東京魔人學園剣風帖

『不老長寿の妙薬と』

未だ、仲間内では劉弦月にしか打ち明けていないが、高校を卒業したら、親友兼相棒である蓬莱寺京一と共に、中国へ修行の旅に出ると、彼、緋勇龍麻は心に誓っている。

今を遡ること、約二ヶ月前の雨の夜、二人きりでそんな約束を交わしたあの日から。

だから、高校最後の日々──三学期が始まって暫しが経ったその日も、彼は京一と共に、「柳生との戦いは終わったのに、何でお前達は毎日のように旧校舎に潜るんだ?」と不思議そうに尋ねて来た醍醐雄矢をも上手く言い包めて巻き込み、三人で、真神学園・旧校舎に朝から潜り、後から後から湧いて出る物の怪や異形を倒しまくって、得た『収穫』を『換金』しようと、北区・王子の如月骨董品店へと赴いた。

「やあ、龍麻。京一も雄矢も」

知り合った頃とは到底同一人物とは思えぬ程砕けた親し気な調子で、自分達三人を、名字でなく名で呼びつつ、笑いながら出迎えてくれた如月翡翠に、「やっほー」と相変わらずの調子で応えて。

「あれ?」

ひょいっと、彼の肩越しに店の奥の帳場を覗いた龍麻は、少しばかり不思議そうに首を傾げた。

「今日は、随分と賑やかで」

覗き込んだ帳場には、村雨祇孔や、壬生紅葉や、紫暮兵庫や、劉弦月が、雁首揃えてコタツに当たっており。

笑みを浮かべて仲間達に軽い挨拶をしながらも、龍麻は、問いた気に如月を見た。

「ああ。暇が出来たとかで、祇孔が麻雀をしないかと誘いを掛けて来たから、紅葉に連絡を取って」

「如月さんから電話を貰った時、丁度、紫暮さんと、紫暮さんの実家の道場で鍛錬をしていたから、僕が紫暮さんを巻き込んで」

「紫暮の旦那は麻雀はやらねえからな。サンマー※1にするかとも思ったんだが……、どうせなら、って、京一の旦那も捕まえようとしたんだがよ」

「京一はん等捕まらんかったさかい、わいに白羽の矢が立ったっちゅーこっちゃ」

何で今日は? と目線で尋ねて来た龍麻に、先ず如月が説明を始め、以降、壬生、村雨、劉と、口々に経緯を語り。

「お前達は、何をしてたんだ? 見た処、旧校舎に潜っていたようだが」

茶を啜りつつ、今度は紫暮が、龍麻達に尋ねて来た。

「うん。一暴れして来たんだー」

「ボーっとしてると、体鈍っちまうからなー。暴れて来たんだよ。で、暴れ序でに『換金』に来たって訳だ。な? タイショー?」

「ああ。久し振りに、そういう『運動』もいいと思ってな」

だから今度は龍麻達が、『適当』に訳を語り。

「…………期せずして、結構面子揃っちゃったね。何か、こうなって来るとさ……」

「だなあ。……なあ、ひーちゃん。どうせだからよ──

──二人共、皆まで言わなくていい。君達のことだ、折角だから宴会、とか言い出したいんだろう?」

「へへへー。判ってんじゃねえか、如月」

「宴会ねえ……。まあ、それもありか?」

「あり、と言うか……。龍麻も京一も、言ったって聞きませんよ」

「宴会ということは……酒か?」

「京一。龍麻。酒は──

──まあまあ。紫暮はんも醍醐はんも。今更、そないなこと言うたかて、無駄やと思うで?」

────今宵、細やかに行われる筈だった、如月骨董品店での麻雀大会は、龍麻と京一の所為で、急遽、宴会、に変わった。

むさ苦しい、との、細やかな本音はどうしたって頭の片隅を掠めるが、野郎同士で呑むというのは、決して悪くない処か、きっぱりはっきり楽しみだ、というのも、一同の本音の一つなので、どうせならと、残りの野郎な仲間達──雨紋雷人、アラン蔵人、紅井猛、黒崎隼人、霧島諸羽、御門清明にも、彼等は手当たり次第連絡を取り、「女人禁制な宴会をするぞ!」と、如月骨董品店へ呼び付けた。

御門などは、「何で私が」とか何とか、ブツブツブツブツ文句を垂れたが、龍麻の、「御門の薄情者」とか、「御門は、綺麗処がいないと一緒に呑んでもくれないんだ」との泣き落とし──と言うよりは脅し──に最終的には屈したので、午後八時を過ぎる頃、野郎達は、『突発! 野郎同士の友情を深める女人禁制宴会』を、如月の家の例の座敷で始めた。

それでも、面子を揃えようと、皆が皆、携帯だのPHSだのを取り出した時には、宴会は、『予定・細やかに』の筈だったのだが。

殆どの者が制服姿だったので、家主が素知らぬ顔して、古くから付き合いのある酒屋に電話し、何本かの日本酒やらウィスキーやらと、ケース入り瓶ビール──計二十四本。サイズは大──を配達させ、肴は何でもいいとデリバリーで適当に注文した辺りから、確実に何かが間違い始めて、更に、差し入れをしておけば、早い時間に一抜けしても許して貰えるだろうと踏んだ御門が酒瓶を携えやって来てしまったので、益々『何か』は間違い続けて、『予定・細やかに』だった筈の宴会は、始まる以前から、大宴会の様相を呈し。

実際、大宴会になった。

少女達──皆、揃いも揃って可憐だけれど、華やかだけれど、可愛いけれど、トドメに、優しく気立てもいいけれど、やはり、揃いも揃ってズバ抜けて逞しい仲間の少女達の、稀には「うるせぇ」と言いたくなる『お小言』──実際、まかり間違って、「うるせぇ」などと言った日には、手の早い一部の少女に、確実に鉄拳制裁を喰らうだろうが──が一切ない、というのも手伝って、男同士だから出来る会話のテンポもノリも、酒を飲み下すスピードも、酷く早かった。

ボソボソーっとした声での、恋の悩み打ち明け大会なひと時もあったし、下ネタ全開フルパワー、なひと時もあったし、『五剣三槍※2』の話で盛り上がる一部の隣で、『無手の流派別戦術の違い』に花を咲かせる一部があって、その又隣では、洋の東西の一切合切を引っ括めた卜占ぼくせん絡みの大論争を始める一部がいて、ぎゃいのぎゃいのうるさい論争を尻目に、『賭け事とナンパとスポーツに於ける、強運の強制発動の可能性』などという、訳の判らない議題で真剣に知恵を絞り始める一部もいて。

二間続きの座敷の片隅にズラリと並べられた酒瓶の山が、半分程空になった時──家主と、大抵の場合懐が暖かい村雨と、『足』の心配を一切せずとも良い御門を除いた残りの者達が、「あっ!」と気付いた時には、既に。

JRも各私鉄も地下鉄も、全て、終電が出てしまった後だった。

「………………朝までコースだな」

「……うん。朝になれば、電車動くんだし」

タクシーを拾う以外の方法で、『塒』へ帰る術を失ってしまった、と気付き、数瞬、少年達は揃って目線を宙へと漂わせたが、直ぐさま、京一と龍麻が立ち直った。

と言うか、開き直った。

「まあ……いいか」

「仕方無いし……」

「ですね……」

「……そやな」

故に次々、彼等は開き直り始めて、「私は帰れます」と一人立ち上がろうとした御門を総出で引き摺り引き止め、京一の弁通り、朝までコースになってしまった、宴会・第二部に傾れ込んだ。

だが、この上馬鹿騒ぎを続けるのは流石に近所迷惑、との自覚は誰しにもあったので、大宴会は、静かに酒を嚥下する場へと変わって行き。

一寸、喋り疲れたかなあ……、と。

決して、文字通り静かという訳ではないのだが、『静』としか例え様のない雰囲気になった座敷を、龍麻は一人見回した。

──控え目な声で、皆適当に、与太話をしている。

存分に酒臭い部屋と化したのに、未だ全員、手の中のグラスや盃を傾けている。

「面白いかも……」

…………仲間達のそんな姿を、こっそり盗み見て、観察して、龍麻は、誰にもバレぬように忍び笑った。

未成年な自分達がこうしているのは、間違っても褒められたことではないが、ともすれば傍目には、ちょっぴり『背伸び』をしている風にも見えるのだろう仲間達の姿にも、個性や性格が出る、と思って。

※1 サンマー=三人で行う、一寸特殊な麻雀。

※2 五剣三槍=正しくは、天下五剣てんかごけん天下三槍てんかさんそう。室町時代に選ばれた名刀と名槍の代表格。