ハハハハハハハハー……と、顔引き攣らせ、目一杯乾いた笑いを洩らし合った龍麻と京一は、もう一度だけ盛大な溜息を零してから、疲れた体を叱りつつ立ち上がり、辺りを調べ歩き。
光の灯る、二つの『穴』を見付けた。
一つは、『各階』の異形を倒す度に出現した『穴』と全く同一と思しき物で、もう一つの『穴』の向こうには、上り坂のような、兎に角、上向いていることだけは確かな道が見えた。
「…………もしかして、こっちの穴を辿ったら、戻れるのかな」
「そっちの、段々見飽きて来た『穴』に行くよりゃ、可能性ありそうだよな」
「じゃあ、物は試しで」
「……今以上に碌でもねえトコ飛ばされても、俺の所為じゃねえぞ」
「判ったってば。連帯責任なんだろう? くどいよ、蓬莱寺」
「くどいくらい言わねえと、又、言われっからな」
これまでに四度潜り抜けた『穴』と同じそれを選択した処で、結果は恐らく変わらぬだろうと、二人は、上向きに傾斜の付いた道のある方を選び、事態が悪化しても恨みっこ無し、と誓い合ってから、恐る恐る、揃って、穴の向こうの『道』を踏んだ。
「あーー、腹減ったなぁ……」
「俺もー」
「王華寄ってこうぜ」
「うん。餃子も付けようっと」
「そうと決まれば、とっとと行くぞ」
──『道』に足を踏み入れ、数歩と行かぬ内に。
気付いたら二人は、『悪趣味ワンダーランド』の入口だった、埃塗れの小部屋に立っていた。
故に、え? と辺りを見回し、何でこうなる? と頭を捻ったが、答えなど、彼等に掴める訳もなく。
深く考えるのは止めようと、足早に旧校舎を後にし、陽の暮れた雨上がりの校庭で、京一と龍麻は、腹が減ったの何のと言い合い始めた。
「それにしても、不思議だなあ……。確かさ、俺達が旧校舎に忍び込んだのって、四時半くらいの話だよね? そこから、一時間くらい校舎の中彷徨いてたとして……、なら、その時点で五時半だろう?」
「……だな」
「でも、今は夜の七時。……おっかしいなあ。もっとずっと長い間、戦ってた筈なんだけどなあ……」
「どうしてそうなるのか、考えてみたって解りっこねえよ。つーか、考えるだけ無駄だな。悪趣味極まりない不思議の国だったんだ、それこそ、何が起こったって不思議じゃねえって」
「まあねえ……。蓬莱寺の言う通りだとは思うけどさ。異形も、うんざりする程湧いて出たし……」
空腹を満たす為、すっかり通い慣れてしまった何時ものラーメン屋、王華へ行こうと決め、京一はさっさと歩き出そうとしたが、龍麻はそこに留まり、『悪趣味ワンダーランド』に思い馳せている風に振り返って、夜の闇に包まれ、ひっそりと静まり返るだけの旧校舎を見上げた。
「…………なあ、緋勇。お前……──」
心持ち顔を上向け、じっと、シルエットと化している古びた校舎を見詰める彼の瞳も面も、酷くきつく思えて。そして、過ぎる程に真剣と思えて。
『暇潰し』を言い訳に、旧校舎へ行ってみようと言い出した本当の理由を、京一は告げようとした。
お前は、何かを知っているんじゃないのか、と。
龍麻自身に、問うてしまおうとした。
「──何? 蓬莱寺。……ああ、御免。腹減ってるんだったよね。王華行こう」
「あ? ああ」
「あーもー、それにしても厄介だったなー。碌でもないったら。階層チックな構造だしさー。フロアボスみたいのはいるしさーっ。ダンジョンRPGじゃあるまいしっっ」
「ま、まあな」
……でも、京一が窺わせた風情に気付かず、龍麻がきぃきぃと、『悪趣味ワンダーランド』への文句を喚き立て始めたので、彼は毒気を抜かれてしまって。
「あーー、腹立ったーーっ! ……って、あ。蓬莱寺、怪我は? 大丈夫?」
「ん? あー、平気だって、こんなん。深く切れた訳じゃねえし、もう、血なんか止まってるし。そういうお前こそ大丈夫なのかよ」
「俺だって、この程度で何とかなったりしないって。俺よりも、制服の方が深刻。……あーあ、下ろしたばっかりだったのになあ……」
「それは、俺もだな。……まーーーた、お袋に怒鳴られんなー、こりゃ……」
────結局。
京一は、この二ヶ月抱えていた、四月の旧校舎にての出来事と、龍麻に対する一寸した疑問を綺麗さっぱり頭から消し、龍麻が零し続ける文句に付き合った。
今更、そんなことに拘
まあ、いいか、と。
もう自分達は、疾っくの昔に『何か』を『辿り始めている』のだ、ならば、何があろうと、出来事や秘密の真実や正体が如何なるものであろうと、『辿り始めた何か』を、この先も『辿り続ける』だけだ、と。
きっぱり、そう思い定めた彼は、買い揃えたばかりだったろうに、衣替えを終えて数日しか経っていない今日、既に使い物にならなくなった夏服を見下ろし打ち拉がれる龍麻へ、若干の同情を寄せ。
帰宅したら、確実に母親に怒鳴られるだろう己の姿を改めて眺めて渋面を作り。
「ま、どうでもいいか。毎度のことだし。これからも、散々怒鳴られんだろうし」
血の滲む、あちらこちらが裂けている制服姿で暖簾を潜ったら、王華のオヤジが腰を抜かすんじゃなかろうか、と想像しながら京一は、龍麻の瞳を真っ直ぐ捉え、意味有り気に笑った。
「……ん? 蓬莱寺、それ、どういう意味?」
「…………悪趣味な、碌でもない場所だったけどよ。丁度いいと思わねえ?」
「丁度良いって、何が?」
「修行すんのに」
「………………あ。それは言えてる……」
見せられた笑みの意味を知り、ぽん、と龍麻は手を打ち鳴らした。
「だろ? 異形退治の修行場って意味じゃ、多分、最高だぜ、あそこ。その分、制服はお釈迦になるだろうけどな」
「いい。気にしない。幸い、今は夏服の時期だし。──……俺さあ、漠然と、なんだけど。もっと強くなりたいなあ、とか思ってたんだよね」
「俺だって思うぜ、そういう類いのことは。……なあ、緋勇。明日の放課後も行かねえ?」
「……いいね。あ、ならさ。明日は、もう一寸ちゃんと準備してから行こうよ。薬とか、色々持ってさ」
「おっしゃ。決まりだな。──さー、今度こそ、王華行くぞー!」
「オー!」
…………そうして。
意味有り気に笑った彼と、その意味を知った彼は、それまで零していた『悪趣味ワンダーランド』への文句や愚痴などなかったことにして、心底うきうきしながら、明日の、『悪趣味ワンダーランド』──もとい、『最高の修行場・素敵な旧校舎詣で』へと心馳せつつ、とっとと計画を立て。
意気揚々と、ぬかるむ校庭を横切って行った。
だから、その日は。
六月上旬の、絵に描いたような梅雨の一日だった、その日は。
疾っくの昔に『何か』を『辿り始めていた』彼等が、『辿り始めた何か』を『辿り続ける』為に、ヒトならざるモノと戦うことと向き合い直し、『始まりの場所』にて、自らの意志のみで、一歩目を踏み出した『記念日』であり。
End
後書きに代えて
龍麻と京一の、旧校舎初めて物語。
正直な処、一寸、匙加減悩みました、この話。
当サイトの話の設定では、彼等が旧校舎に初めて潜るのは六月上旬なので、お二人さんの強さのレベルはどの辺りかな、と(笑)。
嵯峨野君と亜里沙ちゃんとバトル、なトコまでは終わってるので、五〜十階程度なら二人でも何とかはなる、でも、五階毎に現れるステージボス(笑)にはちょいと苦戦、大怪我はしないけどね、な程度にしてみましたが、どうかな。こんなもんかなあ……。
──という訳で、この先、彼等は『旧校舎詣で』に勤しみます。資金稼ぎが出来る、と気付いてからは、入り浸ります(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。