五度目の──否、『五階』の洞窟、と言った方が正しいのかも知れないそこは、これまでに通って来た四つの洞窟とは、少々趣が違った。
何が燃えているのかは謎だったが、炎と思しき物が灯っており、故に、これまでとは比べ物にならぬくらい明るくて、最奥には、祭壇、と例えられぬこともない窪みと岩棚があり、湧き出た異形達も、今までよりも陰氣が濃かった。
そして、祭壇のような最奥の手前には、ゲーム風に言うならボス敵に該当するだろうモノが鎮座ましていた。
「あんなんがいるってことは……終点、か?」
「だといいけどね」
「あー……、第一ステージ終了って奴かもって?」
「うん。俺だって、ここが終点なら有り難いって思うけどさ。甘いと思うんだよねー、その発想」
「面倒臭せぇ話だな……。……処でよー、緋勇。ありゃあ何だ?」
「見た目は、ええと……死神?」
「……ベタだな、おい。でも、ま、何でもいいか。やるだけだ」
「その通り。蹴散らさないことには。──という訳で。行くよ!」
「おうよ!」
……正直な本音を洩らせ、と言ったなら、億劫だとか、怠いとか、そんな言葉が二人からは飛び出ただろうが、彼等は本音ではなく軽口を叩いて見栄を張り、重くなり始めた手足を動かし、咆哮を上げながら迫り来る異形達に挑んだ。
ヒトならざるモノと戦うことに、それでも少しは慣れて来た、と思い上がっていた自分達に内心で舌打ちをしつつ、あの日も戦った大蝙蝠や、犬もどきなのか狐もどきなのか判別し難い獣や、パリパリと、全身から放電しているモノ達を、何とか彼んとか討ち倒し、肩で息をしながら彼等は、残った、『死神のような外見』の異形へと、揃って向き直る。
「…………夢に見そう」
「何を?」
「あの、血塗れ骸骨の顔」
「あーゆーのは見慣れてんだろ? この間だって、ホラー映画のビデオ、レンタルしてたじゃんよ」
「嫌いじゃないんだけどさ、ホラー。作り物とリアルは別次元だってば。……うわー、目の窪みのトコから、血、吹き出て来たぁ……」
「一々騒ぐな、男だろうが」
「じゃあ、蓬莱寺は何でそっぽ向いてるんだよっ」
「そりゃ……、薄気味悪りぃっつーか……。俺だって、出来ればあんなの見たかねえ」
「何だよ、人のこと言えないじゃん。……あーもー、本当に、何なんだよ、ここはぁっ!」
「んなこたぁ、俺が訊きたいっ!」
視線を、意識を向けて来た少年二人へ、ゆらり……、と異形は酷く緩慢に振り返り、カクっと、さも笑っているかのように奥歯を噛み合わせ、唯でさえ血に濡れていた骨の面の『虚』より、激しく鮮血を滴らせながら、手にしていた巨大な鎌を振り上げつつ彼等へと迫って、宙を滑りながら近付いて来る『リアル・ホラー』より、「嫌過ぎるー……」と、龍麻も京一も顔を背けた。
……でも、それでも。
しらー……、と目を逸らし、下らないことを言い合いながらも、京一は木刀の柄をギュっと握り直し、龍麻は手甲の先に氣を込めた。
見据えなくてはならぬ敵より視線を外してしまったのは思わずという奴だったが、口先から馬鹿を吐き出したのは、二人共にわざとだった。
下らぬことを言い合って、己と相手を『軽く』し、自分達は未だ未だやれる、と無理矢理にでも思い込まなければ、溜り続ける一方の疲労が、背に負わされた重しのようなリアルさを齎して来そうだったから。
二人は、意地とプライドと負けん気のみで、自分達を支えた。
──疲労困憊、とは言えないし言いたくもない。そんなこと、思えないし思いたくもない。
余裕綽々なのだと、大見栄を張りたい。意地に懸けて。
この二ヶ月、背中を合わせて戦って来た相手に、弱音なんか吐ける訳もないし、絶対に吐きたくない。
負ける訳にもいかないし、負けるつもりもないし、何より、自分に、相棒同士、と言える関係になり掛けている相手に、負けられない。
…………そんな想いが、今の彼等の頭と心を占めていた。
「蓬莱寺っ!」
────迫り来た異形が振り下ろした大鎌を、パッと左右に分かれて避け様、ザッ……と土埃を上げつつ踏ん張り、龍麻は、発剄を放った。
ボッ、と音立てて生まれた氣塊は、彼とは真反対の方向に飛び退った京一へと異形を吹き飛ばし。
「でやぁぁっ!」
眼前に押し出された敵を、京一は八相斬りで斬り付けた。
だが、効いてはいるらしいものの、陰氣を撒き散らしながら宙に漂い、大鎌を振り回す異形は彼等の前より消えず、鎌の切っ先より生み出された真空の刃は、二人の制服と肌を裂いた。
「ちっ。痛ぇな、この野郎っ。フロアボスなことだけはあるってか?」
「蓬莱寺、RPGのやり過ぎなんじゃないの?」
「俺が嵌まってんのは、格ゲーと脱衣麻雀だっ」
「威張れることじゃないだろっ」
咄嗟に体を捻った為、真空の刃は薄くのみ掠めるに留まったが、裂かれた腕や胸からは、じわりと鮮血が滲み。
生意気な、と言わんばかりの目付きで異形を睨んだ二人は、又、軽口を絞った。
「もう、後先考えんのは止めだ」
「……あ、一応、この先のことも考えてたんだ、蓬莱寺でも」
「緋勇、一言余計だっ! ──打ちのめすぞっ!」
「言われなくてもっ!」
──そうして、馬鹿ばかりを叫びながら二人は、「もしかしたら『この先』も『ある』かも知れない」と、頭の何処かに置いていた、『今は余分』な考えを捨て、身の内に残る氣の全てを、木刀に、拳に込めた。
肩を並べつつその場で踏ん張った彼等が、図らずとも同時に繰り出した拳底・発剄と剣掌・発剄は、寄り添う風に立つ『遣い手』達の如く、縺れ、絡み合うように宙を走って、異形を包み込みながら爆ぜ。
「消え、た……?」
「みたいだな……」
ヒラリ、と、異形が纏っていた、死神のマントそのものにしか見えなかった黒い布地が靡きつつ消えるのを見届け、顔を見合わせ呟いた龍麻と京一は、はあ……、と盛大な息を付いて、互い、互いの背に体を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
「つ、疲れた…………」
「あれだけの数、二人だけでってのは、初めてだったからなー……」
「……厄日? 俺達が、こんな目に遭ったのは、厄日だから?」
「厄日っつーか……。ここが、悪趣味な不思議の国な所為じゃねえ?」
「って、そうだよ! 蓬莱寺が、旧校舎探険しようなんて言い出さなきゃ、こんなことにはー!」
「んっだよ、俺の所為だってのかっ!? お前だって結構ノリノリだったじゃねえか、連帯責任だろうがっ!」
「あっ。開き直るんだ? そうやって、開き直るんだっ?」
「そうじゃねえってのっ! ここがこんななのは俺の所為じゃねえっつってるだけだっ! …………って、止めねえ? 益々疲れる……」
「確かに……。あー、しんどかった……」
「処でよー、緋勇」
「何?」
「俺達、ここから出られると思うか?」
「…………さあ?」
ぐったりと、相手を背凭れにしつつ項垂れ、ぎゃんぎゃん、こんな目に遭った責任の擦り合いをして。
無事に家に帰れるかなー、と二人は、肩越しに振り返って見詰め合い、乾いた笑いを洩らした。