腕の中に、『塊』がある、と思った。

『塊』は、人である、というのも判って、が、京一は、とろとろと微睡みながら、頭の片隅で訝しんだ。

……昔は抱き慣れていた、けれど、ここの処大分ご無沙汰の、女の体と何処か違う、と。

…………何と言うか……固い。固い、と言うか、柔らかいのに柔らかくない。

でも、『サイズ』は丁度良い。

……訝しみながら、彼は、そんなことも思った。

しかしながら、眠りの世界と決別は始めども、覚醒には未だ未だ遠い彼の意識は、抱えた自身の違和感を打ち消し、代わりに、何かの辻褄を合わせようとでもしたのか、女の体を抱き慣れていた昔の記憶を、何処かから引き摺り出した。

────だから。

えーー……っと。誰だっけ、こいつ。何処の女だったっけか。

思い出せねぇなー……。

つか夕べ、俺は女と寝たんだったか? そうじゃなかった憶えもあるが……まあ、いいか。

折角、『誰か』と寝てるんだし。

………………と。

瞼を閉じたまま、『昔』と『今』とを混同した彼は、掻き抱いて寝ていた『誰か』の体を探り、頤を探し出し、くいっ……と、己の方へと上向けさせて。

……何処までも、瞼を閉じたまま。

至極当然のことのように、キスをした。

寝起きとも言えない寝起きにするには、余り相応しくないキスを。

「…………ん…………?」

そうして、そこで、やっと。

京一は、『昔』と『今』を混同してしまったことと、己が激しく寝惚けていたことに気付き。

キスをしてしまった『誰か』が、誰であるかにも気付き。

「………………げ。ひーちゃん…………?」

衝撃を受け、瞳を見開いた。

だが、彼の頭は、いまだ眠りを手放し難く思っていたのか、一瞬の衝撃が去って直ぐ、まあ、いいや……、との、『いい加減な想い』を抱かせ。

薄明かりの中、夕べよりは龍麻の顔色が良さそうであることと、寝息が穏やかになっていることを確認した彼は、もう一度、瞼を閉じてしまった。

酷過ぎた雪も止み、冬の空は綺麗に晴れ、数日が経った。

麓から医者も呼べたし、やって来てくれた医者より貰えた、安静にしていれば治る、との言葉通り、龍麻の風邪も良くなった。

身動きの取り辛い真冬でもあるし、丁度、自分達の誕生日頃、こちらにやって来ると劉が連絡を寄越したから、少なくとも今月は、この村にいようと予定も決まり、日々の流れは緩やかになった……けれど。

あの朝以来、京一は、秘かに悩みを抱えていた。

幸か不幸か、『昔』と『今』とを混同し、『昔の女』と龍麻を間違え、情熱的なキスをしてしまったことを、彼は憶えていたので。

…………あの後、はっきり目覚めてより丸々一日、京一は酷く己を呪った。

何故、『昔』と『今』とを間違えたんだ、何故、女とひーちゃんを間違えたんだ、俺は、ひーちゃんの看病をしてたんじゃなかったのかっ!? ……と。

何よりも、どうしてひーちゃんにキスなんかしちまったことを憶えてんだ、俺! ……とも。

だが所詮、自己嫌悪は何処までも自己嫌悪、それだけで留まっていれば、何時の日か、馬鹿な想い出として流せたろうが。

そこから彼は、『深み』に嵌まった。

……気付いてしまったのだ。気付かなければ『幸せ』だったろうことに。

何処までも間違いでしてしまったキスだけれど、相手が龍麻だったことも、龍麻にキスしてしまったことも、決して、嫌ではなかった、ということに。

そうして、ズッポリと『深み』に嵌まったまま、これは一体どういうことだと、彼は思い悩み始めた。

────京一にとって龍麻は、何処までも龍麻だ。

『緋勇龍麻』という名を持つ『龍麻』。

黄龍の器だった彼が、黄龍に等しくなっても。

この世も歴史をも、瞬き程の間に塗り替えることも、破滅させることも容易な力持つ存在を、その身に内包し、眠らせ続けていようとも。

京一にとっては、龍麻は龍麻でしか有り得ない。

大切な親友で、大切な相棒で、血の繋がりよりも本能が求める女よりも掛け替えのない、生死を共にした戦友で、誰よりも、何よりも大事な相手。

……それは、掛け値なしに真実。

何処にも、嘘偽りない京一の想い。

……………………でも。

その想いの中に自分は、ひょっとして、自身でも気付かぬ内に、友愛でなく、恋愛をも織り込んで来てしまっていたのではないか、と。

彼は、今更ながらに思い煩い始めた。

──自分は彼のことを、本当はどう想っているのだろう。

愛情、という意味でも、彼を想っていたのだろうか。

誰よりも、何よりも大事な相手、その想いの中に、友愛だけでなく、何時しか、恋愛もが忍び込んでいたのだろうか、……と。

己の胸の中でのみ、悶々と。