東京魔人學園剣風帖
『春を待つ唄』
東京都世田谷区の等々力渓谷にて、鬼道衆と、鬼道衆の頭目だった九角天童を討ち果たし、一九九八年──即ちその年の春からこっち、数ヶ月に亘った異形達との戦いに、漸く決着が付いた、と。
『力』持った彼等──緋勇龍麻や蓬莱寺京一達が、信じ始めて程無い頃。
そろそろ、暦は九月の下旬と相成る、秋晴れの日のことだった。
その前日、彼等の仲間の一人、北区・王子にて骨董品店を営む如月翡翠──麻雀が大の好物である彼と、下手の横好きではあるが、やはり賭け事の類いが嫌いではない京一の二人は、何時、何処でそんな約束を交わしたのか、宵の口、連れ立って歌舞伎町の裏路地にある雀荘を訪れ、初対面のサラリーマン二人連れを巻き込み麻雀勝負を行っていて、その席で、少々『痛い目』を見たらしい京一は、放課後、新宿の繁華街を、親友の龍麻を引き摺るようにして歩いていた。
「っとによー……。あの骨董屋、『僕は、世俗のことになんか何にも興味ありません』ってなツラしてやがるくせに、すんげぇえげつねえ勝ち方しやがんだぜ」
「あー、はいはい。その話、もう耳タコだよ、京一……。朝から、ずーっと、その話しかしてないじゃん」
「だってよ! 未だに腹立ってしょうがねえんだよ、何度愚痴ったって足りねえくらいっ!」
「判ってるってば。だから、ゲーセン行くんだろう?」
「おう。脱衣麻雀で、オネーチャン脱がせつつ麻雀修行してやんぜ。本当は雀荘に行きたい処なんだが、お前、駄目だろ? ああいうトコ」
「興味無い訳じゃないけど。行ったことないから、一寸腰が引けるって言うかさ。それに、制服のまま雀荘っていうのはな、と」
昨夜開催した麻雀大会の席にて、如月にボロ負けしたのが悔しくて仕方無いらしい京一は、少しでも麻雀の腕前を上げる為に、ゲーセンに向かおうとしていて。
朝から延々、嫌になるくらい、昨夜の出来事絡みの愚痴を聞かされた龍麻は、無駄な意気込みと足掻きを見せる親友のゲーセン行きに付き合う為に、彼と肩を並べていて。
「お前も、俺よりゃ真面目だかんな」
「京一と比べないでくれよ。京一なんかと真面目の比べっこしたら、大抵の奴、優等生だよ」
「くっ……。否定出来ねえぜ……」
新宿通りから靖国通りへと抜けた彼等は、横断歩道を渡り、歌舞伎町へと足踏み入れる。
「コマ劇のトコのゲーセン?」
「ああ。この辺りじゃ、あそこが一番デカいから。お前も、麻雀やるんだろ?」
「うん。やるって言うか、教えて貰う気満々。何度か京一に麻雀教えて貰ったけど、どうしても覚えられないんだよなあ……。俺だって麻雀覚えて、京一や如月と一緒に打ってみたいのに」
「そんなに難しい遊びじゃねえんだけどな、麻雀なんざ」
未だ、夕暮れには少しばかり早い頃合いだと言うのに、既に、飲み屋等々の呼び込み達や、柄の悪い男達や、『出勤』前の、きらびやかな、けれど何処か安っぽい格好の女性達が数多溢れる歌舞伎町の大通りを、誠に薄っぺらい鞄を小脇に抱え、紫の竹刀袋を肩に担ぎつつ行く京一と、彼よりは未だまともな厚さの鞄を提げつつ歩く龍麻の二人は、一刻も早く、目的地であるコマ劇脇のゲーセンへ乗り込むべく、行く足を早め……、が。
「あれ? 京一に、龍麻センパイじゃねえか」
「Oh! キョーチニ、龍麻! 奇遇デスネ!」
辿っていた大通りの直中で二人は、やはり仲間の、雨紋雷人とアラン蔵人に声掛けられた。
「あっ。雨紋にアラン。お揃いじゃん」
「よう。ナンパでもしに来たのか?」
中々のバラエティに富む彼等の仲間達の中では、屈託なく『今時の若者の遊び』に興じるタイプの雨紋とアランと偶然行き会い、龍麻と京一も足を止めた。
「まあ、そんなトコ。俺様の所もアランの所も中間テストが終わったからさ、ナンパでもしようぜって出て来たんだけど、今日は今イチで。カラオケでも行くかー? って、言い合ってたトコなんだよ」
「キョーチト、龍麻モ、行キマセンカ? カラオケ」
インディーズではあるけれど、それなりには有名なロックバンドのギタリストを務める雨紋と、メキシコ人と日本人のハーフであるアランの二人でナンパに挑む際の勝率は、かなり高い筈なのだが、どうやら今日は、二人揃ってしくじったらしく。
遊びのネタを変えようとしていた彼等に、京一と龍麻は、カラオケに誘われた。
「だって。どうする? 京一」
「カラオケか。……あー……、ま、いっか。ゲーセンは、何時でも行けるしな。今度、如月の奴と麻雀打つまでに、修行積んどきゃいいだけだし」
「ん、じゃあ決まり。折角だから、たまにはそういうのもね」
「そだな」
故に、ゲーセンでの脱衣麻雀と仲間達とのカラオケを、暫しの間だけ秤に掛けはしたものの、麻雀修行を後日に回し、二人は誘いに乗った。
歌舞伎町界隈には、大きい所から小さい所まで幾らでもあるカラオケボックスの一つに入り、「ムサい野郎ばかりでカラオケなんて、ぞっとしない」、との冗談を交わしつつ笑い合いながら、「どうせ、こういう所で出て来るドリンクなんて、酒の内には入らない」とか何とか嘯き、カラフルなジュースと見紛うアルコール入りのそれと、小腹を満たしてくれる、ピザだのパスタだのも頼み、彼等は、歌本とマイクを手に取り始めた。
ギタリストを務めている己達のバンドのライブで、ボーカルをこなしたりコーラスをこなしたりすることもある雨紋が披露する歌は、文句なく上手いことを京一と龍麻は知っていたし、龍麻も京一も雨紋も初めて聴くことになった、メキシコで生まれ、長じるまでを彼の国で過ごしたアランの歌う洋楽はピカイチだったし、京一は京一で、「女の子を口説く武器の一つにしてるよね」と、以前より龍麻に言わしめるレベルだし、龍麻も、何度仲間達とカラオケに繰り出してもどうしても消えない、声に滲む照れさえなくなれば、かなり、なものだから。
誰もの予想以上にその席は盛り上がり、採点機能を使っての十八番
あっという間に、二、三時間が経過した頃。