく且つ激しく意外なことに、そのような馬鹿騒ぎには、これっぽっちも興味を示さない口の阿門が、場所を提供してもいい、と言い出した為、少年少女達の新年会は、二十一世紀となったこの平成の世でも、九龍達が唖然とする程に優雅で豪華な館の、広い食堂が会場となった。

……口数が少ないことには定評のある阿門は黙して語らぬから、恐らく、という奴だが、彼が、新年会の会場に己が館の一室を貸し出すに至ったのは、どうやら、阿門家の執事であり、阿門にとっては『じいや』でもあるのだろう千貫厳十郎に促されたかららしい。

生まれる以前から、阿門家当主となることと、《墓守》の長となることを運命付けられていた『坊ちゃま』を、その運命と宿命から開放してくれた九龍に、千貫も思うことは色々あったのか、礼代わり、という訳でもなかろうが、お祭り騒ぎ好きの九龍の為に、『坊ちゃま』に口添えをしたようで。

九龍が音頭を取った乾杯を終えて直ぐさま、戦闘から家事・子育て全般まで完璧にこなせる敏腕執事手ずからの、新年と、九龍の誕生日を寿ぐ為の料理へ、九龍以下、『殆ど』のバディ達は次々、手を出していた。

宴会開始直後だというのに、物凄い盛り上がりを見せつつ。

────……そう。

その新年会の席は、九龍の誕生日祝いも兼ねていた。

新年会が、彼の誕生日パーティーでもあるのを知っていて、敏腕執事殿も、『坊ちゃま』に口添えをしたのだろう。

尤も、具体的な病名を綴るなら『全生活史健忘』と相成る、所謂処の記憶喪失に陥った過去持ちの九龍が、学園に提出した履歴書に綴り、仲間達に自己申告した誕生日は、彼自ら定めた『仮』の誕生日でしかないから、クラスメートでもある八千穂明日香に、「新年会の時に、九チャンのお誕生日パーティーもしようね!」と持ち掛けられた際、九龍自身は、若干の遠慮を見せたのだけれど。

いざ、新年会兼誕生日パーティーが始まったら、途端、彼は、「誕生日パーティー! 俺の為のお誕生日会!」と一人舞い上がってしまって。

浮かれっ放しの九龍とは対照的に、彼のバディの筆頭で、親友兼相棒兼恋人な皆守甲太郎は、あからさまに、そして酷く不機嫌そうにしていた。

例え、仮の、とは言え、一月一日が、九龍が自ら決めた、彼の誕生日であることには違いなく、折角の日を、恋人と二人だけで祝いたいと思っていたのに、その目論見を見事に潰されたからだ。

更には、千貫が拵えた料理の中に、カレーライスも、カレーベースの味付けの物もなかった、というのも相俟って、瞬く間に『カレー馬鹿』でもある彼の機嫌は最悪になり。

あっという間に仲間達に取り囲まれた九龍を横目に、積極的にはそういう輪の中に混ざらない──若しくは混ざれない──、馬鹿騒ぎが始まっても寡黙なままの阿門の隣の席で、彼は、ノンアルコールのシャンパンを舐めていた。

疎遠のようになっていた時期もあるにはあるが、甲太郎と阿門の、《生徒会副会長》と《生徒会長》として、ではなく、友人として、の付き合いは、双方が学園に入学した直後から続いているし、クリスマス・イヴの夜の戦闘の最中、九龍が揶揄した通り、似た者同士な、揃って馬鹿騒ぎが苦手な二人は、互いが保つ沈黙が、いっそ、心地良く感じるようで。

ふて腐れている風な甲太郎が、ドカリと、隣の椅子に行儀悪くふんぞり返りながら、行儀悪くシャンパングラスの中身を舐めていても、阿門も何も言わなかった。

……が。

九龍と甲太郎が揃って深い縁を持った、彼等の『あにさん』達の一人の、『脅威の野生の勘』を誇る蓬莱寺京一の見立てでは、阿門との仲は「友人以上恋人未満ってトコじゃねえ?」らしい双樹咲重が、ノンアルコールのワイン──即ち、ブドウジュース──で満たされたグラス片手に、阿門に、甲太郎に言わせれば「ちょっかい」を掛けに来たので。

「チッ…………」

うるさい女が……、と、苛々と髪掻き上げつつ、咲重から逃げるように舌打ちしながら席を立った甲太郎は、いい加減、仲間達から九龍を取り返そうと、騒ぎの輪へ近付いた。

「あっ! 甲ちゃん、一寸手伝って!」

彼に内緒で九龍が授けた、彼の秘かな渾名である、『嫉妬大魔神』の名に恥じない表情、態度、足取りで、数多い仲間達を、さも排除する風にやって来た恋人に気付いて、九龍は突然、声を張り上げる。

「あ? 手伝え?」

「うん! 『H.A.N.T』のさ、──って所に、『Rosetta』ってフォルダ突っ込んであるから、それ、開いといてくんない?」

「はあ? そんなこと程度、自分でやれ」

「今、忙しいんだって。たいぞーちゃんと千貫さんに手伝って貰って、準備の最中!」

「準備? ……おい、何を始める気なんだ、九ちゃん……」

恋人の目一杯の不機嫌を受け流し、にこぱらっ、と笑みながら彼を振り返った九龍は、私服のポケットから『H.A.N.T』を引き摺り出し、ぽいっと甲太郎へと投げて、勢い、それを受け取った彼は、少々毒気を抜かれた風になった。

「んーー? ちょーーーっと、皆のリクエストにお応えしようかと思ってさー」

「リクエスト?」

「あ、あのね、皆守クン!」

肥後大蔵と千貫、という組み合わせに手伝わせて、一体、何を始める気なんだと訝しんだ甲太郎に、九龍は、「リクエスト!」と一言だけ答え、益々、訳が判らない、との顔付きになった彼に、パーティーが始まった時から九龍と一緒になって騒いでいた明日香が、解説を始めた。

「今ね、九チャンが所属してるっていう、ロゼッタ協会の話をしてたの。でね、前々から話には聞いてたけど、どういう所なのか具体的にはよく判らないって言ったら、九チャンが教えてくれることになってねー」

「…………ロゼッタ、な。あんな所の実態なんか知って、どうしようってんだ? 馬鹿馬鹿しい事この上無い団体だと、俺は思うが?」

「いーじゃない! あたし達は知らないし、知りたいもん! 皆守クンは、その辺のことも九チャンから詳しく教えて貰ってるかも知れないけどさ。副会長サンだったのに、一番九チャンと仲良しだったからーーーっ」

「…………八千穂。いい加減、その話は止めろ」

「べーーー、だ。今まで、あたし達にも、そのこと黙ってた仕返しだよー、だ」

先日来より続けている、甲太郎の『正体』に絡む嫌味をも織り交ぜつつ、明日香は、『リクエスト』とは何か、を語り。

ぶつけられた嫌味に溜息を付きながら、碌でもないことが始まりそうだ、と、甲太郎は天井を仰いだ。