意地悪を言って、京一を困らせてみようと改めて誓いながら、通い慣れた通学路を辿り続けた葵の目に、『何時もの角』が映った。

弓道部の朝練がない限り、共に登校する為に、小蒔と待ち合わせていた曲がり角。

「あーーおーーいーーー! おはよーーーっ!」

卒業式のその日も、彼女はこれまで通り、親友と待ち合わせていた。

瞳に映った何時もの角には、彼女と同じ、袖を通すのは最後となる真っ白いセーラー服を着た小蒔が待っていて、やって来た彼女を声高に呼んだ。

「おはよう。お待たせ、小蒔。少し遅れてしまったかしら?」

「ううん、そんなことないよ。時間ジャスト! 今日は卒業式だー! って思ったら、一寸落ち着かなくなっちゃって、ボク、少し早く家を出ちゃったんだ」

「まあ、小蒔ったら。でも、気持ちは判るわ。私もドキドキしてるもの」

「葵は、卒業生代表で答辞を読むからじゃないの? 凄いよねー、葵。入学式でも卒業式でも、答辞読むなんて」

「小蒔、そんなこと言わないで。緊張してくるから……」

常と変わらぬ明るく眩しい笑顔を振り撒き、手を振りながら駆け寄って来た親友と肩並べつつ、彼女は尚も、通学路を辿る。

「卒業式、お昼挟んじゃう予定だから、ボク、お腹空いちゃうんじゃないかと思って、こっそりドーナツ持って来たんだ。式が始まる前に、内緒で食べようと思ってさ」

「小蒔は本当に食いしん坊なんだから。けど、いいわね、ドーナツ。美味しそう」

「えへへー、実は、葵の分もあるんだ。アン子とミサちゃんと、醍醐クンとひーちゃんと、一応、京一の馬鹿の分も。皆で一緒に食べようねっ」

「ええ。有り難う、小蒔」

小蒔らしい、ちょっぴりの秘密を語り出した彼女と二人、コロコロと笑いながら行く葵の前に、今度は、折良ければ同級生達と行き会える、二つ目の『何時もの角』が迫った。

「あ! 皆だ。おはようっ!」

「おはよう、桜井。美里」

「よっ。おはよーさん、美里に美少年」

「美里さんに桜井さん、おはよう」

「おはよう、醍醐君、京一君、龍麻君」

その日はタイミングに恵まれたようで、二つ目の何時もの角で彼女と小蒔は、揃って登校する途中だったらしい少年達三人に行き会うことが出来て。

「きょーいちーーーっ。まーーた、朝っぱらからそういうことを言うっ!」

「しょうがねえじゃねえか、美少年は美少年だ。違うか?」

「ボクは女だっ! 卒業式の日にまで、こんなこと言わせるなっ!」

行き会った途端、親友と、今日はどうしたって、狡い、としか思えない京一との毎度の漫才が、彼女の目の前で始まった。

「京一、いい加減にしなよ。それこそ、卒業式の日なんだからさー。……ほらっ、前向いて歩くっ! ──桜井さん、後でちゃんと、この馬鹿のこと締めとくから」

慣れっこになってしまっているそれだけれど、あー、始まった……、と葵と醍醐が困った顔をしたら、龍麻が、小蒔をからかうこと止めない京一の頭を一発引っ叩いて、その腕を掴み、引き摺り出した。

「ひーちゃん、お前、小蒔の味方しやがる気かっ?」

「しょうがないだろ、京一が馬鹿な所為だよ」

「うん、ひーちゃん、宜しくねっ。ボクも自分で、この馬鹿締めるけど」

「桜井、そんなに、その紙袋は振り回さない方がいいんじゃないのか? 多分だが、中身は『非常食』なんだろう?」

「あ、そうだった!」

龍麻に引き摺られるまま歩きながらも、京一は口を閉じること止めず、先んじた二人の後を小蒔は小走りに追い掛け出して、『非常食』が潰れる、と彼女のオーバーなアクションを嗜めつつ、醍醐は大股で彼女と並んだ。

「葵ーーっ! 早くーっ!」

「ええ。待って、皆」

その所為で、仲間達の一番後ろを付いて行くような格好になった葵を、早く、と小蒔が急かした。

振り返り、立ち止まり、一様に、彼女が追い付くのを待つ風になった仲間達へ、足を早めて追い付き。

「この道を皆でこうして歩くのも、今日が最後ね」

葵は、盛りの梅の花が生む、楚々とした薫り漂う、晴天の空を仰いだ。

──望み、焦がれた場所に通い続ける為、三年、この道を辿った。

一年生、そして二年生の時は、来る日も来る日も、『足りない何か』を求めつつ。

三年生になったばかりの春の頃は、握ること出来た『足りない何か』を噛み締めながら。

夏の頃は、『足りなかった何か』と共にやって来た『彼』への、淡い想いを抱えながら。

秋の頃は、『彼』との『運命』を感じながら。

冬の頃は、己の望みとは違っていた『運命』に、一人秘かに泣きながら。

毎日、毎日、通った。

通い続けた。

そして、卒業を迎えた春。

もう二度と、在校生としては通うことないこの道を、大切な仲間であり友である者達と共に。

仲間として、友として、としか思えなくなった『彼』をも交えて。

この道。

三年、通い続けた通学路。

焦がれた場所に通い続ける為の、『運命』を手にし続ける為の、道だった。

全てはもう、終わるけれど。

この道を仲間達と通うことも、焦がれた場所に在校生として通うことも、この道を辿りながら抱えた想いも。

けれど、気持ちは晴れやかだ。

────天を仰ぎ、漂う薫りを胸一杯吸い込んで、葵は真っ直ぐ前を向いた。

通い続けたスクールゾーンは、未だ続いている。

焦がれ続けた場所へと。

大好きな人達と共に、長くて短かった青春の日々を過ごせた場所へと。

大切な大切な道のまま。

その先の、今は未だ見えない、新しい未来と人生と運命へも続きながら。

End

後書きに代えて

葵ちゃんのお話でした。

……何か……、御免、菩薩様。

──『風詠みて〜』の方の中で、卒業式当日、何故、葵が京一にあんなことを言ったのかの本当の理由の話、でもあります。

なので、葵ちゃんの失恋話でもあったりします。

失恋と言うか、龍麻のことが好きになって、でも諦めて(と言うか何と言うか)、良いお友達、と思えるようになるまでの経過。

……これで、うちの京一と龍麻、幸せにならなかったら──正確には、龍麻を幸せに出来なかったら、京一、菩薩様にジハード喰らうんじゃないかなー……(笑)。

尚、因みにワタクシ、菩薩様は、黒くても白くてもOKです(笑)。

うちの葵は、真っ白でもなければ真っ黒でもないですけれども。

色々と思うことはある、女子高校生、って感じかな(笑)。

──それでは皆様、宜しければご感想など、お待ちしております。