「ひーちゃん? 何してんだ? さっきから、ずーーーっとボーーーーっとしてんぞ?」
──仲間達の酒の席での様子を、観察、と称し、一人こっそり盗み見ていたら、京一に、ヌッと顔を覗き込まれ。
「何でもない」
あはー、と龍麻は誤摩化し笑いを浮かべた。
「あはー……、て。……酔ったのか?」
「そんなんじゃないよ。そりゃ、多少は呑んだかなー、とか思うけどさ」
「多少、なあ……」
へらっとした笑みをじっと見詰め、龍麻の傍らに並ぶグラスと盃を見詰め、京一は、物言いた気な色を鳶色の瞳に乗せた。
「……何だよ」
「……お前、自分が何杯呑んだか覚えてっか?」
「………………さあ」
「さあ、じゃねえだろ……。っとに……」
「そんなの一々数えて酒呑む程、俺は殊勝じゃないよ」
「そりゃ、そうかも知んねえけどよ」
「あ、でも、何か一寸今、クラッとキた…………。あれ? 俺、そんなに呑んだっけ?」
「ひーちゃん……。……お前、少し、酒に関する学習をしろ?」
「うわ。京一に、学習、とか言われるの、一寸屈辱」
急にふわふわとし始めた頭で、鳶色の瞳を覗き込みつつ、己に対してだけは過保護な京一の、説教臭い文句の捲し立てが始まる、と思いながら、少々辻褄の合わないことを龍麻は言い募り始め、又、へらへらっとした笑みを浮かべた。
「屈辱でも何でもいいから、ちったぁ学べ」
「はいはい。ホント、京一って過保護だよねー。時々、猛烈口うるさいったら。──あ、京一」
「うるせぇのはどっちだ。お前は何時も一言多いじゃんよ。──で? 何だよ」
「電池切れる。お休み」
酔いが廻って来た際に龍麻が見せる兆候の一つである『へらへら笑い』に、もしや……、と京一が眉を顰めた通り、いきなり、『ふわふわ』が睡魔にシフトしたと、龍麻はそのまま、猫のようにその場に丸まろうとして。
「は? ……おまっ……。お前は、ほんっとーーに毎度毎度、唐突だな、おいっ!」
ボテ、と崩れるように横たわった体を、慌てて京一は掬い上げた。
「きょーいちーー」
「……何だよ」
「まーくーらー」
「…………へいへい……」
荒っぽく肩を掴み上げられ、でも、機嫌良さそうな声音と全開の笑みで、一言のみ、龍麻は『希望』を告げ、又始まった、と京一は、慣れた様子で、膝を枕に貸してやる。
「去年の忘年会からこっち、先生は、酔い潰れることが多くなったな」
「デスネ。キョーチノ膝枕姿モ、見慣レマシタ」
去年の年の瀬より、恒例になりつつある酔い潰れた龍麻の姿と、何だ彼
「気を抜けることが多くなったんだろうさ」
「潰れる程酔うというのは、正直アレだが……、気を張らずに済むようになったのは、いいことなんだろう」
やれやれ、と洩らしながらも、紫暮も醍醐も、何も言わずにおいてやると苦笑し。
「あの戦いが終わってから暫くも、色々ありましたもんね……」
「そうだよなあ……。柳生さえ倒しちまえば、それでお終い、なんて思ってたのによ……」
霧島と雨紋は、揃って腕組みし、しみじみとし始めた。
「一大事っ!? になり掛けたこともあったしな」
「……今だから言える。あの時は内心焦った。心底」
それに釣られたように、紅井と黒崎は、少しばかり遠い目をしてみせ。
「まあ、過ぎた話なのだし。今も、皆揃ってこうしていられるのだから」
「そうですね。終わり良ければ、とも言いますからね。そうしていられることも、彼の幸せの一つなら」
その辺りの話は、そっと水に流そう、と如月と壬生は、囁くように言った。
「酔うと、すんなり寝てまうさかい。悪い酒やあらへんっちゅーか、手間の掛からん酒やから。ま、ええんちゃう?」
「ですが、番度酔い潰れると言うのは、困り物なこともあると私は思いますが?」
ああだこうだ、思い思いのことを言い始めた仲間達に、何はともあれ放っておけばいいのだし、と劉は気楽に全てを流して、御門は、ほんの少々小言めいたことを。
「まあなー。俺も、そう思うんだけどよー」
その御門の、暗に、「貴方が気を遣うべきです」と訴えている風な眼差しをくれられて、京一は、はは……、と曖昧に笑った。
「楽しそうだからさ。つい……、な。見逃しちまうんだよ。ひーちゃん、この集まりだと何時も何時も、そんな風だろ? ──そんなには酒強くねえってのになー。何でこいつは、あんなにも、酒を美味そうに呑みやがるかなあ……。俺、あそこまで美味そうに酒呑む奴、他に知らねえかも」
お前が面倒を見ろ、との細やかな訴えが己にくれられることは、まあ……或る意味当然なのかも知れないけれど、本当に本当に楽しそうに、そして美味そうに龍麻は酒を呑むから、好きにさせてやりたくなる……、と。
言い訳というのではなく、京一は呟いて。
「……この集まりだからでしょう。蓬莱寺、貴方が言う通りね」
音にしてしまったが最後、どうしたって、この場の誰もがこそばゆく感じる『事実』を、さらっと御門は口にした。
「判ってるって、そんなん。──そりゃそうとよー、麻雀、やんねぇ?」
己が膝を枕にさっさと寝てしまった、ぶにゅ、と小さな子供のような寝息を吐きながらむずかる風に身を捩った龍麻を、「寝てても平気だから」と軽く宥め、仲間達へ向け、さらっと笑うと、気分一新! とばかりに京一は、麻雀、と言い始めた。
「君の膝で、龍麻が寝ているのにかい?」
「諦めて、最後まで面倒を見てやったらどうなんだ?」
「そうそう。手間の掛かるガキの面倒は、おとーさんが見ねえとなあ」
「ちゅー訳で。京一はん、アニキ頼むなー。わい等、向こうで麻雀やるし」
でも、壬生も如月も村雨も劉も、その状態で麻雀をやるとほざくか? と、とっとと、京一や龍麻とは少しばかり離れた所で卓を囲み始めてしまい。
「俺は、出来れば始発で帰りたいからな。──如月! 隅で寝かせて貰うぞ」
「あ、俺っちも! 雑魚寝させてくれー……。正義の味方な野球人は、朝が早いんだ……」
「いい加減、私は帰りたいんですが……」
「……御門さん、それこそいい加減、諦めた方がいいんじゃ……」
「雨紋、雨紋。この間、例の時代劇、録画したんだけどな」
「おっ! マジかよ、黒崎さんっ! 良かったよな、アレに出て来る忍者!」
紫暮と紅井は仮眠を取り始め、御門も霧島も黒崎も雨紋も、適当なことを言い合いながら再びグラスを掴み。
「ちっくしょー、薄情な連中だよ……」
「文句なら、龍麻に言うんだな。尤も、お前が龍麻相手にそんなことを言えるなら、だが」
醍醐は、ビミョー……に複雑な表情を拵えながら、如月が廊下に置いておいた数枚の毛布の内の一枚を取って来て、ブー垂れる京一目掛け、放り投げた。
「判ったよ。ひーちゃん起きるまで、お守
バフっと投げられたそれを受け取り、四の五の言いつつも、京一は龍麻にそれを掛けてやって。
同情してくれたのか、付き合ってやろうと思ってくれたのか、酒入りのグラスも持って来てくれた醍醐と差し向かいながら、小声での与太話を始めた。
…………そうして、誰かが寝たり、誰かが起きたり、騒いだり黙り込んだり、といった調子の宴会を、彼等は朝まで続けて。
カタコトと、始発電車が動き出した頃合い、誰からともなく、
「又やろうな」
との、曖昧な、けれど確かな約束を、少年達は交わした。
End
後書きに代えて
野郎共それぞれと、不老長寿の妙薬──酒との付き合い方、なお話。
……いや、その。ちょいと、彼等の宴会の模様を書いてみたくなっただけ、とも言います(笑)。
未成年の内からお酒を飲むというのは、してはいけないことだし、未だ未成年の方は、決して見習わないで下さいね、だったりするんですが、この年頃って、こーゆーことするの、かなり楽しかったりするんだよね。
尚、京一の、お酒飲んでる時や翌日の様子の落差を左右してるのは、彼自身の気分や体調ではなくて、龍麻の気分や体調(笑)。
当人が無自覚だから、多分誰も気付かないと思うけど。
──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。