東京魔人學園剣風帖
『麻雀仲間』
「もー、辛抱ならねーーー!!」
……と、十二月第二週目の土曜日、日没後、真神学園三年の万年補習組代表格である彼、蓬莱寺京一が、彼等の為に行われた放課後の特別授業──しかも、その週の火曜の放課後から約一週間にも亘って続けられた補習が終わった直後、彼と同じく、特別授業を受けさせられた緋勇龍麻と醍醐雄矢に叫んだ所為で。
「じゃあ、訳の判らない補習の所為で溜まりまくったストレスを発散しに行こうか」
と龍麻が言い出し、週末が明けた十二月第三週目は二学期の期末テストが待ち構えているにも拘らず、そして、その為の補習を受け続けさせられたというのに、彼等は毎度の『旧校舎詣で』に勤しむことにし、その為。
その土曜日より遡ること一週間前、龍麻達の仲間になったばかりの村雨祇孔は、「テスト勉強云々なんて、気にしないよね?」との惨い科白と共に龍麻達に呼び出され、『旧校舎詣で』デビューをさせられていたので。
「…………よう。骨董品屋の旦那」
──翌、日曜の夕暮れ。
確かに龍麻達が言った通り、期末テストの為の努力など何処吹く風の口である村雨は、新宿歌舞伎町の片隅にある雀荘の入り口を潜ろうとした時、偶然行き会った、昨夜参加した『旧校舎詣で』の際に紹介された龍麻達の仲間の一人で、高校生でありながら、祖父より受け継いだ北区・王子の骨董品店主をも務める如月翡翠に、何とはなし、気後れした風に声を掛けた。
「あ。……村雨君」
約二十四時間前に『力』絡みのことで知り合ったばかりの如月に、偶然出会ったからと声を掛けるのは、肝っ玉の太い村雨をしても気楽には出来なかったように、如月も又、何処となく困った風な軽い苦笑を浮かべ、村雨の呼び掛けに応えた。
「村雨君、ってな止めてくれや。俺は、そんな風に呼ばれる柄じゃねえよ」
「……そうかい?」
「ああ、そうだぜ。──如月。お前さんも麻雀か?」
「まあね。僕の所も明日からテストだが、別に、敢えて特別な勉強などしなくともいいから」
「へ、余裕の発言だな。……そういうことなら、どうせだ、一緒に打たねえか? あんたは麻雀が大の好物だって、京一の旦那が言ってたからな。結構、やるんだろう?」
「恐ろしいと言いたくなる程の強運の持ち主で、殊の外ギャンブルに長けてる君の相手が務まるかどうかは判らないが、好きではあるよ」
知り合ったばかり故の照れ臭さのようなものを、二人揃って感じてはいたが、縁──しかも少々『特別』な事柄に起因する縁を持った者同士、こうして立ち話をするのも当たり前と言えば当たり前だと、少しばかりの遠慮を見せ合いつつ、彼等は、雀荘の入り口脇で語らって。
「あれ? 如月さんに、村雨……さん。こんばんは」
そこへ、やはり夕べ龍麻達に呼び出された仲間の一人である、壬生紅葉が通りすがった。
「やあ、壬生」
「こりゃ、奇遇だな。拳武館の旦那もかい?」
自分達の傍らを通り過ぎて行こうとして、ふと立ち止まり、振り返った壬生に、こういう偶然もあるのかと如月も村雨も思ったが、様々な形で社会に害為す者達を『始末する』集団、との裏の顔持つ拳武館高校の、一番の遣い手である壬生のこと、歌舞伎町の路地裏を行かなければならないようなことなど、日常茶飯事なのだろう、と思い直して、彼等は立ち話の輪に壬生を加えた。
「お二人は、ここで何──……ああ、麻雀ですか。好きですね。昨日、龍麻君達に紹介されたばかりなのに、もう、連れ立って、なんて」
「そういう訳じゃねえよ。偶然、この店の前で行き会ってな」
「ああ、たまたまなんだ。壬生は? 仕事かい?」
「ええ。仕事帰りですよ」
──そんな風に、新宿歌舞伎町、という巨大繁華街の路地裏で語り合うには余り相応しくない高校生三人連れで、彼等は暫し、他愛無い話を続け。
「昨日は慌ただしくて、碌に話も出来なかったから、良かったら、河岸でも変えねえか?」
「……そうだね。だが、年末が近い今の時期、歌舞伎町で、というのは要らないトラブルが起こりそうだから、時間と都合が良いなら、家でどうだい?」
「じゃあ……、お言葉に甘えて」
何となく、麻雀を、との気分が消えてしまった村雨と如月と、その夜はもう予定のなかった壬生の三人は、そのまま如月の店へ行くことにした。
そもそもから村雨は、学校の勉強など、な口だし、如月や壬生は、やはり夕べの呼び出しの際、龍麻達が「如月も壬生も、テスト勉強なんてしなくても大丈夫だよね?」と言った通りのタイプだし、三人が三人共、『一般的な高校生』とは言い難い部分を持っているので、翌日が月曜であることも余り気にせず、途中で買い求めて来た酒と、帰宅するや否や、さっさと着流し姿に着替えた如月が振る舞ってくれた肴とで、酒宴を始めた。
高校生の身空のくせに、揃ってそれなり以上に酒に強い彼等が、夕刻の終わり頃始めた酒宴は、やはり揃って余り口数が多くはない為、始まりは酷く静かで、且つ、誰もが誰もに遠慮がちにしていたけれど、やがて、それまで孤独に生きて来た如月や壬生とは違い、年齢の割には世の中の酸いも甘いも噛み分けている、喋り好きではないが口下手でもない村雨に引っ張られる形で密やかながらも盛り上がりを見せ始めて、如何なる席でも、それなりには場を持たせられる方ではある村雨は固より、寡黙なタイプである如月も壬生も、酒が味方をしたのだろう、常よりも遥かに饒舌になった。
そんな彼等の話題は、三人共が嗜む麻雀のことと、彼等にとっての『絶対の共通』である龍麻に絡むことで、己達が知り合い、こうして酒の席を囲むことになった理由と切っ掛けの彼の話を、好き勝手に、言いたい放題言い合って。
龍麻とワンセット、としか言えない京一のことも、ああだのこうだの、言いたい放題評して。
…………何時しか彼等は、本当に僅かだけれど、龍麻や京一達と知り合うまでに辿って来た、己の身の上に関わる話を、各々、言葉少なに披露し始めた。
その道を辿って来たからこそ、龍麻や京一達や、今、共に卓を挟んで向かい合っている二人と知り合うことになったのだから、と秘かに思ったが為に。