「あー、もう駄目。笑い過ぎて腹痛い。受けるー!」

「俺様も。こんな、馬鹿みたいなカラオケ、凄い久し振りかも」

「キョーチ、芸達者デスネー」

「アラン、お前に言われたかねえ」

歌い、呑み、食べ、としながら散々笑い転げた彼等は、少しばかり疲れた風に、マイクからも、歌本からも、割り箸やグラスからも、揃って手を離した。

故に暫く、繰り返し流れる『今週のヒットチャート・Top10』と銘打たれた曲々のサビ部分をBGMに、四人は、他愛無い馬鹿話を語り合っていたが。

「あれ。もう八時?」

「えっ、龍麻センパイ、マジ?」

「Oh……。オジサント、オバサンニ、夕飯要ラナイ、言ッテマセン」

「んじゃ、そろそろ締めるか」

ふと、腕の時計が指し示す時間に気付いた龍麻が驚きの声を上げた所為で、お開き、との流れになって、最後に一人一曲ずつ歌って今日は終わりにしようと、誰からともなく言い出した。

だから、雨紋は、「何時の日か必ず、俺様達の曲がカラオケにもなるように」と、自分達のバンドの歌をアカペラで歌って、アランは、「メキシコの民謡が元になっているのだ」と、有名な『ラ・バンバ』を歌って、龍麻は、その年の初頭にとても流行った、『夜空ノムコウ』を歌って。

「あーー…………」

ぽいっと、最後にマイクを放り投げられた京一は、何処となく困ったように悩み顔を拵え、ぱらり、気のない風に本を捲り続け。

やがて、これでいいか、そんな雰囲気で、リモコンのボタンを押した。

──リクエストを受け付けた箱が流し始めた曲は、数年前の、公共放送の連続テレビドラマの主題歌だった。

『春よ、来い』というタイトルの。

春を待つ歌。

……それは女性アーティストの曲で、高校生アイドル・舞園さやかの曲以外、それ程は女性が歌う曲を歌うことない京一がそれを選曲したのが、意外と龍麻には思えた。

歌詞の言わんとしている意味も、余り、京一が好むとは思えなかった。

でも、そんな選曲をした当人は、龍麻のように、雨紋もアランも、意外、とでも言わんばかりの顔付きになっているのを無視して、白文字の歌詞が流れて行く画面を、何処か遠くに見詰めながら、春を待つ歌を、何処となく切な気に、けれど何処となく嬉し気に歌い続けて。

「さて、行くとすっか」

フェードアウトし消えて行った曲が、完全に終わるのを待って、ケロっと雰囲気を塗り替えた京一は、呆気無くそう言うと、龍麻達を促し立ち上がった。

「あ、そうだね」

「いい加減、腹減ったしなー」

「……さっきまで、ピザだのパスタだの喰い漁ってたのは、俺様の気の所為か?」

「気ノ所為ジャ、アリマセンネー。デモ、確カニ、夕飯ガ恋シイデス」

彼に責っ付かれるまま席を立ち、荷物を持った彼等は、年中腹減りな高校生男児らしいと言えないこともない与太を言い合って、部屋を出る。

「じゃ、又な」

「今月末は、俺達、修学旅行だからさ。帰って来た頃にでも」

「ああ。土産、楽しみにしてるぜ、二人共。又な」

「オ疲レデシタ。又、近イ内ニ会イマショウネー」

そうして、数時間を過ごしたカラオケボックスの前で、近々に又、との約束を交わし、四人は別れた。

「……京一?」

「ん?」

────酷く楽しいひと時を過ごした帰り道。

毎日の通学路をアパート目指して辿っていた最中、不意に京一が、何を思ったのやら、ふいっと肩を組んで来たので、「急に肩なんか組んで、どうかした?」と龍麻は、数センチばかり己よりも身長の高い彼を見上げた。

「いや、別に。……何となく。何時ものことじゃんよ、何、気にしてんだ?」

「気になった訳じゃないけど。ほら、さっき京一が歌ってたあの歌の歌詞にさ、『春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く』って、あったから。一寸、それ思い出して」

「あ、それでか。……って、ははーん。龍麻、俺の美声にヤラれたんだろ。で以て、こんな風にしてる俺とお前を、あの歌の歌詞に重ねちまったんだろ? ……んー、判る判る。俺には、よーー……く判る。俺の歌が良過ぎて、酔いしれるしかなかったお前の気持ちって奴が」

見上げて来た龍麻の言うことに、京一は一瞬、きょとん、とし、が、直ぐさま破顔して、自信たっぷりに、そんなことを言い出し。

「…………何処から出て来るんだよ、そんな恥ずかしい科白と恥ずかしい自信……」

親友の、余りな態度と科白に、クラっと眩暈さえ覚えて龍麻は、ペシリ、肩に乗ったままの京一の手を引っ叩いた。

「俺は、そんな、思春期真っ直中の青少年、みたいな発想、京一相手にしないよ」

「……思春期真っ直中で悪かったな…………」

「…………おや? おやおや? あれ? そこでその科白ってことは、京一は、さっきの言い分、結構本気だったんだ? 京一は、実は思春期真っ直中な恥ずかしい思考の青少年で、あの歌詞に、何やら思う処でもあるんだ?」

「ばーか、んな訳あるか」

「ホントかなあ? って、それはそうとさ、京一。あの歌、歌ったのはどうして?」

「どうして、って……。あー……。…………春が、待ち遠しいから?」

「何で疑問形なんだよ、自分のことなのに。──でも、そっか。それだけのことだったんだ。なーんだ」

少々強めに叩いてやっても引っ込めなかった、肩を抱く京一の腕を最終的には見逃し、選曲の意図を問えば、至極単純と思えた回答が彼より返ったので、龍麻は、拍子抜けしたように、軽い息を吐いた。

「ああ、それだけだ。待ち遠しいんだ、春が。……来年の春が。きっと、来年の春は……──

溜息に似た龍麻の呼吸に、京一はクスリと忍び笑いを洩らし、低い低い声で、ぽつり、言う。

「京一? 何か言った?」

その、本当に低く小さかった声は、龍麻には届かず。

「ん? 今日の夕飯は何だろうな、って」

「……参考までに訊くけど、京一がメニューを気にしてる夕飯は、京一の家の? それとも、俺の作る飯? どっち?」

「決まってんだろ、お前ん家の飯だ」

「やっぱり…………」

「喰わしてくれよ、龍麻。腹減ってんだよ。夕飯拵えんの、手伝うからさ」

「手伝いは当然。……ま、いいか。じゃ、何か適当に作るよ」

「おう。期待してるぜ」

……何故、あんな歌を歌う程、来年の春が待ち遠しいと、京一が言ったのか。

何故、彼がそんなにも、来年の春を待ち遠しく思うのか。

その答えを、今宵は宙へと浮かせたまま、龍麻は、京一のおねだりを受け入れ、連れ立って家へと帰った。

────その年の春、満開の桜の季節、母校となった真神学園三年C組の教室にて出逢った京一が、春がやって来る度秘かに抱えていた煩いを。その煩いが、己と出逢ってどう変わったかを。来年の春を待ち遠しくさえ思うようになった彼の心を。桜の季節の出逢いが、それより数ヶ月のちに彼に齎した決意を。龍麻が知ることになるのは、この日より、二ヶ月程が過ぎた頃のことだった。

だから、この日、京一は、『春を待つ歌』を己の前で歌ったのだと、彼が知ることになるのは。

End

後書きに代えて

…………京一、一寸恥ずかしい子かも知れない……(笑)。

──毎年毎年、春が来る度に苛々していた、うちの京一が、龍麻と出逢って春を恋しがる程になっちゃったのは、一言で言えば、又、春がやって来たら、龍麻が自分にとっての『運命の相手』だったと思い知れるから、って処です。

次の春が来たら自分達は高校を卒業とか、もしかしたら離れ離れ? とか、この時点ではこれっぽっちも考えていない京一(笑)。護りたい相手だからね、龍麻(笑)。

でも、この頃のうちの彼は、未だ、己の内面に関することで、様々悩みがあるので、チョイスは、春を待ちながらも、迷い立ち止まる時、ってな歌詞な歌なのです。

尚、言わずもがなかと思いますが、一応。作中に、歌詞の一部を引用させて頂いた曲は、松任谷由実さんの『春よ、来い』です。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。