翌、一月八日、土曜。
十日の月曜から始まる三学期に備える為、生徒の殆どが帰寮した学内は賑やかさを取り戻しており。
丁度正午の頃合い、マミーズは何時も通り、人々で溢れ返っていた。
九龍も又、一緒にお昼を食べようよ! とメールを寄越した明日香の誘いに乗って、甲太郎も交えた三人で、混み合っているマミーズの一席を占めていて。
「……ねえねえ、九チャン」
『何時もの』を、スプーンで口に運んでいた途中、彼は明日香に呼ばれた。
「何? 明日香ちゃん」
「さっきから思ってたんだけど、その……、九チャン、今日はやけにラベンダー臭くない…………?」
躊躇いがちに九龍の名を呼び、やはり躊躇いがちに、上目遣いで明日香は彼に問うて。
「え、そう? 今日も朝から、甲ちゃんと遊んでたからでない? きっと、甲ちゃんの丘紫の香りが移っちゃったんだよ」
移り香だろう、と九龍は笑ったが。
「んーー……。上手く言えないんだけど、そういうんじゃないっぽいんだよなあ……。皆守クンのアロマの匂いが移っちゃったとか言うんじゃなくって……、何て言ったらいいかなあ。ラベンダーの花束背負って歩いてるみたいな……。匂いの発生源は、皆守クンじゃなくって九チャン、って言うか?」
移り香とは思えない、と明日香は首を横に振った。
「…………俺、そんなにラベンダー臭い……? 今日に限って?」
「うん、今日に限って。何でだろ?」
「甲ちゃんも? 甲ちゃんも、俺、ラベンダー臭いって思う?」
「……………………いや、別に」
けれど、話を振られた甲太郎は、興味無さそうな目をして答え、スプーンで掬ったカレーへと、視線を落としてしまった。
「……ま、いっか。気にしない、気にしなーーい」
「そだね。大したことじゃないもんねー」
だから九龍も、気の所為だ、と明日香を諭し、彼女の疑問を軽く流して、明日香も又、己の『些細な疑問』を、遠く、置き去りにした。
…………その頃。
学園よりの依頼を受けて、陥没した遺跡跡の埋め立て工事を行う為、『《墓地》の跡』にて作業していた、御門グループ傘下の土木会社の作業員の一人は。
「んー……?」
工事現場より少しばかり離れた片隅に据えられている、真新しい、記念碑のような墓石のような石碑の前に立って、首を傾げた。
「どした? 何か遭ったのか?」
不思議そうに立ち尽くす彼に、同僚の一人が声を掛けた。
「いや、そういうんじゃなくて。……何かさー、この石碑の辺り、やけに花の香りがするから、花壇でもあるのかと思ってさ。間違って壊しちまったら拙いだろ? でも、花なんて何処にもないんだよ。……何だろ? この香り」
「あーー? 花の香り? ……気の所為だろ。んなこと、一々気にしてんなよ。出来るだけ早く、工事の方終わらせてくれって依頼なんだから、油売ってんな」
「…………それもそうだな」
けれど、何故かしら、花の香りがすることを不思議がった彼も、彼の同僚も、そんなことを気に掛けている場合ではないと、その場を離れ、作業に戻った。
……去って行く彼等の背後に佇む、花の香りに包まれた、真新しい石碑に。
昨夜、花壇から切ったばかりの丘紫の花束を、九龍が捧げた筈の墓石に。
ある筈の、花束はなかった。
End
後書きに代えて
超絶お馬鹿で、足許に岩が転がってても気付かないくらい前向き過ぎるうちの九龍にも、こういう面はあります。
人格面、子供なんで(笑)。
子供程、嫉妬はダイレクトではないかと。
──ああ、尚。
蛇足ですが、某・先生は、妬きもち全開の当て擦りを沢山言い垂れた九龍に取り憑いた訳ではありません(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。