だが。

己の額押さえつつ甲太郎が真上を見上げて嘆いても、仲間達は盛り上がって行く一方だった。

「九チャン、何見せてくれるのかなあ。楽しみだねー、白岐サン!」

「ええ、そうね。九龍さんが所属している団体なのだから、珍しい何かかも知れないわね」

うきうきと声弾ませる明日香に、彼女と並んで立っていた白岐幽香は、微笑みを送り。

「私も楽しみです。もしかしたら、古代文明に関わる何かの映像とか、資料とか、そういう物かも知れませんし」

「リカも楽しみですの。九サマの秘密が、少しだけ覗けるような気がしますの」

「だとしたら、あたしも知りたいわ。九龍の秘密って、そそられるもの」

「あっ、それは同感ですねー。九龍君の秘密って、興味湧きますよね」

次々、明日香と幽香の周囲に集まって来た女性陣──七瀬月魅、椎名リカ、咲重、舞草奈々子達は、好き放題、語らい始め。

「九龍の秘密云々は兎も角。ロゼッタには、とても興味があるんだ、俺も」

「石かい? 石のことかい、九龍博士? 珍しい鉱物とか!?」

「ロゼッタかあ……。はっちゃんが所属してる協会って、どんな風なのかなあ……」

「ダーリン……。ダーリンが自分から、アタシ『だけ』に秘密を打ち明けてくれるなんて、シゲミ、感激……」

「……龍さんは、そういうつもりでいる訳ではないと思いますよ、朱堂君」

「隊長の所属する部隊を、知れるでありマスカ?」

「ボク、ロゼッタノコト、知ッテマース」

「…………ったく。揃って能天気っすね、センパイ方はっ」

「夷澤君っっ。先輩達に、そんなこと言っちゃ駄目だってば……っ」

夕薙大和や、黒塚至人や、取手鎌治や、朱堂茂美に神鳳充、墨木砲介、トト、夷澤凍也、響五葉、といった男性陣も、わらわらと集まって来た。

「おい、お前等…………」

────確かに明日香が言った通り、甲太郎は、九龍を除いたこの場の誰よりもロゼッタ協会のことをよく知っている。

国際的なトレジャー・ハンターギルドだということも、九龍に碌でもない仕打ちをした碌でもない組織だということも、オカルト的な意味での裏社会の有名人な、『黄龍の器』と『剣聖』に喧嘩を売るという間違った度胸を持つ、そのくせ、激しく馬鹿な一面を持つ団体だということも。

…………そう、馬鹿なのだ。

甲太郎に言わせれば、ロゼッタ協会は、様々な意味で、馬鹿以外の何物でもないのだ。

故に、このまま放置すれば確実に始まってしまう、どう考えても馬鹿な結末を辿るとしか彼には思えない騒ぎを、何とかして阻むべく、呆れた声を仲間達にぶつけながら甲太郎は、チロッと、阿門の方を見たが。

「好きにさせてやれ、皆守。葉佩がいいと言うのだし、俺も、ロゼッタとやらには、少なからず興味がある」

「阿門……。本気か……?」

彼までが、本当に僅かだけ心動かされたような顔をして、そんなことを言ったので、馬鹿騒ぎを止める最後の砦も破られた、と、甲太郎は絶望的な目をした。

「出来ましたでしゅ!」

「九龍様、これで宜しゅうございますか?」

と、そこへ、折良く──ひょっとしたら折悪しく──、肥後と千貫が、何処かの部屋から引き摺って来た、九龍のご所望らしい大型テレビを、手際良くセットし終えた声が上がり。

「お、サンキュー! 甲ちゃん、『H.A.N.T』!」

「あ? あ、ああ……」

ぶちぶちぶちぶち文句を言いつつも、無意識に、九龍に言われた通り、『H.A.N.T』の中の、『Rosetta』なるフォルダを開いていた甲太郎は、手の中のブツを、大人しく持ち主へと返却してしまった。

「葉佩。何をするつもりなのかは知らないが、本当に、ロゼッタ協会の詳細を、この場で披露しても問題無いのか? お前のような宝探し屋を排出する組織なのだ、良くも悪くも、大きな、しっかりした組織なのだろう。その分、規律や守秘義務も厳しいのではないか?」

「おおう。心配してくれてサンキューな、帝等。でも、無問題。皆には、俺はロゼッタ所属のトレジャー・ハンターだって、疾っくにバラしちゃってるしさ。それに、俺が、天香の遺跡に誰と何時潜ったかってのは、ロゼッタにバレバレだから。探索中の遺跡に潜ると、『H.A.N.T』が勝手に、探索従事者の生命反応みたいなの拾って、本部に伝えちゃうんだよねー。だから、その辺は俺も、正直に報告しちゃったから、今更な訳だ、これが。……という訳で、心配ご無用! 勿論、誰に見せても平気な物しか、お披露目出来ないけどね」

勢いに流されたように甲太郎が差し出した『H.A.N.T』を受け取って、ぶしぶしと、食堂南側の壁際中央に設置されたテレビの接続ケーブルに繋ぎ始めた九龍へ、一応……、と阿門は気を遣ったが、九龍は、彼の気遣いに笑いと暴露で返し。

「やっぱ最初は、ロゼッタの歴史みたいなのを、お披露目するのが王道かな、甲ちゃん?」

「そんなことで、俺に同意を求めるな」

「えーー」

「えー、じゃないだろ。第一、俺だって、ロゼッタの歴史を纏めた映像だか資料だかをお前が持ってるだなんて話、初耳だ」

「およ? 甲ちゃんにも見せたことなかったっけか? んじゃ、それからLet's お披露目、ということで!」

甲太郎を巻き添えに漫才を展開しながら彼は、ぽちっと、『H.A.N.T』の何処ぞを押した。

すれば直ぐさま、一同が注目を注ぐ大型テレビの画面にカラフルな何やらが映り、スピーカーからは軽快な音楽が流れ。

「……九ちゃん」

「……何でしょーか、甲ちゃん」

「俺は今、お前に、本気の上段蹴りを喰らわせたい衝動に、どうしようもなく駆られてるんだが、受けて立つ気はあるか?」

「そんな気は、きっぱりはっきりありません。甲ちゃんの本気の上段蹴り喰らったら、俺、胴体から首もげて、三途の川渡る羽目になるし? ……ってか、甲ちゃん、何でそんな衝動に?」

「駆られるだろう、普通っ! こんっっ……なに、顎外れる程馬鹿馬鹿しい、何処から突っ込んだらいいのかの見当すら付かない、下らない物見せやがってっ!!」

「……そんなこと言われても。一応、これ、協会本部作成の、公式資料なんだけど。俺が悪い訳じゃないんだけど。そりゃ俺だって、ちょーーーっと、幾ら何でもこれはどうかなー、って思う処がない訳じゃないけどさぁ。……あ、因みにこれ、日本支部バージョンだから」

────約五分前後の作品だった、九龍曰く、ロゼッタ協会本部作成の、ロゼッタ協会が設立されるに至った経緯と歴史を纏めた、公式資料映像を観終わった途端。

それが始まった直後から終了するまで、ひた……っすら沈黙を保っていた甲太郎は、自身と、彼同様、最初から最後まで沈黙しつつ画面を眺めるしか術がなかった仲間達の心情を、行動で以て示そうとした。

無論、九龍は、《力》を持つ甲太郎の本気の蹴りなどNo thank youと、彼より若干身を引いたが。

「そんなプチ情報はどうでもいいっ! ロゼッタが身内のお前自身、幾ら何でも、と思うなら、嬉々として披露するんじゃない、この馬鹿っ!」

だが甲太郎は、本気の上段蹴りをくれてやる代わりに、ドゲシッ! と、逃げ腰になった九龍の臀部を盛大に蹴っ飛ばした。

それくらいのことをしてやらなければ、到底、彼の気は済まなかった。

ホントーー……に少しだけ、世界最大規模のトレジャー・ハンターギルドが設立されるに至った経緯とは、一体……、と興味を抱いたのに、ロゼッタの歴史を纏めた『ロゼッタ協会公式資料映像』は、一言で言えば『人形劇』だったから。

──某公共放送が夕暮れ時に流す子供向け人形劇を大幅に劣化させたような、兎と熊の『縫いぐるみ』演じる劇のストーリーは、有名なお伽噺のパロディ版だった。

洗濯をしに行ったら、ラッキーなことに巨大な金塊を見付けたのに、欲を掻いて金塊に押し潰された不幸なおじいさんと、激しく現実的な計算を立て、より儲ける為に、血迷ったおばあさんが『王水』で磨いて溶かしてしまった金塊の中より生まれ、長じた後、トレジャー・ハンターとなり、鬼が島に鬼退治に行ったら、秘宝をゲットした途端、やはり、うっかり罠に潰された金太郎かねたろうと、どうやったのやら、死の間際、金太郎が宅急便に出していた秘宝を受け取り、労せず丸儲けとなり、その秘宝を売り捌き、トレジャー・ハンターの為の組織──後のロゼッタ協会を設立した、勝ち組のおばあさんの物語。

「超が付くウルトラ馬鹿なお前にも飲み込めるように、もう一回言ってやる! こんっっっなに、どうしようもなく下らない物を、二度と見せるなっ!!」

……故に。

見せられたそれに、呆れを通り越し、盛大な怒りを覚えた甲太郎は、蹴っ飛ばされ、勢いつんのめった九龍を、目一杯踏ん付けた。