東京魔人學園剣風帖

『好敵手』

高校三年一学期の期末テストが終わったその日。

これっぽっちも手応えの感じられなかった、終えてしまったばかりのテスト達への未練を抱え、教室の己の席で各々、果てない遠い目をした後、もうどう足掻いたってどうしようもない、後は野となれ山となれ、と漸く開き直った緋勇龍麻と蓬莱寺京一と醍醐雄矢の三人は、この一週間近くご無沙汰にするしかなかった、真神学園旧校舎へ潜ろうと、威勢良く椅子より立ち上がった。

その日は土曜日で、「明日は日曜だし、折角だから一緒に行く」と言った桜井小蒔と美里葵も加え、五人となった一行は、漸く期末テストから解放されたと、勇んで昇降口を飛び出していく数多の生徒達に紛れながら校舎より抜け、教師達の目を掠め、旧校舎へ続く『秘密の入り口』を潜った。

『秘密の入り口』を潜った処で彼等に追い付いて、「ミサちゃ〜んも〜」と混ざった裏密ミサを含めた六人で地下を進み、そろそろヤバいんじゃないかとか、一寸潜り過ぎた? とか、いい加減疲れてきたとか、そんな声が、誰からともなく洩れ始めた、旧校舎地下四十六階層。

「……おーーい。京一? 京一ってば! しっかりしろ、京一っ!!」

凹凸の酷い地面の上で、仰向けに引っ繰り返って伸びた京一を、龍麻が揺り起こした。

「………………あ、れ……?」

「『あれ?』じゃないって……。大丈夫?」

「おう……。…………あー、俺、もしかしなくてもイッてた?」

「イッてた。目一杯」

「やっぱりか。くっそー…………」

──数分前。下り立ったそこにて繰り広げた、異形達との戦いが終わる寸前。

一匹の異形が仕掛けてきた攻撃を避け切れず、真正面から喰らった京一は、小蒔とミサが思わず、「見事過ぎる……」と、状況も忘れて呟いてしまったくらい『綺麗』に飛ばされ、更には後頭部を強かに地面にぶつけ、慌てて駆け寄って来た葵が唱えた治癒の技が掛かり切るのを待って、やはり慌てて駆け寄って来た龍麻に揺り起こされるまでの数瞬、意識を飛ばした。

「痛ってー……。コブ出来ちまった。デケェの」

「……本当に、大丈夫?」

「平気だって。──よ、っと」

バタバタと集まって来て、倒れたままの己を覗き込む仲間達の顔を順番に眺め、酷い衝撃に揺れた頭や首や肩を撫でるように触りながら、京一は、「手から零さなかっただけマシか……」と、気を失っても掴み続けていた木刀の柄を握り直し、心配しきりの色を頬から消さない龍麻へ、ひらひらっと左手を振ってから、勢いを付けて立ち上がった。

ここに潜り始めて未だ一ヶ月半程度しか経っていないし、今日は六人だけだから、余裕のある所で止めようと、五十階層で彼等はその日の旧校舎詣でを切り上げることにした。

……その、本日ラストと決めた、五十階層目。

「うぉーい。龍麻? だいじょぶかー?」

頭を庇うようにしながら地面を滑り、岩肌に背中から激突した龍麻に京一が駆け寄り、ぽんぽんと肩を叩いた。

「…………あー……」

「気ぃ抜けるような声出してんな。……平気か?」

「うん……。つか、俺もイってた?」

「そりゃあ見事に」

「ううううう……」

──先程の京一と一緒で。

もうそろそろ、この階層での戦闘にケリが付く、という頃、一匹の異形が陰氣を膨れ上がらせた。

それは、その異形を消滅させようと近寄った龍麻が右腕を振り上げた瞬間で、あ、と彼が思った時には既に遅く、己が氣そのものを得物とする異形の陰氣に、バチリという音と共に龍麻は後方へ弾き飛ばされていた。

「せ、背中打った……」

「ヤっちまったか? 肋骨。背骨は?」

「あー、両方、平気。平気だけど……、うー、未だ息し辛い……」

「喚けるんなら大丈夫だな」

何処までも京一同様、葵の『力』で直ぐさま傷は癒え、痛みも瞬く間に引いたけれど、僅かの間とは言え、意識を飛ばしてしまった事実が相当悔しかったのか、もう、体の何処も痛まぬのを確かめながら立ち上がった龍麻の表情は、ムスっとしていた。

京一や龍麻的には、散々な戦果だったその日の旧校舎詣でを終えて、一同は揃って、毎度の場所、王華に立ち寄った。

「わー、やっと来たー! ボク、お腹ぺこぺこー!」

「小蒔ったら。そんなにお腹が空いていたの?」

「ミサちゃ〜んも、空いてる〜。いただきま〜す〜」

その日の王華は混んでいて、注文したラーメンが出て来るのに普段よりも時間が掛かり、漸く運ばれてきた、湯気を立てる丼に、何処となくホッとした表情を浮かべながら、少女三人が、目前に迫った夏休みの話を始める傍らで。

「あーー、納得いかねーーー」

「俺もー。なーんで、ちゃんと避けられなかったかなー……」

京一と龍麻は、揃って大盛り味噌ラーメンに挑みながらも、未だ、旧校舎にての自身の失態を、ブツブツ嘆いていた。

「何時までも言うんじゃない、二人共。過ぎてしまったことだろう。修行中には、ああいうことだってある。次に生かせばいいだけの話だ」

中々に鬱陶しい友人二人の様に、醤油ラーメンを啜りつつ、醍醐は溜息を付いた。

「いいじゃねえかよ、喚いたって」

「京一。いい加減にしないか」

「へーへー」

「へーへー、じゃない。お前はな──

──まあまあ、醍醐。正直、俺だって未だ喚きたいよ?」

その為、ズルズルとラーメンを掻き込みながらの京一と醍醐の軽い言い合いは続いて、勢い振り上げられた京一の割り箸から飛んだラーメンの汁を、咄嗟にガッと掴んだティッシュで防御しながら龍麻は毎度の仲裁を入れ。

以降、旧校舎という単語を取り去った会話を彼等は始めた。