────例えば、自分達の飲酒や、一部の者の喫煙に関して決して良い顔をしない醍醐や紫暮はやはり、酒へと伸ばす手も控え目だ。
本音では何処までも反対なのだろう、アルコール付きの宴に己達も巻き込まれることが決定してしまっても尚、ブツブツと言う程無粋ではないし、それなりのノリも見せるし、はっきり言って龍麻よりも遥かに酒に強いが、ここまで、と自分で決めているらしい酒量を越えることは滅多になく、酔い潰れることもない。
うっかりすれば、淡々、と言える程静かに、二人共、ゆっくりグラスを傾けて行く。
共通の話題が多く、馬もよく合う彼等だから、揃って同じように酒と向き合いながら、至極楽しそうに笑みつつグラスを向かい合わせている所を、仲間内の宴会ではよく見掛ける。
同じように、ゆっくりグラスを傾けている、と見える村雨は、「何時の間にそんなに?」と問いたくなるくらい、飲み干す酒の量もスピードも実の処は早くて、でも、何時でもケロッとしている。
龍麻にしてみれば、「飲み過ぎなんじゃ?」と言いたくなる量を、「は?」と言いたくなるスピードで空けても、見た目は殆ど変わらない。
が、よくよく見れば、ちょっぴり皮肉屋っぽく見える彼独特の笑みが、唇の端に浮かびっ放しになって、ギャンブルに関する話題が普段の二割増しになるので、「ああ、気分良く酔ってるんだな」と判る。
……らしいと言えば、らしい。
そんな村雨以上に、誠に『らしい』部類に入るのが、如月と御門と紅井と黒崎で。
普段から纏っている、折り目正しいと言うか、優雅と言うかな雰囲気を、酒が入ると一層際立たさせるのが如月。
無意識なのだろうけれど、どういう訳か彼は、摂取したアルコールの量が増えれば増える程、それに比例して、普段以上に姿勢正しくなり、立ち居振る舞いが優雅になって行く。
会話の内容は、時折、「あ、酔ってる」と周囲に呟かれるレベルまで『落ちる』こともあるが、立ち居振る舞いは、箸の上げ下げから、盃を摘み傾ける指先から、全てが優雅で、「何かの儀式?」と龍麻は問いたくなるくらいだ。
御門も、如月に勝るとも劣らぬくらい普段から雅な口だから、酒を呑ませてみても雅で、らしいと言えばらしいのだが、何事に付けても『らし過ぎる』彼は、酒の量が過ぎても、本当に、これっぽっちも普段と変わらない。
呑んでいるのかいないのか、肴を摘んでいるのかいないのか、それすら、注意して見ていないと判らない。
でも、確かに呑んでいて、嗜むアルコールの量に相応しいだけ、肴にも手を出している。
酒が入っている、と判る素振りも、結構呑んでいるとか、結構食べているとか、他人に思わせる場面を一切見せぬままに。
話すことも、することも、普段と何一つ変えない。
普段と何一つ変わらない、という意味では、紅井と黒崎もそうなのだが、二人の『普段と何一つ変わらない』は、或る意味御門のそれとは真逆だ。
彼等は二人共にはっきりと、酒を呑んでいるのがありありと判る風情で、酒が入っているからなのか、酒が入ろうとも……、なのか、相変わらずの熱血振りを見せる。
素面の時に輪を掛けたテンポで、正義を貫く為の志と、その果てに望む『世界』と『理想』と、熱き友情とを、誠にらしい調子で語って語って語り続けて、やがて、それぞれの『得意分野』の、野球やサッカーのことで話を締める。
五分の確率で、口論と言うか喧嘩と言うかを始めることもあるし、騒々しい時もあるけれど、まあ、彼等の酒も、悪いそれではない。
そんな、『らしい部類』の者達とは違って、酒の席では『らしくない』所を見せることがあるのが、壬生と雨紋とアランと霧島。
酒が入っても、普段の調子と余り変わらないのだろうと龍麻などは想像していた壬生は、意外にも、若干人が変わる。
何と言うか……、一言で言えば陽気になる。
初めて、壬生が酔った処を見た時、「意外……」と龍麻は呟いた程度、はっちゃける。
悪い酒だとか、箍が外れるとか、そういう訳ではないのだが、多少なりとも背負っている重たいモノのことを忘れられるのか、気の置けない仲間達との宴会は心に優しいのか、宴を楽しむ、年相応の少年に戻る。
一方、各方面の仲間内での宴会──例えば、バンド仲間とのそれとか──には慣れている筈の、故に、普段の調子を貫くと龍麻は想像していた雨紋は、事、この仲間内での、男同士限定の飲み会になると、少々大人しくなる。
気を遣っているとかではなく、どうも、この輪の中では、色々な話の聞き役に廻りたい、というのが、雨紋の頭の片隅にはあるようで、真剣な相槌を打ちながら、仲間達の話に耳を傾ける姿をよく見せる。
元来真面目なのか、『そこ』が、彼の中で最もウェイトが大きいのか、自分達のバンドの曲や詩に付いて、感想を尋ねることもあったりもして。
アランもアランで、生まれ故郷のメキシコ仕込みの、明るく陽気な酒なのかと思いきや、存外静かに酒を呑む。
面子が男だけの場合は、呑むと言うより、嗜む。
もしかしたら、彼が一番、酒とは『大人』な付き合いをしているのかも知れない、と龍麻は思うことがある程に。
勿論、馬鹿騒ぎにも加わるし、陽気過ぎる一面を見せることとて多々だが、ペース配分も、飲み方も、かなり『上手い』口で、その辺りは、らしい、と言えるのかも知れないが、酒のグラスと向き合っている時のアランは、時折酷く無口で、ポツっと、思い出したように、消えてしまった故郷の想い出話を、皆に語り聞かせることもある。
一番年下の霧島は、『不良な年上達』とは違い、酒の強さ──否、弱さは、龍麻とどっこいどっこいで、「呑め!」のお達しから逃れられなくなると、にっ……こり、と笑みながら、ビール瓶片手に酌をして歩くという逃げの一手を打つのだけれど、それでも面子が面子なので、逃げ続けるにも自ずと限界はあり、四割の確率で、寄って集って酔っ払いに仕立て上げられるのだが……、大人しく潰れてしまう時は兎も角、潰れずに、『別方面』へと酔いが発揮された際の霧島は、ひと味違う。
年上を年上として、先輩を先輩として敬う、何時もの口調のまま、説教を始める。
当人にはその記憶は一切残らぬらしいが、稀に、「そこまで言うかっ!?」な指摘まで、的確に、抉るようにすることがあって、又それが、ぐうの音も出ない正論だったりするものだから、或る意味、質が悪い、と言えぬこともない。
霧島が、酔っ払いへと仕立てられる確率が四割程度で収まっているのは、それ所以かも知れない。
そして、残り二名、劉と京一。
酒の席での劉は、らしいと言えばらしいし、らしくないと言えばらしくない。
母国の習慣の所為もあるのか、やたら酒が強く、が、酔うとか、酒を受け入れるとかいうことにも誠素直で、酔っ払うことを楽しんでいる節もあり、大抵の場合は至極陽気で、普段の倍、只でさえ激しい喜怒哀楽が激しくなる。
よく笑い、よく泣き、怒り、楽しむ。
お約束の話題は、生き別れ状態に等しいらしい、今となっては彼の唯一の血縁である姉にまつわる、『恐怖』の思い出話。
……と、ここまでは非常にらしいのだが、何かの弾みでスイッチが入ると、見知らぬ他人と見紛うばかりの真顔をして、口を噤んで、まるで、砂を噛み締めているかの如くな風情を見せたりもして。
アランのように、ポロポロっと、滅ぼされてしまった故郷の話を洩らし、涙を滲ませることもある。
龍麻が一言二言、励ましの言葉を掛ければ、大抵、何時も通りの調子に戻るのだけれど。
京一も京一で、らしいと言うか、らしくないと言うか……、兎に角彼は、『差』が激しい。
高校生であることを考えれば確実に酒豪の部類に入るから、如何なる席でも酒に対する強さは見せるのだが、酷く陽気に明るくはしゃいで、やり過ぎなくらい場を盛り上げて、さんざっぱら馬鹿げた振る舞いをしつつ、どんちゃん騒ぎの輪の中心に立ち続けることもあれば、「そういう呑み方も出来るんだ」との感想が周囲より思わず洩れるくらい、静かに、酒とだけ語らっていることもある。
酔い方もまちまちで、一番呑んだにも拘らず素面同然の時もあれば、「酔った」と宣言し、さっさと寝てしまう時もあるし、龍麻に、「夕べ、本当に呑んだ?」と素で問われる程、ケロッとしている翌日もあれば、二日酔いでゲロゲロな翌日もある。
体調や気分が、その落差の全てを左右していると言うなら話は簡単なのだが、龍麻や、一番付き合いの長い醍醐には、京一のそれが、彼の体調や気分と全く関わりないのが一目瞭然なので、何故そうなるのかの『真相』は、未だに闇の中だ。