……それまで、恋愛、ということも、男性、と意識した相手と関わり合うことも不得手としてきた彼女の奥手故が、告白という行動を、彼女に取らせなかった理由の一つだ。

彼女のように、龍麻に魅せられ、龍麻の許に集った者達の中には、魅力溢れる少女が数多いて、そんな少女達の何人かも、龍麻に惹かれている様子だったのを悟った、それも理由の一つだ。

しかし。

結局の処、抱えた恋心を彼女が龍麻にぶつけようとしなかったのは、龍麻の目が、彼女でなく、彼女の仲間であり友人でもある少女達でもなく、彼の親友──蓬莱寺京一、唯一人だけに向けられていたからだ。

それが、彼女が告白をしなかった最大の理由。

今時の男子高校生にしては少々奥手、それも原因だったのかも知れないが、龍麻は、恋愛、ということに興味も意識も割かなかった。

彼の想いも眼差しも、親友と、その親友と育む友情、それだけに向けられていた。

それは、誰の目にも──彼女の目にも明らかだった。

龍麻は、大抵京一と共に在って、京一と共に在る為に最も時間を使って、その心の殆どを京一で浸した。

何か大きな事が起こる度、その事が解決する度、無意識に、京一と二人きりの時間を求める風だった。

彼等の友情も絆も、誰よりも、何よりも深く固く、強かった。

仲間達、友人達、その誰もを好きだと言い、誰もを求め、誰をも大切にしながらも、京一は──京一だけが、龍麻の『特別中の特別』だった。

京一も京一で、それまでは、見た目や対外的な評価を裏切り、実態は、誰とも群れることをせぬ一匹狼であったのに、龍麻との関わりは、如何なることでも手放そうとしなかった。

誰よりも何よりも、龍麻の為に、時を割き、心を砕いた。

京一にとっても、龍麻だけが『特別中の特別』だった。

……彼等のそんな関係は、『運命』が齎したものでも、宿星が齎したものでも、送る時が齎した成り行きでもなかった。

れっきとした、彼等二人の意思だった。

そこに、何者も、ナニモノも、入り込む余地は何処にもない、と、少なくとも葵には思えた。

それ故に、彼女は龍麻に想いを打ち明けず。

やがて、彼女は悟った。

────黄龍の器は『類い稀なる力持つ者』と、『菩薩眼の娘』の間にだけ産まれる。

菩薩眼の娘の持つ最大の力は、黄龍の器を産み落とす、というそれ。

だから、菩薩眼の娘は、黄龍の器の母にはなれても、黄龍の器の対にはなれない。

運命や、宿星という『巡り』の上で、己と龍麻が一対として惹かれ合うことないのだろう。…………と。

そんな風に、彼女は悟った。

事実、運命や宿星を離れた互いの意思の上でも、彼と彼女は惹かれ合わなかった。龍麻が、葵を『そういう風』に見ることは、唯の一度もなかった。

……それも、彼女は悟った。

と、同時に、彼女が龍麻の中に見ていた淡い夢は、静かに消えた。

淡い夢は消え、彼女にとって、龍麻は、何処までも良い友で、良い仲間でしか有り得なくなった。

とは言え、彼女とて未だ十八、全ての想いを、綺麗さっぱり振り切るには、少々の時間と彼女なりの区切りが必要だった。

故に、夢破れ、龍麻や彼女達を取り巻いていた一連の出来事に決着が付き、それより暫しの時が流れた、一九九九年の二月中旬。

仲間内の女子一同で集まって、バレンタインデーに、仲間内の男子に贈る義理チョコを手作りしよう、との話が纏まった時、彼女は、『これ』を区切りにしよう、と定めた。

今はもう過去になってしまったけれど、かつて、龍麻の中に自分が淡い夢を見たことを、打ち明けぬまま終わってしまった想いを、手作りチョコの形にして、名乗らぬまま龍麻に贈り、全てを流してしまおう、と。

故に彼女は、自宅に招いた仲間の少女達と共に、義理チョコ代わりのチョコレートケーキを焼きながら、龍麻への細やかな品をも拵え、それをそっと贈った。

それで、彼女の中の龍麻への想いに関わる全ては、終わった筈だった。

けれど、葵が区切りとしたバレンタインが終わり、数日が経った頃。

彼女は杏子より、バレンタインの日、京一の様子がほんの少しだけおかしかった、との話を聞かされた。

卒業式が間近に迫ったと或る日には、醍醐が、卒業後の進路のことで龍麻と京一が喧嘩をした、と洩らすのを小耳に挟んだ。

────その年の一月二日、東京・上野の『寛永寺』にて、彼女達が関わった一連の出来事に終止符を打つ決戦を終えて少々ののち

偶然、葵は学内で、京一と龍麻の二人が、何やら小声で話し合っている処に出会していた。

龍麻も、如何なる時でもふざけた態度を取りがちな京一も、やけに真面目な顔で語らっているのを目にし、邪魔してはいけない、と思いつつ、立ち聞きしたと思われたらどうしよう、と考えてしまった彼女は上手くその場より立ち去れなくて、じっと、気配と息を殺すしか出来ず、結局、以前より二人が真神を卒業したら中国へ修行の旅へ出る約束を交わしていることと、その旅に発つ為の相談をしていることを、知ってしまった。

…………そう、彼等が、なんんだで仲間内の殆どに打ち明けなかった計画を、彼女は成り行きで知ってしまっていたから。

杏子の話と、醍醐が洩らしたことより、もしかしたら、と思った。

……彼女とて、京一の性格はよく弁えていた。

だから、もしかしたら京一は、バレンタインの日に自分が龍麻に贈った、そして、他の少女達も贈ったかも知れないチョコレートを切っ掛けに、『変なこと』を考えたのではないか、と。

龍麻の為にも、龍麻にチョコを贈るような誰か達の為にも、自分が龍麻との絆を断てば、と思い悩んだのではないか、と。

彼女は想像した。

確証はないけれど、己の想像は決して的外れではない筈、との、何を根拠としているかはよく判らない自信も、彼女にはあった。

想像と根拠のない自信は彼女を突き動かし、卒業式の日、彼女は、京一を捕まえ、『意地悪』を言って苛め、困らせてみよう、と誓った。

……狡い、と。

彼女は、京一は狡い、そう感じたから。

──龍麻にとって、京一は『特別中の特別』。

それは、誰にも疑いようのないこと。

何時かミサが言っていたように、龍麻の『星の一つ』は、京一と共に在らなければ幸せにはなれない、との行く末を龍麻に齎し、京一の『星の一つ』は、龍麻を幸せにする為だけに彼をこの世に存在させているのだとしても。

彼等のそんな関係が、『運命』という名の真実だとしても。

幸せをも含めた『何か』を京一に求めるのは龍麻の意思で、幸せをも含めた『何か』を龍麻に求めるのは京一の意思で、そこに、他人が口を挟めよう筈も無いのに。

そんなことも忘れて、京一が、龍麻の幸せの為に、自ら龍麻を手放し、身を引こうとしたのだとしたら。

それは裏を返せば、蓬莱寺京一という存在が、緋勇龍麻という人間の幸福も、否、人生すら、左右出来る力を持っているのだと京一は受け止めている、ということになるのだから。

例え、無意識にとは言え、京一の、自覚を伴わぬそんな本音の一つは、葵に言わせれば、狡い、以外の何物にも成り得ない。

誰よりも、何よりも、龍麻が大事なのに。

誰よりも、何よりも、龍麻に大事にされているのに。

龍麻の人生すら、己が手の中にあると、無自覚に解っているのに。

己の人生すら、龍麻の手の中に預けられるのに。

『変なこと』を考えて思い詰めるなんて、狡い、としか彼女には思えない。

京一が選んだのは龍麻なのに。

龍麻が選んだのは京一なのに。

京一、だけを。

龍麻は選んだのに。