大きな皿にドカっと盛られた大量の炒め物と、酷く簡単な、けれど量はそこそこにある卵料理と、先程の『痴話喧嘩』の種の味噌汁と、何日か前に、持って行け、と京一が母親に持たされたらしい漬け物と、炊き立ての白米、というメニューで夕飯を済ませ、片付けも終え、缶ビール片手の与太話に三人が突入してから数時間後。
以前に京一が持ち込んだらしい、日本酒の一升瓶が何処より引っ張り出されて、取り留めのない会話をダラダラとしていた場が本格的な宴会になり始め、「今夜は、京一と二人揃って龍麻の家に厄介になるしかないかな」と、醍醐が覚悟を決めてより暫し。
ちょっぴり──ホントーにちょっぴりだけ、龍麻が酔い始めた。
京一は、酒が好きだと豪語するだけのことはあるし、醍醐は、基本的に未成年の飲酒喫煙は言語道断、という口で、どう足掻こうと付き合い酒から逃れられない処に追い詰められても、ここまで、と己で決めた酒量以上を嗜むことはないから、この三人で宴会、となれば、真っ先に龍麻が涅槃を見るのは当然の成り行きで…………、だが。
『家主』と『居候』が、同い年の兄弟のような、と醍醐は見定めることにした関係に至ってより、三人での宴会に傾れ込んだのは初めてだったから、思わず、彼は身構えた。
……龍麻は、大抵の場合、酔っ払うと寝る……らしい。
電池が切れた、とか何とか呟いて、とっととうたた寝を始めてしまう……ようだ。
醍醐は、その現場を見たことは未だなく、酔っ払った龍麻がどうなるかは京一から聞き及んだ知識でしかないが、酔うと寝入ってしまうタイプだと言うなら、彼は又、京一の膝を、至極当然のようにうたた寝枕にするかも知れなくて、そうなれは、京一は平然とそれを受け止めるだろうから……、と咄嗟に思ってしまった醍醐は、居心地悪そうに居住まいを正し。
「龍麻。酔ったのなら寝たらどうだ?」
又、ビミョーで複雑な心境に陥るような光景を目撃させられる前に、と彼は先手を打った。
「えー、でもさー……」
「俺と京一は、その辺に雑魚寝でもさせて貰うから。寝た方がいいぞ。二日酔いにならずに済むかも知れないしな」
「あーーー、二日酔いねー。二日酔いは辛いよねー、うんうん。けど、話未だ途中だしぃー」
だが、半分くらいまで日本酒の注がれたグラスを両手で鷲掴みにしたまま、龍麻は、えへらー、と笑うだけで、勢い、醍醐は京一へと目線を注いだ。
「…………もうちょい、平気」
己へと向けられたその視線を、ヘルプ、と受け取ったのだろう京一は、ひょいっと龍麻の顔を覗き込むと、未だそれ程でもないから好きにさせろ、と酔っ払いを放置する。
故に一瞬、「何を以て平気と判断したんだか俺は訊きたい……と言うか、その前に! 顔色一つで龍麻の酔っ払い度が計れるくらい、お前は龍麻と年中飲んでいて、どうやって龍麻の面倒を見ればいいのか熟知しているとでも言うのか、京一っ!?」……と、醍醐は胸の中でのみ突っ込みを入れた。
が、思ったことの全てを口にしなければ気が済まぬ程、彼は愚かではないので、グッ……、と、突っ込みたくて仕方無い己を押し殺し。
京一は、実は面倒見のいい奴だしな……。況してや、面倒を見なくてはならない相手が龍麻ともなれば、顔色一つで酔い具合を悟れるくらい、甲斐甲斐しくもなるだろう、うむ……。
……と、突っ込みを入れるよりも、こっちの方が先だと言わんばかりに、己で己を宥め賺す行為に没頭した。
「龍麻。それで最後にしとけ?」
「えー、何でー?」
「何ででも」
ムクムクと頭を擡げて来た、「京一と龍麻は本当に『親友同士』?」と訴えるもう一人の己を醍醐が懸命に黙らせている隙に、鷲掴みにしていたグラスの中味を、クッ、と龍麻は煽ってしまって、夏休みの終盤にゲットしたエロビデオの話を面白可笑しく語りながらも、横目で龍麻の動きを追っていた京一は、そろそろ潮時、と判断したのか、酒はそこまで、とストップを掛け。
「どーして、そーゆーこと言うんだよ、京一はー。折角、三人で楽しく呑んでるのにさー。それにー。京一だって醍醐だって、フツーの顔色してるじゃんか。なら、俺だって未だ平気ーー」
やんわりと諭し始めた親友に、龍麻は絡み始めた。
「タイショーは、元々からそんなには呑まねえだろうが。俺だって、今日はお前程は呑んでねえって」
「そーだっけ?」
「お前、自分がどれだけ呑んだか、判んなくなってやがんな?」
「……そんなことないってばー。俺だって、そんなには呑んでないしー」
「だとしても。その辺にしとけよ。明日、出掛けんだろ? 修学旅行の買い物に行くんだって、言ってたじゃんよ」
「あーーー……、そうだったかもー」
そのまま駄々捏ねに突入しそうになった龍麻を、何処までもやんわりと京一はあしらい、翌日の予定を思い出させてやって、記憶の彼方に飛ばしていた買い物のことを指摘された龍麻は、名残惜しそうにグラスをテーブルに置くと、さも、詰まらない、そんな顔付きで、ドスリと音立てつつ壁に凭れ掛かった。
「寝ろよ。タイショーの言う通り、俺等も適当に寝るから」
「んー。でも、面倒臭いー」
「お前なあ……。…………っとに……」
今宵の酒との別れを告げるや否や、とろん、とした目付きになった彼を京一は促したけれど、龍麻の駄々捏ねは続き。
しょうがねーなー、と溜息を零した酔っ払いの親友君は、立ち上がり、酔っ払いの腕を取り、強引に立たせた。
すれば、物干竿に引っ掛けられた洗い立ての洗濯物のように、ベロン、と龍麻は京一に凭れ掛かって、そのまま奥の部屋へと連行されて行き。
沈黙を保ち、二人の会話の成り行きと行動を見守っていた醍醐の耳に、箪笥の引き出しか何かを開け閉めする音と、何とかして龍麻を着替えさせようとしているらしい京一の声と、面倒臭い、と渋る龍麻の声が届いた。
「判った判った。判ったから、もうとっとと寝ろ!」
「言われなくても寝るってばっ。あー、もー、うるさーーい! 枕になってくんないくせにー!」
「ベッドも枕も、てめぇの目の前にあんだろうがっ!」
「それとこれとは、又一寸違うんだよっ!」
…………ひたすら息を詰めて、耳峙てる醍醐に届いた彼等の言い合いは、そんな感じで。
一人暮らしの自分の家の、自分の為だけのベッドが目の前にあって、そこに転がれば瞬く間に眠れるだろうに、どうして龍麻は、京一が枕になってくれないと怒っているのだろうか……、と、何とはなし、背中に嫌な汗を掻き始めた醍醐は、要らぬ好奇心など発揮しなければ良かったのに、ソロ……っと、開けっ放しになっている扉から『攻防』真っ最中の奥の部屋を覗いた。
「どうでもいいから、兎に角寝ろっ!」
と、そーーーーー……っ、と覗いたそこでは、丁度、問答無用! とばかりに、京一が、龍麻をベッドに突き飛ばしており。
「乱暴者ー!」
「誰の所為だっ!」
コロン、と荷物の如く転がされた酔っ払いの雄叫びに、きっちり言い返した彼は、埃が立つのも構わず掛け布団を剥いで、酷く乱暴に龍麻へ掛け。
それまでの粗野な態度から一転、眠りへと誘う風に龍麻の髪を撫で始めた。
「ったく。酒入ると、こいつは時々、手に負えなくなりやがる……」
ブツブツ、小声で文句を零しながらも、裏腹に、彼の手付きは優しく。
又、そーーーーー……っと、醍醐は小さなテーブルへ戻った。
「潰れた」
「……そうか」
「もうちょいしたら、俺達も横にならせて貰おうぜ。明日は、あいつの買い物に付き合う約束しちまったしなー」
「なら京一、お前も程々にした方がいい」
直後、「あー、厄介だった」、そんな顔をしながら、がさつな足取りで戻って来た京一は、何処までも荒っぽい仕草で先程までの席に着き、少々神妙に醍醐は受け答えた。
…………しかしながら。
垣間見てしまった光景は、やはり、何処となーーーく、見なかった方が良かったんじゃないかなー、な代物だった気がしなくもない、と感じはすれど。
それまでよりは、醍醐の胸の内は晴れやかだった。
やっと、京一と龍麻の『この』関係を、如何なる物と解釈すれば、友人二人の関係に疑問を投げ掛け続ける、もう一人の自分をも納得させることが出来るか判った、と彼には思えたから。
────京一と龍麻の『この』関係、それは、保護者と非保護者の関係だ。
もっとズバリ言ってしまえば、世話を焼く『親』と、手の掛かる『子供』。
そうだ、きっと、そういうことだったんだ! そう思えば、これまでの疑問の全てが解決する!
何せ京一は、殊の外龍麻を大切にしている様子だし、大切な相手には幾らでも世話を焼ける口だろうし、龍麻も龍麻で、過保護なまでに世話を焼いて来る京一に、存分甘えていると見受けられるから。
二人の間柄は、『親』と『子』。
そう解釈するのが、間違いなく一番妥当だ!
………………と、今宵の彼等を垣間見た醍醐は、天啓にも似た『閃き』が齎す結論を得て、うむうむ、と一人深く納得し。
適当に小さなテーブルを片付け、片付けたそれを蹴っ飛ばす風に脇に寄せ、ごろり、手枕で雑魚寝を始めた京一に倣い、晴れ晴れとした顔付きで横になった。
これでもう、多分、きっと、恐らく、京一と龍麻の本当の関係は、などと考え込み、複雑な心境に陥ることもないだろう、今夜は良い夢が見られそうだ、と思いつつ。
────この夜、天啓にも似た『閃き』が齎した結論と納得が、結局の処、己の願望であり、そうであったなら自身の心に優しい、という希望的観測でしかなかったことに、醍醐が気付かされるのは、それより五年数ヶ月の年月が流れた後だった。
End
後書きに代えて
ちょっぴり色恋に疎い、青春真っ盛りの十八歳な醍醐君の受難@解決編。
まっっっ……たく、解決になってませんが(朗らか)。
──以前、友人に、「宴会して酔っ払って、膝枕に傾れ込むような京一と龍麻を見てて、周囲は何も勘繰らないの?」というようなことを問われたのですよ。
でも、どう考えてみても、ウチの話の男衆は皆、彼等のそんな様と言うか関係を、龍麻にだけは超が付く程過保護な京一と、京一にだけは遠慮なく甘える龍麻=保護者と被保護者、としか見てないな、高校時代は、との結論しか、私の中からは出て来ませんで。
故に、その辺りを書いてみたです。
何処までも果てしなく無自覚……と言うか、自分達は唯一無二の親友同士、としか思っていない京一&龍麻と、彼等のことを、保護者と被保護者、と見てしまった仲間達@男衆。
…………皆、思考が平和だなー(笑)。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。