五年振りに舞い戻った東京は、仲間達にも多くを告げずに旅立ったあの頃と変わり映えない気がした。
真神学園からの帰り道、京一と寄り道したゲームセンターや、能く雑誌を買った街角の小さな本屋、目に付く度に、儲かってるのかなあ? とお節介にも気にした寂れていて時代錯誤な喫茶店、そんな店々の幾つかは姿を消してしまっていたけれど、東京という街を覆う雰囲気も、街そのものも、五年前と同じに思えた。
その余りの変化の無さに、「劇的に何かが変わってるのを期待してた訳じゃないんだけど……」と、少しばかり龍麻は拍子抜けしたが、こんな風に、変わり映えが無くて、何の変哲も無いっていうのが、俺達が守った平和の形の一つなのかなあ……、と直ぐに思い直した。
そして、考えを改めたら、少しばかり嬉しくなってしまって、調子にも乗って、渋る京一を宥め賺し仲間達に連絡を取って、五年振りの再会を果たす場を設けたりもした。
龍麻と京一が揃ってやらかした旅立ちの際の不義理や五年もの音信不通を詰りながらも、久し振りに会った仲間達は、誰もが高校時代と変わらずに接してくれて、彼等との友情に何ら変わりが無かったことは、純粋に心底嬉しくて、五年経っても変わらなかった東京の街に、変わらなかった仲間達に触れられた龍麻は、少しばかり『期待』をした。
帰国や、東京の今や、仲間達との再会を切っ掛けに、何時の間にか煮詰まってしまった己の悩みが、多少は小さくなってくれるのでは、と期待したのだけれど。
足掻くには、もう遅過ぎたのだろう。
煮詰まり切ってしまっていた彼の悩みは、軽減される処か、却って。
だから龍麻は、その日、京一を誘って、懐かしい通学路を五年振りに辿った。
母校、真神学園を訪れる為に。
「ひーちゃん。久し振りに日本に戻って来たからって、真神にまでツラ出さなくてもいいんじゃねえの?」
「あー、まあ。でも……一寸」
「一寸って何だよ。別に、わざわざ挨拶したいようなセンコーがいる訳でもねえしよ。今はあそこの教師やってる美里には、一昨日会ったばっかだし」
ぽかぽかとした日差しの春らしい陽気の中、龍麻と肩を並べ母校目指して歩きはすれども、京一の足取りは、余り気乗りしていないのが滲んでいるそれで、まあまあ……、と龍麻に機嫌を取られても、始終、ぶつぶつ言い通しだったが。
春休みも終わり掛けた三月の終わり、敷地内のあちらこちらに植えられた桜達が、在校生達の姿は無くとも五分程は花を綻ばせている学園に忍び込んだ龍麻が脇目も振らずに目指している先が、体育館裏の一角だと気付いた途端、京一のぶつぶつは、ぴたりと止まった。
愚痴を留めた途端、一転、彼は何も言わなくなり、表情も移ろわせなくなり、唯、龍麻がどうするのかを待っているかのような風情のみを見せるだけになって。
「……御免、京一」
「…………御免って、何がだ?」
「夕べ、さ。来週くらいには中国に戻ろうぜ、みたいなこと、お前は言ってたけど。俺は、中国には戻らない。もう、お前と一緒の旅は出来ない。……決めたんだ。日本に残ろう、って」
そんな彼から目を逸らし、背を向けて、五年前の卒業式だったあの日、中国には一人で行くと言い出した京一相手に怒鳴って散々詰って、としてから二人で登った桜の木を見上げ、龍麻は、ぽつり、独り言のように決意を打ち明けた。
あの時は、本当に京一と共に旅に出たいと思って、二人交わした約束通りの日々と人生を送りたいと願って、京一の言い草に心底腹を立て、ぶん殴ろうとまでしたのに。
同じ場所で、こんなこと言う日が来るなんて、と思いながら。
「そっか。………………判った」
一人、日本に残ると告げたら、どうしてとか、何でとか、京一は言い出すと龍麻は想像していたのに、日本に戻ろうと切り出したあの時同様、彼は、理由も問わずに頷く。
「……御免」
「ひーちゃんが謝る必要無いだろ? お前が決めたことだ。……でも。一つだけ、訊いてもいいか?」
「…………何を?」
「待つ気があるのか、それとも無いのか」
「別れるか、別れないかって意味で言ってるなら……、あー…………御免、俺にも一寸能く判らない」
「……判った」
「…………あの、さ。京一」
「ん?」
「何でお前、そんなにあっさりな訳?」
「え、ひーちゃん、今それ訊く? …………何つーか。ひーちゃんにはひーちゃんの考えがあるだろ? それと一緒で、俺には俺の考えがあるから。今は、ああだこうだ言ってみたって始まらねえかなー、と思ってな」
「ふうん……。……京一って、変なとこばっかり生意気だよなあ……。京一のくせに」
「……おい。京一のくせにってな、どういう言い草だ。くせに、って」
────龍麻は、未だ満開には程遠い桜の木を見上げながら。
京一は、そんな龍麻の背だけを眺めながら。
別れではないけれど、『別れ』に能く似た言葉を交わし合って、それに区切りが付いた頃、漸く彼等は向き合い、目と目を合わせた。
「……来週?」
「来週」
「じゃ、成田まで送らせろ」
「……送らせろと来たか。生意気なのはどっちなんだかな。──ま、いっか。んじゃ、それまで日本の東京を堪能しようぜ、ひーちゃん」
「うん」
そうして又、たった今、別れに能く似たやり取りをし合ったばかりの恋人同士とは到底思えぬ会話を軽く交わし、二人は、肩を並べて無人の真神学園より去った。
特に何をどうするでもなく、思い思い好き勝手に過ごした数日が過ぎた、その年の四月の初め、成田から、京一は旅立って行った。
五年前のように。
けれど、あの時とは違い、一人きりで。
約束通り、京一を見送りに行った帰り道、龍麻は、
──ここまでしてやらなくても良かったとは思うし、却って、って奴なんだろうけど、何となく見送りたかったし、日本に戻って京一と離れて、とは考えたけど、だからって、別れたいのか? って言われると、そういう訳でもない、としか言えないし、実質は別れちゃったようなものでしかなくても、やっぱり厳密には違うし、そういう処まで含めてどうしたいのか、今一つ自分でも能く判ってないし、でもだからって、中国と日本に分かれてまで遠距離恋愛するなんて柄じゃないって言うか、何かこう……、うん。
…………と、何時までも一人悶々と考え続けて、が、最終的には、自分は自分で望んで、したいようにしたのだから、と己に言い聞かせ。
「……ああ、そう言えば。折角この時期に日本に帰って来たのに、花見もしなかったなあ……」
乗り込んだ電車が新宿駅に着く頃、車窓の向こう側を眺め、ぼんやり、彼は、そんなことだけを悔やんだ。