春が盛りの頃に龍麻や京一達と顔見知りになり、夏の盛りの頃に彼等の仲間になった、この面子の中では最も龍麻達との付き合いが長い如月のこれまでを、その日、村雨は初めて知ったが、壬生は多少だけ耳にしていて、けれど彼も、それを如月自身の口から聞くのは初めてのことだった。
──徳川幕府の治世より続く忍の一族、飛水家の者として在るのがこれまでの己の全てだった。それ故に、この東京を護ることだけを絶対の使命として、使命以外のモノ全て、自ら打ち捨てるように生きて来た。
……それが二人に如月が教えた、細やかな身の上話で。
自身をそう語った如月は一通り知っていた、秋の終わり、『とても物騒な出来事』を経て龍麻達の仲間になった壬生が話した身の上も、如月に負けず劣らずだった。
──重い病を患う母の治療費の為に、自ら暗殺者の道を選んだ。それを後悔などしていないけれど、自分にはもう、『これ』以外のことは出来ないだろうとは思う。自分は、陰に生き続ける者なのだろうと。
……と、壬生は、二人に自らそう話し。
──持って生まれた運の所為もあったのかも知れない、まあ、どうしてそうなったのかは兎も角、『親友・秋月マサキ』を、『悪友』の御門清明と共に、何に換えても護り続けるのが、己の最大の使命の『一つ』ではある。
……如月も壬生も、昨日知り合ったばかり故に詳しく知る筈無い『己のこと』を、最後にお鉢が回って来た村雨は、そう言った。
「…………何つーか……」
「そうだね……」
「ええ、或る意味では……」
故に、各々の話が全て出揃った直後、彼等は揃って苦笑を浮かべる。
自分達は、似ている……、と、三人が三人共、咄嗟に感じたから。
────自分達は、恐らく似ている。或る意味に於いて似ている。
自分達は、確実に『同類』だ。
『向いているモノ』は勿論違う、『表し方』も違う、『向いているモノ』との向き合い方も。
でも、自分達は『同類』。
たった一つのモノに囚われ、たった一つのモノだけを瞳に映して、生と、運命と、人生、それ等の『一部』をひたすらに削り続けている『同類』。
他人から見れば、大層な憐れみの対象にすらなるかも知れないそれを、後悔することも有り得ず、寧ろ、心の何処かでは……──。
………………そう、彼等は揃って、咄嗟にそう思って。
だから苦笑を浮かべた。
そして、その刹那、彼等は、己と顔付き合わせている残り二名に、親近感以上の何かを感じた。
それなりには楽しく語らって、僅かと言えど身の上を晒しはしたが、知り合ってからたった一日しか経っていない故に、他人に等しかった筈の己等に。
「…………呑み直さねえか?」
「もう一本、出してくるよ」
「有り難うございます、如月さん」
そんな彼等は、苦笑の直後には、秘密を共有する者同士の、とでも言おうか、そう言った感じの間柄の者達が浮かべ合うに相応しい微笑を浮かべ、呑み直すことに決めた。
夕暮れの終わり頃に始まった彼等の細やかな宴会は、一寸した打ち明け話と『相互理解』を経て、午後七時を少々過ぎた頃、それまでよりも確かに盛り上がっていた。
普段は寡黙な二人も、喋り好きという訳ではない一人も、酒の力を借りたのではなく、普段よりも饒舌だった。
敢えて、ではなかったが、『深刻』な話題とか、『重い』話を上手く避けていく彼等が語ることは、やがて、一〇〇%麻雀の話で満たされて、「今から打とうじゃないか、この家には雀牌もあるのだし」と、誰からともなく言い出した──……処までは良かったが。
三人では面子が足りないと、やはり、誰とはなし呟いた所為で、もう一人をどうするかで、三人は一斉に口を噤んだ。
──麻雀は、一般的には四名で行うものだ。
三人で行う、サンマーと呼ばれる打ち方もあるけれど、何となく……、本当に何となく、それでは『勿体無い』ような気がして仕方無くて、だと言うなら、さて、誰に白羽の矢を立てるか、と一同は考え込み。
「…………七時、ですね」
「正確には、七時十二分だ」
「……この時間なら、未だ未だこれからだと、豪語する奴がいるな、一人。今日が何日の何曜日かとか、明日が期末試験だとか、そういうことを、一切気にしない口の」
「彼も、やりますよね、麻雀」
「完全に、下手の横好きだがな、彼の場合は」
「てめぇで思ってる以上に博打に熱くなるタイプだからなあ、ありゃ……」
「でも、まあ……」
「そうだね。打てることには違いないし、呼び付けても、一番問題は無いだろうね」
「決まりだな」
その果て、全員が全員、脳裏に一人の人物を思い描いて、多くを語り合わぬ内に、彼等は、揃って脳裏に描いた一人の人物──京一を、残り一人の麻雀面子として、この場に呼び付けようと決めた。
──如月が評した通り、下手の横好きの域を出ることはないし、村雨が評した通り、自身の認識以上に博打に熱くなる、その方面に関しては少々困ったタイプではあるが、京一なら麻雀も打てる。
中国出身の劉や、京一と龍麻に最も近しい者の一人、醍醐も麻雀は打てるけれど、醍醐は固より、劉も、何処の高校でも大抵は期末テストの実施期間に当たっているこの時期の、しかも日曜日の午後七時過ぎという時間帯の、「麻雀をやろう」などという呼び出しに応じる筈は無く、が、やはり彼なら、龍麻にさえバレなければ、九割の確率で、のこのこやって来る。
白羽の矢を立てるには、持って来いの相手だ。
…………でも。
自分達は『同類』だ、と気付いてしまった彼等が、呼び出す相手として京一を思い浮かべた最大の理由は、彼も又、自分達の『同類』であると、思い当たったから。
たった一つのモノに囚われているか否かは兎も角だけれども、彼が、たった一つのモノだけを瞳に映しているのは疑いようがない。
誰に判らずとも、自分達には判る。
『同類』である自分達には。
瞳に映る、たった一つのモノの為に、生と、運命と、人生、それ等の『一部』を──いいや、もしかしたら『全て』を、ひたすらに注ぎ続ける、それが、蓬莱寺京一という男だと。
たった一つのモノに囚われ、たった一つのモノだけを瞳に映して、生と、運命と、人生、それ等の『一部』をひたすらに『削り続ける』自分達と、もしかしたら『全て』をひたすらに『注ぎ続ける』彼とでは、その部分が、決定的に違うけれど。
その部分は、決して『同類』ではないけれど。
……………………でも。
彼は。
「──案の定だ」
「来ますか?」
「来るってかい?」
「ああ。二つ返事だった。今夜は、龍麻君の家には行っていなかったらしくてね。……まあ、明日には龍麻君達にもバレると思うが」
「確実にバレるとは思いますけど。バレたら最後、大騒ぎでしょうね。龍麻君は、自分も京一君も醍醐君も、今回こそは補習を免れてみせる、と言い切ってましたから」
「……ま、大騒ぎになったとしても、あの旦那の自業自得って奴だな。俺達の誘いに、ほいほい乗る方が悪い」
「……確かに」
「ですね」
──だから、この面子に加えるのは京一しか有り得ないだろう、と定めた彼等は、如月が掛けた電話での『悪の誘い』に予想通り乗った彼が、明日のことも顧みず、嬉々として駆け付けて来たら、直ぐさま『同類』同士での麻雀大会が行えるように、支度を始めた。
End
後書きに代えて
紫龍組な皆さーん、のお話。
彼等+京一が、麻雀仲間ってプチグループ(笑)になった理由@当サイトバージョン。
単に、麻雀が出来るからってだけの理由で集まるようになった面子とは思えなかったんで。
まあ、京一は、彼等に『カモ認定』されて呼び付けられてるだけかも知れませんけど?(笑)
尚、話の時期が時期だけに(うちの話の場合はね)、如月や壬生の、京一や龍麻の呼び方が、未だ『君』付けです。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。